6話
「ウルタムス卿、パーティは楽しんでいただけていますか?」
「これはミカグラ卿。本日はお招きいただき誠にありがとうございます。機会の少ない場ですから、存分に楽しませていただいていますよ。」
「お楽しみいただけているなら何よりです。まだ時間もありますから、ゆっくりとお楽しみください。」
「ありがとうございます。」
武闘大会の次の日、俺はネルをこっそりと連れて、“閃剣”ことミカグラ・ロードネル男爵の主催するお茶会に参加していた。
名目はミカグラ卿の魔王討伐パーティ参入記念、かつ武闘大会の慰労ということになっており、武闘大会に参加した貴族や大会の準備に骨を折った貴族などが多数招かれている。
俺は持ち込みを禁止されている魔道具の検出や、使用を禁止されている魔術の検出を行う魔道具を提供するという形で協力した業績から、この場に招かれている状態である。
魔道具や魔術装導器官に関する研究を学院で行っていた影響で良くも悪くも酷使されがちな立場ではあるが、その分のメリットがこういう形で享受できていると考えるべきであろう。
ミカグラ卿が他の貴族への挨拶もそこそこにこちらに声をかけてきている現状、ないがしろにされた貴族から恨まれることが確定した今の状態が、本当にメリットとなるかどうかは怪しい所ではあるが。
「この度は武闘大会へのご助力、ありがとうございました。提供していただいた魔道具がなければ、検査の手間が何倍にも膨れ上がっていましたから、非常に助かりましたよ。」
「いえいえ、あの程度は王国に仕える者として当然の協力ですよ。私の得意分野でもありましたし、また必要であれば是非お声掛けください。」
「そうですね、その時は頼りにさせていただきます。…今日はいつにもましてひっそりとしてますね。」
「…色々とありますので。あとでまたお話させていただく機会があれば、と思っております。」
「…込み入った事情がありそうですね。また部屋にお招きしますよ。」
「ありがとうございます。」
ミカグラ卿のひっそりとした声に同様のひっそりとした声で返しつつフードを目深に被ったネルを示すと、ミカグラ卿は驚いたように固まったが、ネルが無言で会釈するとすぐに察してくれたようだ。後程話す時間を作ってもらえることになったことに感謝するよう少し大仰に礼をすると、ミカグラ卿は挨拶回りに戻っていく。
「なんか、挨拶に来るの早くない?もっと後だと思ってたんだけど。」
「俺もそう思う。でも何言っても恨みを買うやつが増えるだけだから、諦めた。」
「…苦労してるよね、ウルも。」
俺の言葉に苦笑するネルと一緒に、精々お茶会を楽しもうと用意されている料理を口に運ぶ。
こういう公の席での挨拶回りの順番は、基本的にホストが訪れる順番がゲストの身分順、もしくは優先度順と相場は決まっている。招待もしていないのに来るような招かれざる客は身分が高かろうと後回しにされたり、逆に公の優先度が高い勇者などは順番が前倒しされたりもするが、その辺りの順番を決めるのはお茶会のホスト、今回であればミカグラ卿である。
当然、身分的には平民の俺より後回しにされた貴族などにとって、「自分が不当な扱いを受ける原因となった、身分に不釣り合いな厚遇を受ける若造」は、悪い噂を流す格好の的という訳だ。
クロークス公爵やパーセル財務伯などに言わせると、俺を厚遇することである程度自身の反対勢力を炙り出せる辺り、実力のある嫌われ者という俺の立場は非常に役に立つらしいが、未だ功績に乏しい低位の貴族などには、反感を買ってもなお揺るがぬ俺の立場が羨ましいものなのだろう。
買いたくもない恨みを意味もなく山ほど買ってしまっている現状に溜息の一つも吐きたくなるが、これも公爵や財務伯に言わせれば俺の役目の一つなのだろう。常のごとく諦めて腹でも満たすのが精神衛生的に良いと開き直り、ミカグラ卿から声がかかるまで食事に勤しむことにした。
ミカグラ卿の挨拶回りや俺たち以外の個別の話などが終わり、ミカグラ卿が俺たちと話をする準備ができたとロードネル家の小間使いが俺たちに伝えてくれたのは、それなりに時間が経ってからの事だった。
