4話
長い沈黙の後、勇者殿は一人にしてくれと言って退室を求めていたため、俺とネリシアは部屋を出て、探索者ギルドへ状況確認に来ていた。
勇者殿の説得も必要だったが、今の時点で魔物騒ぎが発生してからそれなりに時間が経っているはずだ。本当に何かの根が残っていた場合、そろそろもう一騒動起こっていても不思議ではない。
もう年配となっているこの町のギルドの長は、先の魔物騒ぎの解決についてようやく目途が立ったと考えている様子だが、当初は具体的な調査員ではないと知ると落胆していた様子でもあった。
「それでは、勇者殿の鎮静化には目途が立ったが、調査には正式に人が送られてくるのを待って欲しいと、そういうことかのう。」
「そういうことです。我々が下手に動くと、町のために使うお金のほとんどを、王国へのお礼として使うことになりかねませんから。」
「まぁ、そこは仕方なかろうて。なにぶん、勇者殿をきちんと説得してくれるだけでもありがたいじゃろう。このままだと魔物の群れが町の近くに現れでもしない限り、勇者殿が動こうとはしなかったろうしのう。」
「…魔物の群れが近くに出現する可能性が、まだ残っていると?」
「騒ぎの後の周囲の調査が、あまり進んでおらんでのう。積極的に動いてくれとった勇者殿たちが動いてくれなくなったことで、自警団としてもあまり広い範囲に動かなくなっとるんじゃ。」
元々町の近くで探索者として動ける人数が多くなかったためか、町としては自警団という形で戦力を確保していたのだが、魔物騒ぎが起こった後、自警団の人間が負傷することを恐れ、町の周囲の安全を固めるためだけに動くようになってしまったようだ。
探索者としての依頼が少ない地域ではよくあることだ。戦闘能力の関係で最前線から追いやられた者たちがこういう地域に落ち着くことも多く、戦闘から長く遠ざかることで、傷付くことを極端に恐れるようになることもある。
歯がゆい思いとなってしまうが、仕方のないことではある。ともあれ俺たちの仕事は終わりで、今の時点で何も話がないということは、後は公爵閣下の動き次第でどうなるかは決まるだろう。そう考えていると、ネリシアが窓の外を見ながら口を挟んできた。
「ウル。この話を聞いたのって、いつ頃?」
「ん?…公爵閣下から話を聞いたのが四日前だな。」
「…わかった。ギルド長、魔物騒ぎがこの町で起こってから、何日くらい経ちました?」
「あぁ、たしか十日くらいじゃったかのう。」
その言葉を聞くと、ネリシアの顔が少しこわばったようだ。その様子に俺が気付いたと勘付いたのか、ネリシアが口を開く。
「魔物騒ぎって、大体同じくらいの周期で活性化するみたいだから。その目安が、十日から二週間。襲ってる側が一つの群れであることが前提だけど。」
「あぁ、そうなのか。となると、そろそろ襲撃があると考えていた方がいいのか?」
「確証はないけど、そう感じた。周辺の調査があまり進んでないんですよね?」
「…あ、あぁ、自警団じゃから、無理や無茶を押し付けて、農作業や狩りに響かせるわけにもいかんからのう。」
「この町周辺の地図はあります?」
「あぁ、ちょっと待ってくれ、持ってくる。」
ギルド長が持ってきた地図は、町を中心に周辺の地形が大雑把に記されているだけの簡素な地図だった。おそらく町の内部を説明するときに使う地図だったのだろう。もう少し広い範囲で記されていればよかったのだが、ネリシアはすぐに目を通し、ギルド長と相談を始める。
「この方角の、この付近の柵なんですが、特に激しく荒らされてませんでした?」
「あぁ、そうだそうだ。そう聞いとる。人もそちらに集める必要があったのを覚えとる。」
ネリシアが指しているのは、町の南東方向にある柵を示す範囲だろう。
「確か、この町の南東から南にかけては山になっていましたね。」
「えぇ、そうです呪い師様。村の者も狩りに行くとき、普通ならそちらに行くことも多いんですが、最近は南の方にばかり狩りに行くようになってしまって。」
「前回の襲撃で、一番多かったのはどの魔物でしょう?」
「一番多かったのはゴブリンじゃったな。次にコボルトじゃったように思う。」
