7話
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「そこで何をしている?」
場所は王城の禁書庫。夕日で黄金色に染まる世界を後背に、彼が問う。
部屋の内、既に闇に閉ざされつつある場で、問われた私は精一杯の虚勢を張る。ここで退いてもどの道、覚えているルートとはことごとく違う状況に陥っている現状、何かしら現状を打開するための情報を集めなければならない。
しかし、この状況で、何もこんなイレギュラーが起きなくてもいいではないか。
「…禁書庫より、指定された書物を持参するよう、命じられました。」
「誰の命だ。」
「…申し上げられません。」
「嘘だな。王城の立ち入り禁止区域への無断侵入を理由に、お前を拘束する。」
「リディアル殿下の命であっても、ですか?」
「…なおのことだ。禁書庫の本に関係する仕事は、リディアル殿下が担当することはない。多少譲って王権に連なる者であったとしても、禁書庫の捜索なら余人を介さず、まず俺に命が下る。…王権を詐称した不敬罪、立ち入り禁止区域への無断侵入。これらを理由に、お前を拘束する。」
少しブラフを使って退いてもらおうと考えたのだが、即座に切り返されて不発に終わる。ここで抵抗しても、途中まで同行していたアイツに無駄に疑いがかかるだけ。
欲しい情報を得るためには、少し従順な態度を示しておいた方がいいかもしれない。
「…申し訳ありません。」
「その謝罪に意味はない。ミカグラ卿への謝罪を考えておけ。」
言葉が終わると同時、緑青色に光る細い鎖で後ろ手に拘束される。おそらく魔法だろう。見た目とは裏腹にかなりの出力があるらしく、まともに脱出を図るのは悪手と判断する。
「…ここでシクとか嬉しくないわー…。」
「…何か言ったか?」
「…いえ、なんでもありません。」
小声でぼやいたのを聞かれてしまっただろうか。警戒されているのが分かるが、既にこちらは手詰まりだ。場合によっては死刑すらあり得るが、殺されないことを祈りたい。
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「それで、早々に引っかかったの?」
「えぇ。話して三日後でしたから、舌の根も乾かぬうちに、と言うべきかは迷いますが。」
「…まぁ、すぐと言っていい期間よね。」
ミカグラ卿のお茶会が開催されて三日後。ミカグラ卿の言う迷い込みに、例の二人のうち女性の方が引っ掛かった。
お茶会の翌日には衛兵隊のラスティエル卿に情報共有を行ったが、例の二人のうち男性の方はその時、体力づくりの一環として衛兵隊の合同遠征訓練を行っていたとのこと。
すぐに戻って来れる距離だから有事の際は呼び戻すとの旨、ラスティエル卿に確認を取った矢先にこの事態である。例の女性が迷い込んだと、先程ラスティエル卿とミカグラ卿に事の次第を手紙で伝えると、ミカグラ卿はすぐさま俺の部屋に、手紙を届けたニーシャと共に飛んできた。
現在例の女性は両腕を拘束したまま、応接の都合で部屋の入り口近くに置かれている円卓にミカグラ卿と共に着き、俺はその反対側でラスティエル卿の到着を待つ間、ミカグラ卿と言葉を交わしているところである。
と、そこでノッカーが鳴り、ニーシャの案内でラスティエル卿が部屋に入って来た。傍らには、先日ラスティエル卿と刃を交えたであろう、例の青年が控えている。俺が一声かけるや、ニーシャが即座にお茶を出す用意を始め、ラスティエル卿はミカグラ卿に挨拶をし始めた。
「遅くなったが、問題ないか?」
「お待ちしておりました。どうぞ。」
「ミカグラ卿、先日ぶりです。本日もご尊顔を拝す機会を頂けたこと、光栄に思います。」
「本題は私ではないこと、わかっていますよね?」
「もちろんです。それで、彼女が?」
「えぇ。念のため話を聞こうと思います。」
「そうですね。話を聞ける相手は多い方がいい。ウルタムス殿、失礼するよ。」
ラスティエル卿が席に着くと、ニーシャが準備したお茶をラスティエル卿と例の男性の前に置く。ラスティエル卿が一口茶を飲み、一息ついたところで話し始める。
「本日、王城の禁書庫に、そこの女性が押し入りました。問い質したところ王権を詐称して行動を正当化しようとしたため、捕縛。その後お二人に連絡を行った次第です。」
「ミルツ・クローネ。今ウルタムス卿が言ったことに、間違いはない?」
「…はい、事実です。ミカグラ様、申し訳ありません。」
「…ミカグラ卿。彼女はまだ見習いのはずでしょう?なぜ王城の、しかも禁書庫に立ち入れるような行動の自由を与えているんですか?」
「例の件についての確認として、様子見をしておく必要がありました。今回は幸いウルタムス卿が近くに居らっしゃったとのことですが、王城では騎士団の者が主要人物の警護についており、他の場所に迷い込んだ場合は他の者が気付いてくれたはずですし。」
「そうですか。…ウルタムス殿。彼女の目的については確認したのか?」
「いいえ。私は詰問の後捕縛したのみで、詳細についてはお二方にお任せしたいと思っております。」
