10話
「いや、ごめんねぇ、待たせちゃって。証明書の確認が取れたから、内容を確認させてね。人探しで合ってる?」
「えぇ。現時点でこのギルドに、頻繁に依頼を受けるにも拘わらず、不自然に探索者証を作ろうとしていない人がいたりしますか?」
「探索者証…あぁ、一人いるねぇ。今はちょうど、依頼を受けてるところだと思うよ。いつも夕方には依頼を終えて帰ってくるから、今日も少ししたら戻ってくると思うけど。」
「そうですか。その人の名前をお伺いしても?」
「あぁ、アルタルだよ。腕のいい魔法剣士でねぇ。炎と氷、二つの術を上手く使うって話だよ。」
「その人の容姿ですが、茶髪に碧眼だったりしますか?」
「ん?あー、ちょっと待っておくれ・・・。うん、確かそんな感じだったはずだよ。細かい違いはあるかもしれないがねぇ。」
「ありがとうございます。それではその人に、言伝をお願いできますか?」
「あぁ、いいよ。なんて伝えとこうか?」
「お話をお聞きしたいので、明後日の朝、依頼を受けず、ギルドで待っていてくださいと。ウルタムスと、マリルターゼという名を、一緒に伝えてくださるとありがたいです。」
「明後日の朝だね。名前が、ウルタムスと、マリルターゼと。わかった、伝えとくよ。」
「ありがとうございます。それでは、お願いします。」
ギルドの受付にいる年配の女性にいくつか確認し、言伝を頼んでギルドの建物を出る。扉を出た直後に即座に魔術を起動してギルドの建物に触れ、すぐに距離を取るよう歩き始めると、すぐ後ろについてきたネルが疑問を呈す。
「明後日の朝なんて、大丈夫?早めに連絡した方がいいんじゃない?」
「…状況次第だな。ヴィストが後ろ暗い真似をしているかどうかの確認が半分、不慮の事故で言伝を聞くのが明日になることに備えたのが半分。」
「…今の魔術は?」
「監視と追跡用の奥の手。影に仕込んで、影の持ち主を監視する。一回につき一人を見張るのが限界だけど、防げないし感知できない。」
これは影霊と言う、“血雨”としての俺の切り札だ。影を媒介に対象を区切り、その影の持ち主の所在とその行動の一切を俺が感知できるようにする。
フラスタリアのサルビア姫が王国を訪れた際に俺が彼女に仕掛けた罠でもあり、この魔術の特性はあらゆる探知、あらゆる干渉の効果を受けず、反応しない点にある。
起動の際に必ず対象の影に触れる必要があることと、監視する対象を変えるには一旦魔術を解除するか、対象同士の影が接触するのを待つしかないという欠点はあるが、別に最初から対象の影に触れずとも、適当な建物の影に対して起動し、対象をその建物に誘い込めばそれで条件は満たされる。何事もやり方次第、使い方次第と言うことである。
「…ヴィストをどうやって見分けるの?」
「…見分けられないから、そこはちょっとサボった。さっきの受付の人を監視して、さっきの人が言伝を伝えた相手を見張る。」
正直なところで言えば、顔自体は覚えられるのだが、名前と顔が一致するのに時間がかかるのだ。呼んだり呼ばれたりと言う機会が多ければ覚えやすいが、さすがに今回のヴィストは一目で思い出す自信がない。
最初に会ってから時間も経っているし、それほど印象的な記憶だったわけでもない。一目見れば思い出すかもしれないが、そこの可能性に賭けるよりは、確実にわかる者を見張る方が効率的だろう。
「…私ならある程度判別付くけど?」
「アルタルがヴィストでない可能性もある現状、どうなってるか不明な部分が多い。昔のヴィストの顔を覚えてるネルより、今のアルタルを知ってる人間に任せた方が、確実だしな。」
「…ありがと。でもいい加減、人の顔を覚えようとしなよ。」
「これまで覚えた顔ほとんど敵だったから、必要な顔しか覚えたくない。今回もネルを連れてれば、どうせ敵認定されるしな。」
「…まさかと思うけど、ルリミアーゼ殿下とかの顔まで忘れてないよね?皇国の皇族だよ?忘れたりしたら大問題だよ?」
「…あー…そこは問題ない。」
「…なんで?」
「………。」
「…………ちょっと。」
「…手紙と一緒に、絵姿が送られてきた。流行の旅絵師が皇国を訪れた際に、描いてもらったらしい。」
「………いつ頃?」
「…サルビア殿下の護衛が始まって、二週間くらい経った頃だったかな。大きさはそれほどでもなかったけど大層な装丁で、見るのも怖かったから軽く褒めた後本棚に積んでる。」
「…ルリミアーゼ殿下、すごい思い切った行動してない?」
「…俺もそう思ったけど、下手に突いて何か出たら、取り返し付かないだろ、コレ。」