俺とネリシアが聞き、ギルド長の発したその情報に、俺とネリシアは顔を見合わせ、ネリシアは天を仰ぎ、俺は頭を抱えた。山の中ともなれば、ゴブリンやコボルトにとっては絶好の繁殖地だ。隠れる場所が山ほどあり、とにかく数を揃えなければ根絶やしにするのが難しい。
特にゴブリンとコボルトという組み合わせが最悪だ。コボルトは狼や犬の習性が強いからか、山の中に大きな穴を掘ってそこを巣とする場合が多く、ゴブリンは居住性確保のためにその巣を複雑に掘り進めることが多いので、結果的に巣となっている場所が、内部構造の複雑な洞穴となっている場合が多い。加えて相性という意味でも、相手にしたくない部類である。
つまり、十日くらい前にこの町を襲撃してきた魔物が、十日くらいの潜伏期間を経て再度侵攻してくる可能性が高い。対策を打とうにも、この町周辺に探索者は少なく、公爵閣下から聞いた話だけで判断すると、既に魔物騒ぎは終息したように考えられている可能性もある。
この町の主要戦力と思われていた勇者殿は、戦線に戻ってくるかどうかが不明。奥方の戦死と合わせて探索者たちは積極的な活動が少なくなっており、周辺の魔物に関する調査もそこまで進んでいない。加えて敵となる魔物の陣営への最終的な対策は、味方の数を揃えて本拠地を洗い出し、根こそぎにすることが前提となってくる。
厄介なことになったものだと思いつつ、俺はギルド長に声をかけた。対してギルド長は、目途が立ったと思っていた事態が一転、最悪の事態に陥りつつあるようだと知って狼狽気味だ。
「…ギルド長。」
「…は、はい。」
「私個人としては、公爵閣下から依頼された、勇者殿の説得については解決したと考えています。」
「……はい。」
「あとはこの町で事態の打開を、と言いたいところですが、実際この話を聞いてしまった後でこのまま去ると、公爵閣下のお膝下で魔物の活性化をみすみす許したという事態になりかねない。」
「……はい。」
「ギルド長としての判断を仰ぎたいと思います。俺たちをこのまま王都に帰し、この町の総戦力をもって事態の打開を図るか。あるいは俺たちに報酬を払い、俺たちを戦力として確保するか。」
「………町長と連絡を取り、判断したいと思います。」
「なるべく急いでください。この提案、本来はあなたが町を守るためにすべき判断だった。」
「…おっしゃる通りです。」
「事態についての情報共有もないまま、俺たち自身が魔物と交戦する必要が出てきた場合、町長と公爵閣下に掛け合って、この町の資金をすべて、俺たちへの報酬として無理矢理供出させることになりかねない状態でした。」
「…それは…、はい…。」
「誠意ある対応を期待します。」
「…はい。急ぎ態勢を整えます。」
そう言うとギルド長は足早に退室し、そう時間のたたない間にギルド中にバタバタと急ぐような音が聞こえてくるようになった。
結局、町は俺たちに報酬を払い、戦力として確保することを選んだのだが。最終的に防衛戦力とされた陣営の実態としては悲惨なものだ。
客観的に言ってしまえば、町の防衛戦力はほとんどなし。辛うじて狩人が弓をつがえて並んでいる程度で、後は農機具を振り回せる程度の村人が多数。軍人や兵士の類はおらず、戦闘訓練を受けている者として探索者が数えられる程度いるのみ。
やはり事態を正確に把握する能力を持っていない者が上に立つと、変な方向にばかり進むんだな、と思い直すばかりである。
この状態で敵の攻勢を今か今かと待ち続けることは、町の壊滅を早めるだけだと考えた俺とネリシアは、先に敵の本拠地に打撃を与えるため山に先行し、敵の軍勢の調査、可能なら討伐という形で依頼を発行してもらうことにした。
魔王討伐パーティの元メンバーとして荒事に慣れているネリシアと、様々な魔法を操れる俺との編成であれば、敵の攻勢の前に本拠地を叩き潰せるという判断だ。
町長とギルド長は町の防衛戦力として俺たちを抱え込みたがっていたが、敵の具体的な数も、本拠地すらも分かっていないような状態ならば、まともな探索者は町に残るより逃げ出すことを選ぶだろうし、実際既に逃げ出した後なのかもしれないのだ。
こうなってしまえば、ある程度事態の打開に日の目を見なければ、村が発展していくかどうかも怪しい。公爵閣下に報告したうえで町長とギルド長を入れ替えてもらうことは確実だな、などと考えつつも、俺とネリシアは貧乏くじを引いたことに盛大に溜息を洩らした。