しかし結構時間が経っていると思うのだが、意外とネルに気付く者が居ないものだ。お茶会で手袋までする必要のある人間と言うだけである程度絞られそうな気がするのだが、そんなに俺を貶すことで精一杯だったのだろうか。謎は深まるばかりであるが、それはいいとして。
「で、いつ頃から仲がいいの?お姉さんに教えてみなさい?」
「…えーっと、学院に通っていた頃から、頻繁に。だよね、ウル。」
「えぇ、宿題をこなす際に、彼女に協力してもらっていましたね。ミカグラ卿からのお願い事については、彼女と関わりがなかったので伏せていましたけど。」
「え、ミカグラ卿から?」
「えぇ、学院の先生にお願いしてたことなんだけど、回り回って彼にお願いすることになっちゃってね。申し訳ないと思いつつも、しっかりこなしてくれたから甘えちゃって。」
「そうだったんですね。」
部屋に入ってすぐ関係ない雑談が始まってしばらく経ってしまっている。ネルは普通に受け答えしているが、あまり長居しても他の貴族に恨まれるネタが増えるだけだ。
悪いがネルとの話は顔つなぎ程度にとどめてもらって、早めに俺の方の用事を済ませてしまった方がいいだろう。
「学生時代のウルタムスって、もっと素っ気なかったでしょ?私も心を開いてもらうのに相当苦労してね。」
「そうですね。私の方は、お願いしたりされたりって事が続いたので、比較的短かったとは思うんですけど。」
「あら、そう?私にはかしこまった態度が長い間続いてた気がするんだけど。」
「申し訳ありませんがミカグラ卿。昔話はまたの機会にしましょう。本日の用向きはそこではないので。」
「あら残念。滅多にない機会なんだから楽しませてくれてもいいのに。」
「これまで顔合わせがなかなか出来なかったということですので、今後はお誘いいただければ彼女も喜ぶと思いますよ。」
「えぇ、ご都合のよろしい時にお声掛けいただければ。」
「ありがとう。これだけでも今日お茶会を開いたかいがあるわ。」
しかし予想外だ。まぁ決してネルにとって悪い方ではないのだが、話を聞いただけだとこれまで交流を持つ機会に恵まれず、ミカグラ卿に避けられているのではないかと思っていたところだったのだが、隔意を持たれていた訳でもなさそうだ。そこは素直に喜ぶべきところだろう。
しかし先程のミカグラ卿の話のスピードやテンポから、あまり公にしたくない情報、具体的には俺とネルの学院時代の情報などがミカグラ卿に流れてしまう可能性もある。
ネルの味方が増えるのは喜ばしいけど、妙なことにならないといいんだが。
しかし何はともあれ、まずは用件だろう。
「ミカグラ卿、まずは魔王討伐パーティへの選抜決定、おめでとうございます。」
「ありがとう。皆のためにも、栄えある魔王討伐パーティの名を汚さぬよう奮闘するつもりです。」
「ご武運をお祈りします。しかし武闘大会による選抜の際に多少気になった点がございましたので、ご報告に上がりました。」
「あら。具体的に何があったの?」
「ミカグラ卿は、準々決勝で戦ったお相手を覚えていらっしゃいますか?」
「えぇ。素人にしてはかなり素質がある方だったから、騎士団で保護したことを覚えています。」
「…その者についてですが、転生者の可能性があります。」
「…確かなの?」
「確証はありません。ただ、前日に起こった騒動で衛兵隊が出張って、私に連絡が来ました。その際に感じた奇妙な点を改めて記録と照らし合わせたところ、転生者であるケースとの共通点が多かった、と言う次第です。」
「衛兵隊?彼女が何か起こしたの?」
「彼女たちは被害者の側ですね。スラムの者が彼女たちに手を出し、衛兵隊が事を収めた、と報告されているはずです。」
「そう…。彼女たち、と言うことは、複数いるの?」
「もう一人います。こちらは同じく準々決勝でラスティエル卿が下し、衛兵隊が人材として確保したと聞き及んでおります。後程、衛兵隊にも同じ報告を行う予定です。」
「なら、対応はラスティエル卿とも歩幅を合わせる必要がありそうね。衛兵隊には私からも手紙を出しておきます。」
「ありがとうございます。」
「…ちなみに、どの程度知ってそう?」
「…現時点で疑いに留まっておりますので、なんとも。ただ、教養は王都の学院出身と大差ない程度にはあったように思います。迷い込むようなら確定かと。」
「なら、そう指示を出しておくから、対応はお願いね。」
「かしこまりました。」




