15話
「それにしても、“断罪”もウルだったとか、もうホントにビックリ箱だよね。」
「…これまで言う機会もなかったけど、そろそろ言うべきだなって思ったしな。…“血涙の巨人”についても勘付いたみたいだし。」
「やー、アレはウルの油断でしょ。でもまともに王宮で話す分には絶対気付かないと思う。」
「まぁ、そう願うよ。」
元勇者であり反逆者、ヴィスト・ランとその協力者たちの包囲網を打破した直後。俺とネルは戦闘のあった場所の検分を終え、次の目的地へと向かっていた。
時刻は昼過ぎだろうか。既に日は傾き始めているが、夕刻にはまだかなり時間がかかるだろう。目的地で一騒動終えれば、ちょうど夕刻かもしれない。
言葉を交わすきっかけになっているのは、やはりヴィストに対して行った様々なやり取りと、その理論だ。まぁ実際にあの場で発生した現象を、ある程度理論立てて説明できない状態と言うのは、王宮筆頭魔導師として居心地が悪いのだろう。
まず俺たちの行動を改めて整理すると、ヴィストとその協力者が作った呪術用の祭壇内で、ヴィストが俺たち、厳密に言えばネルに、呪術を行使。
これを察知した俺が、ヴィストの仕掛けた呪術を解魔により解除。結果、ヴィストの呪術は空振りに終わった。
その後、呪術における祭壇の性質を俺が逆利用して、敵の展開範囲を特定。その範囲内にネルが固有魔法を最大出力で展開し、ヴィストを含む敵勢力を、一気に燃やし尽くした、となる。
ネルが俺に聞いてきたのは、まず呪術における祭壇の役割。これについてだが、魔法を使う時に必要な触媒である、環境中に漂う魔力を歪め、もしくは整えて、魔法を具現化しやすい状態を作るのが、祭壇だ。
環境中に漂う魔力を触媒に、自身の魔力を供出して現象を具現化する技術を魔法と呼ぶが、一部の魔法においては、環境中に漂うような魔力を触媒にするだけでは、必要以上に魔力を供給しないと現象を具現化できない場合がある。
それが、呪術や死霊術といった一部の魔術だ。それらの魔術を効率よく起動するためには、例えば、妬み、恨みといった人間の様々な負の感情を呼び起こしやすい、歪んだ魔力を触媒として供給する、もしくは漂っている魔力に干渉し、触媒として働くように調整する必要がある。それを行うのが、祭壇の役割だ。
この考え方は現在多くの魔術に応用されているため、基本的には呪術以外でも、触媒となる魔力を供給・調整することで魔法を発動しやすい環境を作る道具は例外なく祭壇と呼ばれる。
今回ヴィストが使った呪術は、祭壇の内で特定の行動をした者と、その行動を受けた者の間に、ある種の契約魔術を結ぶ類のものだった。今回は相手のフルネームを呼んで要求を述べたヴィストを主、その行動に応答する側のネルを従とし、契約魔術を結んだ相手の行動を縛る形式であったと思われる。
ヴィストは魔力で呪術効果を強化することで、呪術自体に抵抗することや呪術の無効化を防ぐつもりだったのだろうが、この行動は呪術に関する理解度が低い者が陥りがちな罠だ。
呪術というのは、術者が供する供物の質もしくは量により、呪術効果の強制力が変わる。呪術において魔力を使って補強できるのは、呪術による効果を発生しやすくなるかどうかで、呪術の効果の強制力を強めるためには、捧げる供物の質や量を上げる他ないのだ。
無理矢理説明するなら、誰かから同じ命令を受ける場合でも、貴族から受けた場合は逆らったリスクを考えると断れないが、貴族でない者から受けた場合、状況次第では断っても反感を買うことがない感覚、と説明する方がいいかもしれない。
呪術についてのこれ以上細かい解説については割愛するが、結局ヴィストが起動した呪術は、呪術としての効果は強いが、強制力がないに等しい、中途半端なものとして起動してしまったがために、俺が片手間で起動した解魔一発で霧散してしまったという訳だ。
これが、効果は弱くとも強制力が強い呪術などであった場合は、解除に相当な手間がかかる場合もあったため、ヴィスト側が動くより先に祭壇ごとネルに燃やし尽くしてもらうつもりだったのだが。
そしてこの時、ヴィストが祭壇を使ったことで、俺の方は敵方の包囲網を確認することが出来た、と言ってもいい。
祭壇の機能は先も説明した通り、環境中に漂う魔力を、魔術を発動しやすい触媒となるよう調整する機能を持つものだが、祭壇を機能しやすくする条件の一つとして、魔力的に隔離されていることが挙げられる。
例えれば、川や池などの場所と、水を張ったコップに、同じ量の絵具を垂らした場合。垂らした周辺の色が濃くなりやすいのは、どちらかを考えると想像しやすいだろうか。
同じ祭壇を使い、同じ呪術を起動する場合でも、影響を与える必要のある範囲が小さければ小さいほど、祭壇が触媒として周囲に必要な魔力量を満たしやすい、と言うことである。
