13話
「アルタル殿、ご機嫌麗しゅう。」
「…例の件、どうだったんだ?」
「あらあら、そんなにご執心なら、もっと早めに言ってくだされば、もっと親身に協力できましたのに。」
「…彼女との接触は、もう少し後だと思っていたからな。」
時は夕刻。アルタルに付けた影霊は、問題なく機能している。今は村のはずれで訓練していたところに、例の女性が話しかけてきたところだ。
俺は宿の部屋でその状況を監視している状態。ネルは一応傍に控えているが、基本やることはなく、念のため近くに居る程度である。
「右の手の紋の、調子はいかがですか?そろそろ一週間ですから、だいぶ馴染んできたと思いますが。」
「あぁ。今日の任務では、そこまで痛むほどでもなかった。少し慣れれば、勇者だった時のように動かせるはずだ。」
「それは良かったです。今回、アルタル殿にも一働きしてもらう必要がありそうですから。」
「…どういうことだ?」
「先日、ネル、とおっしゃっていましたよね?」
「…あぁ。」
「貴方が勇者として動いていた時に、パーティにいた方ではないですか?」
「…そうだ。」
「実は、あの方の前に出ることを、嫌がる方が多かったのですよ。」
「…そりゃ、そうだよな。と言うことは、実力行使で捕まえるしかないのか。」
「えぇ。少なくとも目の前に立って、下ってもらうという選択はできそうにありません。」
「…協力者の方を威圧して、説得してもらう方向にはできないのか?」
「残念ながら、それも難しいかと。彼女の前に立つことをそもそも嫌がっている者に、どうやって協力者のみを威圧するのか、という問題になりますから。」
「…そりゃそうか。…戦闘に協力してくれるヤツは、居ないのか?」
「一応私の配下が居ますが、直接戦闘ではあまり役に立てませんね。不意を突いて拘束を狙う、程度かと。」
「…分かった。協力者の方は俺がすぐに始末するから、その隙に拘束を狙ってくれ。」
「分かりました。それとは別に、アルタル殿に受け入れてもらいたいものがあります。」
「…なんだ?協力が受けられないのに、なんで条件を呑む必要がある?」
「過去、勇者に協力した者を捕縛出来たのならば、魔王様に捧げる供物として最適ではないか、とおっしゃる方々もいるのですよ。その方々を納得させ、貴方の傍に置くための条件です。」
「…文句があるなら俺を倒して言え、と伝えれば済むはずだ。」
「…貴方がそう言ったとすると、おそらく刺客が送られるより先に、毒でも盛られると思いますよ?…そう言った方々を納得させるための、条件です。」
「…!?………分かった。」
「…では、この薬を飲んでください。」
そう言って、女性がヴィスト…アルタルにポーション瓶のような形をした薬瓶を手渡した。ちょうどいいので、繋がった影を介して女性の方に影霊を移動させる。すんなり移ったところで、アルタルが手渡された薬瓶の匂いを嗅ぎ、顔をしかめた。
「…なんだ、これ?」
「今飲まなくても大丈夫ですよ?それは、貴方が私たちを裏切らない、と証明させるための薬です。飲めば貴方の右手の紋を強化するとともに、名実ともに我々魔人族の一員になります。」
「…何か体に、変化が出たりするのか?」
「その可能性は大いにあります。その薬を飲んだ時点で、どういう変化が起こるかまでは分かりませんし、私たちのような人の形を保てなくなった者もいます。」
「…ヴィストとしての活動は、この薬を飲んだ時点で終わるって事か。」
「…えぇ。新たにアルタル殿としての活躍を期待することになりますね。」
何らかの強化薬だろうか。一時的な形で魔力などをブーストし、自身を強化する薬剤は様々に流通している。これもその一種だと考える方が妥当だが、名実ともに仲間に、と言う部分や、裏切らないと証明、などと言っている以上、何か別の薬品である可能性もある。
少し注意しておく必要があるな、と考えつつ、相手のやり取りに意識を集中させる。
「分かった。…例の侵攻作戦、本隊はもう着いたんだろうな?」
「あぁ、そのことなんですが、少し到着が遅れそうです。早い隊は既に合流しましたが、全員が合流できるのは明日の午前中になりそうです。」
「…分かった。開拓村を拠点にする準備は、出来てるのか?」
「えぇ。早い隊は既にその準備に入ってます。川付近で木を切り開くのに時間がかかりそうですね。歩いて渡れるところがあれば、一番楽そうですが。」
「…一応、数日前に慣らしとして、山を崩していたところがある。そこを使えればいいだろうが、しばらく歩くからな。」
「うーん…そうなると、切り開くルートを選ばないといけませんね。まさか川沿いを歩くわけにもいきませんから。」
「…そうだな。流石に舟渡しを頼むわけにもいかないからな。」
「そうですね。舟に乗れる数も少ないですし、歩いて渡った方が早い者もいますから。」
クスクスと笑う女性に、仏頂面で返すヴィスト。その目線は手元の小瓶に注がれていたが、不意に小瓶をポケットにねじ込み、女性に話しかける。
「…事が始まる前に、この村で食事でもと思ったんだけど、ついでだから一緒にどうだい?」
「あら、大丈夫ですよ?私もこれから色々な話し合いがありますから。」
「そうなると、食べれても糧食みたいな味気ないものになりがちだろう?この村なら温かい食事ができるし、何より仕事に関係ない気分で、堅苦しくない食事ができる。お代は持つから。」