「わかった。ところで、ウルタムス殿は、なぜ禁書庫に?」
「禁書庫に詰めていたわけではありません。禁書庫への立ち入りに反応するように仕掛けた魔法罠の反応があったために向かい、立ち入った者を捕縛したのみです。」
「そうか。ミカグラ卿、彼女の話を聞きたいのだが?」
「えぇ、どうぞ。ミルツ、発言を許可します。」
「…ありがとうございます。」
「ヴァルト。お前にも発言を許す。」
「…ありがとうございます。」
「ミルツ・クローネ。なぜミカグラ卿の許しを得ずに禁書庫に立ち入った?」
「…個人的に、どうしても知りたい情報がありました。」
「それは何だ。」
「…込み入った事情がありますので、一概に説明できません。」
「…ミルツ、まさかお前、帰る手段を?」
ヴァルトと呼ばれた男が、ミルツと呼ばれた女にかけた問い。それにミルツがうなずいたことで、ヴァルトの方は納得したようだった。その反応を見て、ミカグラ卿もラスティエル卿も確信した様子だ。
となると、ここからは俺の領分に近い。二人に説明させるのは難しいだろう。俺の方から説明させてもらおう。
「ヴァルト殿、ミルツ殿。お二人に確認したいのですが。“マギア・テイル”という言葉に、聞き覚えはありますか?」
「…!?」
「!?…なんで、その言葉を、知ってるん、ですか?」
「…お二人ともに聞き覚えがある、と言うことで、間違いないですね?」
「…はい。」
俺の発した言葉に、ミルツの方は息を呑み、ヴァルトの方は驚愕と共に質問を投げ返してくる。念押しの言葉を投げかけると、ミルツの方が言葉を返し、ヴァルトの方は頷いてきた。その反応を見つつ、俺は次の問いを選んでいく。
「お二方は、地球、という世界についてご存じですか?」
「…はい。」「はい。」
「お二方が知っている“マギア・テイル”は、書物でしたか?それとも別の形でしたか?」
「いえ、本ではなかったです。」
「俺たちが知ってるのはゲーム、えーっと、遊びに使う、道具のようなものです。」
「お二方は、転生、と言う概念について、どの程度認識しておいででしょう?」
「え!?なんでっ…!?」
「待ってください。何でそんな言葉がこの世界にあるんですか?」
俺が続けたいくつかの質問の最後、ヴァルトの方もミルツの方も、驚愕しつつ疑問に思った点を投げかけてくる。
ただ、俺の投げかけたこれらの質問で、この二人は初代勇者と同じ世界から転生してきた者だということは確定した。ここからは相手の信用を得ることが第一。説明に移った方がいいだろうか。
「先程までの確認を、順を追って説明します。まず、“マギア・テイル”という言葉について。これは先程確認させていただいた、転生という言葉についても当てはまりますが、これらは初代勇者殿がこの世界にもたらした言葉です。」
「初代…?」「勇者…。」
「“マギア・テイル”というのは、初代勇者殿の生まれた世界における、とある伝奇譚、もしくは英雄譚を題材にした物語であることが、書物に残っております。
転生についても同じです。魂は不滅であり、一つの魂が死と言う形で終わると、その魂は新たな体に宿り、記憶を異にして別の生を送る。そしてその転生は、地球と我々の世界などの、世界をまたがって起こりうる、という理論です。他にも様々な理論が書物に残されてきましたが、ここでは省きます。」
「…はい。」
「お二方ともすでにご存じかもしれませんが、ここは初代勇者殿の生まれた、地球と呼ばれる世界ではありません。初代勇者殿とその仲間たちが、マギアと呼んだ世界です。」
「…はい。」「…そうですね。月は二つあったけど、自然法則なんかは地球とそれほど変わらない感じでした。」
「えぇ。地球との差については文化的なものも含め、他にも書物は残っていますが、それについても省きます。」
「…はい。」「…ウルタムスさんは、その、地球からの転生が起こる条件や、具体的な目標って、何かご存じですか?」
ヴァルトの方は普通に俺の言葉を受け入れたようだったが、ミルツの方は何かしら猜疑心があるようだった。俺たちがヴァルトたち二人に何かしら協力を依頼するように見えている、と言うことだろうか。
他の世界から何かしらの方法で救済手段を持つ者を呼び出して協力させると考える者が、創作の物語中とはいえ存在しているらしいのだから、仕方ないと言えば仕方ないが、そこについては誤解を解いておこう。
ただ、これで絶望する者もいるという話だし、そこは二人の精神力次第だが。
「少なくとも、マギア在住の私たちから地球出身のお二人に何らかの特別な協力を要求することはありません。我々の世界、マギアではごく稀に、地球で生まれ育った記憶を持った者が、その記憶を失うことなく生まれることがあります。
しかしそれは、マギアから地球側に、何らかの干渉を行った結果ではありません。
なぜなら、マギアは地球よりも文明的には劣っており、何らかの形で地球に干渉する手段を持たないからです。少なくとも私の知る範囲内で、地球の存在に干渉し、何らかを得た記録は一切残っていません。
記録にある限り歴代の転生者も例外なく、マギアに骨を埋めております。」