今のご時世、魔道具を使うにしろ旅絵師に頼むにしろ、絵姿を作ってもらうのは非常に労力が要る行動なのだ。魔道具に写し取るのであっても、見えた光景を写し取るために必要な薬品が、そこそこ希少な魔物の素材から抽出するしかないために一枚一枚が高価だし、絵師に頼むにしても腕がいい絵師ほど仕事が舞い込み忙殺されてしまうため、依頼料が高額にならざるを得ない。
必然、よほどの重大事と思われるか、よほど思い入れでもなければ、他人の絵姿など手に入れる機会はない。王族、皇族などともなればなおさらである。普通はこの手の絵姿など、結婚を考えている貴族同士のお見合い前の顔合わせ代わりくらいにしか使われないものなのだが。
「…どうするつもりだったの、こんなの内緒にしといて。」
「リディとミミルーシャ殿下には相談したけど、手紙にも絵姿に関しての具体的な話すら出てなかったし、皇族特有の暗喩とかもなかったから、結局先送りしか思いつかなかったんだよ。」
「…私、相談されてないんだけど?」
「…サルビア姫と観劇って話をしたときに、微妙な顔したろ。あの時に変に心労かけるより、反応に困る手紙が来た時に頼ろうと思ってた。」
「…今のところ、やり取りには困ってない?」
「そこまで踏み込んだ話にはならないように話題を振ってるから、今は大丈夫。何かあったら相談する。」
「…早めにお願い。あと、帰ったら一応手紙見せて。」
「わかった。とは言っても、ミミルーシャ殿下にも一応見せて、特に暗喩とかの類はないってお墨付きは貰ってるからな?」
「…なら、急がなくてもいいや。…求婚されて保留してるとかじゃないんだよね?」
「それはないはず。そんなことになってたら流石に俺でも気付くし、俺が気付かない皇国独自の暗喩とかだったりしても、皇国出身のミミルーシャ殿下なら気付くだろ。」
「…それもそっか。…なんでこんな出先でこんな話になってんの。」
「ホントにすまん。…俺も出来れば忘れときたかったんだけどな。」
思いもよらないところから、今後の厄介事の種を掘り起こしてしまったような状況に溜息を吐くが、実際忘れておきたかったのも事実だ。
二人して少し気が重くなってしまったが、こんな時でも状況は待ってはくれない。探索者ギルドの受付に近付く影を感じてそちらに意識をやると、茶髪の男性が受付に近付くところだった。注意していると、アルタル君、と呼ばれているのに気付く。
「…アルタルが来た。ちょっと見張る。」
「…うん。ちょっと待って、阻害の魔術を使う。」
探索者ギルドの建物の入り口が見える路地の入口に陣取ると、ネルが俺たちの周囲に軽度の認識阻害の魔術をかける。ネルが路地を見張り、俺が先程使った影霊に意識を集中させると、受付の女性が先の伝言をアルタルに伝えたところだった。
男は驚いていたようだったが、そこまで大きく動揺している様子でもない。人相は…ヴィストのように思えるが、だいぶ印象が変わっている。
アルタルと呼ばれた青年はすぐにギルドから出てきたため、影霊を青年の影に移す。青年はキョロキョロと周りを見渡したが、すぐに町の外へと向かう方向に歩き始めた。すぐにネルと顔を合わせ頷き合うと、歩き始めようとしたネルを止める。
「…見失うよ?」
「一旦術の方で後を追うから、距離を取ろう。…あれ、ヴィストだと思うか?」
「…多分、ヴィスト。でもだいぶ印象変わってる。」
「印象違うから不安だったけど、ネルもヴィストだと思うなら、確定かな。」
「町の外、だよね?あっち。」
「あぁ。明らかに建物がない方向に向かってる。…村の外で寝泊まりしてるのか?」
「…昔はいつも建物がある村なら、そこで寝床を借りてたんだけど。」
「…それなら違うか。誰か協力者でもいるのか、何か調べに向かってるのか。」
「…私たちを探してる、とか?」
「…まぁ、前回みたいな馬車を想像してるならおかしくないか。でも今回はそっちで特定するのは無理だからな。ギルドで用意してもらった幌馬車だし。」
「うーん…今の時間、昔のヴィストならそろそろ宿を探して女の子を口説きに行ってる時間だったけど。」
「…奥方殿の苦労が目に浮かぶな。まぁ、一応しばらく監視する。」
「…その魔術、私も見れるようにはできない?」
「やろうと思えばできるけど、向こうに意識を持って行ってる間、こっちを制御するのが難しいからお薦めしない。魔道具を作るにしても、ちょっと材料がな。」
「…わかった。」
「何かあったら伝える。先に宿を取って、晩に備えよう。」
「うん。」
ひとまずはヴィストの監視だ。どうなるにしても、今日明日でヴィストがどう動くかは気になるところである。
とりあえず見つけられたことには一安心だが、どうなることやら。