「そうですか?では、お言葉に甘えさせてもらいますね?」
「気にしないで好きなだけ食べていいよ。余裕はあるから。」
「そうですか。…お気持ちは、切り替わりますか?」
「まぁ、そこは大丈夫だよ。今後も考えると色々とあるからね。仕方ないさ。」
怖気付かずに女性を誘うと、手を取って案内し始めた。女性の方はあまり気にせずに案内に従っている。
敵ながらこういう辺りは羨ましい技術を持ってるな、などと無駄なことを考えつつ、筆記具でメモを取り、ネルに話しかける。
「…一旦村に帰って、一緒に食事をとるらしい。ちょっと食事に行くの、待ってくれ。ヴィストが選んだ店とは別の所に行く。」
「分かった。…というか、食事に誘ったってことは、相手、女性?」
「…多分、女性かな。」
「お酒を薦めるかして、酔い潰して襲う手だね。」
「…やりたい放題だな。もしかして、魔王討伐任務中も?」
「うん。気付き次第クリスが飛んで行ってた。」
「…てか、ホントにネルを捕まえる気あるのか、疑問に思えて来るな。」
「…女性は何人いても困らないらしいから。保険程度に考えてるんじゃない?」
「…刺されなかったのか?こんなこと繰り返して。」
「もう何度もクリスが刺してるよ。…懲りなかったんだろうな。」
溜息を吐くネルに、呆れる俺。流石に人のいる場所で、ヴィストはともかく協力者の女性が、重要な情報を喋るわけもないだろう。
場所だけにある程度注意し、ヴィストが女性を食事に誘った店とは別の店に食事に向かう。
食事をしながらネルに聞けば、ヴィストの体に残ってる真新しい傷のほとんどは、女性関係に端を欲する問題で奥方クリスがヴィストに付けた傷で、魔物から受けた傷はほとんど、魔王討伐パーティの治癒師ローヴァスが完治させてしまっているらしい。
ただし、流石森の国の教会から派遣されていた凄腕治癒師と言うべきか、彼は異性関係に関して驚くほどに清廉だった。
ヴィストが受けた傷の内、クリスがヴィストに付けた傷は因果応報と言って治癒術を使おうともせず、魔物から受けた傷でごまかそうとした場合ですらも、不実の証として応急処置をするのみ。
今やヴィストの体に残った傷は、どれだけ不貞を行ってクリスを怒らせてきたかを表す証拠となっているそうだ。
さすがに治癒師と言えど、古傷を単純な治癒魔法で無くすことはできず、それをするなら教会にお布施してお願いすることが必要になると聞く。ヴィストはそこまでする機会には恵まれなかったのだろう、とネルは言う。
まぁ、妥当なところだろうな。というか、流石にそこまでして懲りないのはある意味凄いと思う。羨ましいとは思わないし、むしろそうはなりたくないと思うのみだが。
その後、ヴィストは女性に食事を薦め酒を薦め、様々に歓待したようだが、女性がそろそろ帰らなければいけないから、と謝辞を述べたところで解散となった。
ヴィストがどういう行動をするのかは少し気にかかったが、今は女性の方を監視して、敵の手を少しでも調べておきたい。月夜に浮かぶ女性の影に影霊を忍ばせ、俺たち自身は部屋に戻って偵察を続行する。
女性の方は村から出てすぐに隠蔽の魔術を起動。魔術で川を跳び越えて一気に山の奥へと身を隠し、山を越えるように走り始めた。しばらくして山を越えたところで、軍勢特有の気配が周囲に色濃く漂い始める。
ふと視点を変えれば、そこには夥しいほどの魔物の軍勢が犇めいていた。ざっと数えても万は下らないであろう。その中から一人の男が進み出て、女性に声をかける。
「…何やら随分と遅かったですね。皆待ちくたびれていますよ。」
「アルタルに食事に誘われてね。絆そう、って訳でもなかったみたいだけど、まぁ腹の足しにはなったかな。」
「そうですか。私からも食事に誘った方が?」
「あぁ、あんたとならいい酒が飲めそうだ。是非頼むよ。」
「それは朗報ですね。せいぜい励ませてもらいます。…差し当たって一万二千、準備は整いました。」
「あぁ、ちょっと待ってくれ。アルタルが山を崩して、渡れるかもしれない場所を用意してくれたみたいだ。先に偵察の後、進軍ルートを確定したい。」
「承知しました。ではお供致します。」
その後は人族の現場とさして変わらないような光景が続いたが、情報だけなら抜けるだけ抜き出せた。せいぜい有効活用させてもらうとしよう。
敵側の軍勢は総勢で二万三千。巨人やゴブリンなど、様々な種族が集まっての数だが、ゴブリンだけ多い、などという訳でもない、きちんと編成された軍勢である様子だ。
そして大きいのは、形だけという訳でもない指揮官が、魔人族側に存在しているということ。これは魔王側に、軍勢を整えるだけの能力が揃っていることを示しているため、侮るべきではないという警告を発するための確定条件だ。
そして今回の監視で、ヴィストが協力している相手が魔人であるという確定情報と、敵軍勢の位置および配置や軍勢としての展開方向の情報なども手に入った。
しかし同時に、単純にヴィストとその協力者を倒せば事が片付くという話でも無くなってしまっている。軍勢の相手はミカグラ卿に頼みたいところだが、山一つ越えた先にこの数と言うのであれば、ミカグラ卿は確実に間に合わない。
ミカグラ卿には悪いが、ネルに頼んで一網打尽にしてもらった方がいいんだろうな。




