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目指せ楽隠居!埋火卿の暗闘記  作者: 九良道 千璃
第四章 繋がる手と離れる手
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12話

 夜が明けて、次の日。ヴィストは常の探索者より少し遅めに起きて飯を食い、ギルドで依頼を受けていた。

 受けた依頼は、魔物の討伐。駆け出しの探索者には荷が重いが、ヴィストの実力ならば片手間で終わらせられる依頼だ。おそらく病み上がりと言うことで、だいぶ配慮した依頼の受注をしているらしい。探索者証は、相変わらず作る気配もない。


 俺たちはそんなヴィストを魔法で監視しつつ、ヴィストの次の手に対しての準備を行っているところだ。とはいっても、周辺を調査しつつ情報を王都に送る程度だが。

 王都にある通信機の前に陣取っているのはリディで、俺がリディに事の次第を通信機で報告した際、王城は大騒ぎになったらしい。まぁ、万を超える数の軍勢が王国に攻め寄せる可能性があると突然耳に入れば、まさに寝耳に水だろう。




 しかし、そんな騒動もすぐに収まったらしい。実はそれらしき報告が、既に上がっていたからである。

 情報の報告者は、ミカグラ卿。なんでも先日現れた転生者から、二日前に似たような報告を受けており、万一の事態を考えて、すぐに出撃できる準備を整えていたということだ。


 ラスティエル卿からはそれに類する報告が挙がっていなかったことから、衛兵隊は事実確認などで初動が遅れたそうだが、騎士団の方は既にある程度、出撃準備を整えられているとのことだった。

 つまり、衛兵隊が王都を発つ準備が整いさえすれば、一万の兵が即座に出ることが可能と言うことだ。既に国王から貴族の私兵や傭兵、王国所属の探索者への召集令状も送られ、秒単位で出撃準備完了の報告が上げられている。




 二日前と言うことは、俺たちがクロークス公爵領の領都を発ってすぐの頃だ。その時点で転生者からミカグラ卿に報告が上がったということは、近衛騎士団で保護していた、確かミルツと言う少女が、“マギア・テイル”の情報をもたらしたということだろう。

 二人ともが“マギア・テイル”の情報を持っているという可能性も考えはしたのだが、片方は報告を上げられる状況になかったということだろうか。ラスティエル卿は貧乏くじを引いたかな、などと思いはしたが、既に状況はあまりよろしくない。


 王都で上がった報告は、攻勢を受けた際に出撃する先遣隊として出る腕利きに、死者が出る可能性が高いとの内容だったらしい。先遣隊は基本的に相手の力量や数を把握し本隊に伝えるのが仕事なので、死者が出るなどと言う状況には通常陥らない。

 つまり、それだけ相手が準備万端で先遣隊を待ち構えていたか、相手の進軍速度が予想を超えて早かったか、だ。通常通りに先遣隊を送っていた時点で、相手側の準備がそこまで整っているならば、相手側の準備が整う前にこちらが準備を終えられるかどうかが鍵となる。




 今俺たちが居る開拓村は、最寄りの村から川沿いに西に向かった先、小高い丘の上にある。西側と北側は未開の平地で、川を挟んで南が森、東側には最寄りの村の畑が広がる。敵が軍を伏せるなら、川を挟んだ南側か、西に広がる平地だろう。

 ただ南にある川は、川と言っても歩いては渡れない位には深く、広い。例えば全身鎧を着た兵士であれば、渡り切る前に溺れ死ぬのは確実であろうから、南から進軍してくるとは考えづらい。矢が辛うじて届く程度で、橋を架けないと戦いにならないことが明白だからだ。


 北側はどちらかと言うと王都寄りの方角で、こちらに敵軍が潜んでいるとは考えづらい。クロークス公爵領の隣辺りの領主に一声かければ、王国軍の進軍自体はできるだろう。

 そして王国軍が北から来れるということは、敵が南から進軍するのであれば正面衝突となるであろうが、西側に敵が潜んでいる場合、到着タイミング次第となる。ただ記憶が正しければ、北側には少し遠くに小高い丘陵地があったはずで、そこから見渡せば西側の敵の布陣は見て取れるだろうから、王国軍が横から突き崩されるようなことは、ほぼないであろうが。




「ウル、ミカグラ卿率いる、王国軍五千の出陣準備が整った。ウーシャバル子爵領を通って南に向かい、開拓村北にある丘陵地帯まで向かわせる。二日か三日くらいかな。」

「了解した。とりあえず歩き回っただけだと、西側の平地、見える範囲に敵影はなし。魔術の隠蔽も、おそらくない。魔物は未開地だからそれなりに。


 ただ西にしばらく向かったところに、川幅が少し広くなってるところがあった。とりあえず原因はよく分からないが、底が浅くなってる。南から来るなら、ここを使えば楽かもしれない。」

「分かった、ミカグラ卿に伝えとく。すぐに出撃させるから、動きがあったら言ってくれ。衛兵隊七千も、準備が整い次第出撃させる。」

「了解した。明日の話し合い以前に、何かあったら連絡する。」


 そう言って通信用の小型魔道具を切る。試作段階で一応持ってきたのだが、意外と使えるものだ。これならもう少し改良すれば、ネルに渡せば喜ぶかもしれない。魔道具を携帯できないことに、何かと不便さを漏らしていたからな。…まぁ、俺の方が色々すり減るかもしれないが。