そしてこの時、一番簡単に魔力的な隔離を行う方法が、複数の人、もしくは、魔術の触媒などという、周囲にある程度以上、魔力的影響を及ぼし続けることが出来る存在で、祭壇の周りを囲うことである。
そのため、ある程度魔術や呪術、祭壇の機能などに詳しい者であれば、祭壇に上った時点で、魔術的な効果が及びうる範囲や、祭壇が効果を及ぼしうる範囲、魔力的な仕切りとなりやすい人や触媒の位置を推測しやすい。
そして最後に、ヴィストの作った祭壇の最大影響範囲や、推測される敵の配置を、ある程度座標として確定し、魔術的な隔離空間を形成したのが、ネルの魔術起動前に俺が手の上に浮かべた魔法陣である。
あの魔法陣に対してネルの攻撃魔術を撃つことで、俺たちの居る範囲を除く、魔術で固定した空間内に、ネルの魔術を増幅して放つ。足りなくなった魔力は怠惰なる精霊たちで供給。ヴィスト側に生き残った者が居た場合は俺が仕留める、という作戦だった。
まぁ、ネルの固有魔術、炎破をまともに正面から食らって生き延びた者はいないらしいので、剣装でネルの全力を受け止める流れにならなかったことは幸いである。
ヴィストたちがまともに抵抗したのかについては疑問だが、ネルに言わせれば、抵抗していれば何らかの痕跡が残っていたはずなのに、痕跡が欠片も残っていなかったらしいので、有効な対処策を持っていなかったのだろうと結論づけられた。
最終的に、ヴィストは反逆者として粛清され、ヴィストに協力していた魔人複数人も、同時に軒並み処理された形だ。
これを王宮に報告したのがつい先程で、現在は敵の本隊が待機しているはずの場所、川を渡って山一つ先辺りまで向かおうと、歩みを進め始めたところである。
先日の監視の結果、ヴィストに協力していた魔人が敵軍勢の指揮を行える、あるいはそれに近しい地位にあることは確定していた。
本日午前中には部隊が合流し、侵攻を開始する準備が整うという報告が行われた後、不慮の事故で指揮官が討たれたために作戦を取りやめて撤退する、などと言う状況に陥るとは考え難い。
侵攻が前倒しされる可能性に備え、ミカグラ卿率いる先遣隊には丘陵地帯より先に軍を進め、可能な限り敵軍の侵攻を妨害可能な位置に展開するよう、リディはミカグラ卿宛に指示を出していた。
俺たちがリディに頼まれたのは、ミカグラ卿に先んじ敵軍を偵察、ミカグラ卿到着前に敵軍が動くようなら、可能な限り敵軍の行動を鈍らせる、という役割である。
…まぁ、位置も配置も昨日晩の時点で丸裸だったのだから、最悪侵攻が開始された場合でも、今となってはネルと協力すれば殲滅すら可能な状態ではあるのだが、余計な消耗はないに越したことはない。
「…でもさ。ここでミカグラ卿到着までに、敵軍勢を少人数で足止めしたことになったら、ウルの評判うなぎ登りじゃない?」
「残念ながらそれは違うぞ。評判が上がるのはネルだけで、俺はネルに便乗して名を上げようとした卑怯者、って陰で言われるだけだ。」
「…作戦立案自体はウルがやったってことにすれば…。」
「嫌われ者の俺に良い評判が立つと困る貴族が、悪評を流すんだ。いい仕事をしたって評判が立てば、されることは大して変わらないさ。
地味にキチンと堅実に、リスクなくこなしていかないと、平民風情が、って叩かれるだけだしな。」
「…上手くいかないね。もうちょっとユルーくやっていければいいんだけど。」
「ま、それで損するヤツが出て来る限り、そうもいかないだろうなぁ。」
「うーん。…ウルが爵位持ちだったらもうちょっと色々やり方あるんだけど。」
「…やめてくれよ?今の時点でそこそこ嫌われ者なんだ。手柄がどうとかで爵位なんて話になったら、絶対厄介事が起こる。」
具体的には、パーセル財務卿もクロークス公爵も黙ってはいられなくなるだろうし、現時点で平民が爵位を持つことに反感のある貴族たちは、自分が手柄を上げられないことを棚に上げて散々な不平不満を周囲にぶちまけ始めるはずだ。
当然槍玉に挙げられるのは俺のはずで、そうなってしまえば俺を優遇しているリディにも火の粉が飛びかねない。こっそり援護に回ってくれている身内寄りの貴族のためにも、俺は平民出身の昼行燈、“埋火卿”として振舞い続けた方がいいのである。
まぁ、最低でもネルやリディは俺の味方であるだろうから、それ以外にどう思われようと別に構わないというのも大きいが。
「…とりあえず、地味にキチンと堅実に進めるために、コツコツ動こうか。」
「…ま、仕方ないよね。」
溜息を吐きつつ、ネルは俺の隣で歩を進める。まぁ、あと一息で今回の任務も終わりだ。成功報酬の内訳を、後でネルに聞いておく必要があるな、と思いつつ、俺は昨日晩に書き留めたメモを手元に出した。
第四章、一区切り!
後で補足をUPします。
・・・いや、補足なんだけどガッツリ本編というか。