 現時点で、ヴィストの方に変化はなし。川を渡って南の森に入り、受けた依頼の対象となる魔物を倒したようだ。これから川を渡ってギルドに戻れば大体夕刻くらいだろう。

 舟を使って川の向こう岸に客を運ぶ、舟渡しを多くの探索者が使っているようだから少し遅くなってもおかしくないが、転覆しない限り大きな誤差は出ないはず。


「…ヴィストの方は?」

「今、依頼を終えたらしい。これから舟でこっち側に戻って、ギルドに報告かな。」

「…そう。ミカグラ卿は?」

「五千の兵と共に、王都を発つらしい。二日か三日ほどで、北にある丘陵地帯に布陣する、ってさ。」


 ネルと簡単な確認を交わす。ネルの役目は今回、ヴィストに対して会談に興味を持ってもらうために連れてきたようなものだったのだが、今回は別の方向でも活躍してもらうことになるかもしれない。

 何せ、場合によっては敵の集団の一部分とは言え、交戦する必要が出てきそうだからだ。ネルを生け捕りにする必要があるのであれば、見ただけで降伏を誘えるような布陣を見せるか、実際に交戦して拘束する必要がある。ヴィストがどんな手段を取るかこそ定かではないが、王宮筆頭魔導師を相手取って、舐めた行動を取るような輩ではないだろう。




 ある程度歩き回って調べた結果だと、すぐに開拓村が襲われるようなことはなさそうだが、敵の進軍速度が速い場合は危ういかもしれない、と言う程度。加えて川を挟んだ行軍は体力を消耗する。

 川を越えた辺りで一旦待機し、全員が揃った時点で進軍、と言う形が定石だろう。それがいつになるかが不明だが、明日にはある程度ヴィストとの会談があるため、そこである程度の情報収集を行えれば上々、と言ったところだろうか。


 最悪の手段として、俺の奥の手とネルの攻撃力を合わせて、一気に敵戦力を削るという手もあるが、敵軍勢の位置が分からない以上、今考えられる手段ではない。少なくとも、軍勢がどこに伏せられ、どこに展開するかが読めなければ、どこで撃とうが魔力の無駄だ。


「とりあえず、こっちの仕事は終えた。あとは相手の出方次第だな。」

「分かった。…なんか王宮筆頭魔導師って、形だけの仕事が多いなぁ。」

「…どんな職をイメージしてたんだ。」

「…なんかこう、他の人に出来ないことを、さらりとできちゃう的な?」


「普通の人は、出来ないなら出来ないなりに、知恵絞って工夫しようとするんだよ。複数人で分担すれば、出来るようにもなるしな。」

「…言われてみればそうだよね。強力な魔物でも、罠で仕留めたりってのは多いもんね。」

「普通の人は、自分の腰とか胸とかまで体高がある猪や狼なんて、剣や槍で狩ろうと思わないからな。駆除すればいいだけなら、毒餌撒けばある程度解決するし。」


「…まぁ、魔物でも同じだよね。難しい獲物はある程度罠を仕掛けて、弱ったところに畳みかけるし。」

「それが組織に置き換わっても同じだよ。末端で処理できそうなら処理するけど、無理そうなら報告を上げる。結果、いざという時の難易度が高いから、平時はお飾り程度でも、動いたときの報酬は高額。探索者でも同じ。」


「…まぁ、書類仕事だけで動かないのが一番平和って事かぁ。」

「そう言うことだな。頻繁に動くようなら、それはそれで末端の兵士が育ってない証拠だし。」

「…こういう時、末端の腕利きって損じゃない?普通は上に丸投げする案件でも、出来るって思われたらその報酬でやらされちゃうんだよね?」

「そうだな。上の裁量を待つしかないけど、上は上で、それを自分の手柄にしたがるからなぁ。前に出る能力がなくて、そういう手柄を上げる機会にありつけないヤツなら、余計に。」


 その辺りは組織の宿命だろう。有能な者を抱え込むことで自分の手柄になるなら誰でもそのように立ち回るが、割が合わない報酬しか手に入らないと分かれば、誰でもそこからは去っていく。

 キチンと評価してもらえる環境にあるかどうかだけだが、そこは雇われる側、押し付けられる側からはどうにもならない。雇う側、判断する側が、いかに下の仕事に興味を持っているか、理解しているかが問われるところだ。




「…ウル、爵位とかに興味ない?」

「……なんだ、いきなり。」

「…このレベルで厄介事が舞い込むなら、いっそ早目に爵位を持って、もうちょっと報酬を増額してもらわないと、割に合わないんじゃない?」

「…それはそうだが、平民上がりに爵位を授けようなんて、絶対に王宮が荒れるからな。爵位分のあれやこれやを無視しようとするヤツも絶対出て来るし。」


 結局、身銭を切って他人に与えるのは、誰だって抵抗があるのだ。それを減らせる者を優遇しようとするのも自然だが、しわ寄せを他人に押し付ける形でそれを成す者も結構多い。適正な評価というものは、難しいものなのである。

 平民風情、と常に格下げされている身からすればいつものことだし、やってもやらなくても蔑まれることは変わらないのだから、結局他人事ではあるが。


「今は危険手当とか守秘義務って形であちこちから色々貰ってるから、苦労してないしな。」

「……危険手当って、例の二つ名の影響?」

「詳しいことは、また話す。」

「…うん。色々難しいね。」


 昨日の晩の話で、ネルは“血涙の巨人”が俺であることには気付いたはずだが、“断罪”についてはまだ情報が足りないはず。こっちの名もそのうち言う必要はあるが、ヴィストの件を先に片付けなければ、ゆっくり話すどころではない。

 話すとしても、どのタイミングで、どこまで話すべきかだよなぁ。どうしようか。

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