5話
武闘大会が始まり、そして終わった。
あっさりしているかのように思えるが、俺としては本当にこれだけの話なのだ。何せ俺は出場者ではないし、最初に魔道具などの特殊な武器や防具などの持ち込みを禁止するため、使用者の持ち物全てに検査用の魔法をかけて魔道具類を検出した程度。
実際の細やかな確認などは魔道具で終わらせるように手配したのだから、むしろ何事もなく終わって万々歳、という感想である。
予想外な出来事としては、フラスタリア連合からサルビア姫が、武闘大会に出場する者を見るために来訪したことだろうか。昨日の夕方、俺が衛兵隊の騒動に巻き込まれたのはこれが原因で、かの姫君の来訪に対し、衛兵隊から“銀狼”ラスティエル卿が護衛のために駆り出されたために、衛兵隊の人手が足らなくなってしまったということだ。
俺自身が最初の魔道具検出以降は城に詰めていたことも、サルビア姫の応対をラスティエル卿が担っていたこともあり、俺が非常に平穏な日常を送れたことは、ラスティエル卿に感謝しておきたい。
まぁ、彼女自身が実際に高覧したのは最後辺りの数戦だけで、あまり思い入れもなくスルリと立ち去ってしまったらしいので、何がしたかったのかは一切わからないとのことだが。
武闘大会の順位でも特に波乱があったわけではない。王国騎士団から騎士団副隊長“閃剣”ミカグラ卿が優勝し、魔王討伐パーティに選抜されることが確定した。
衛兵隊から選抜されたラスティエル卿は準優勝で、これも大半の予想通り。三位と四位も健闘していたが、やはり二人の壁は厚かったということだろう。
ちなみに、昨日夕方に騒動となった二人だが、共に準々決勝でそれぞれ“閃剣”卿と“銀狼”卿に当たっており、健闘していたがそのまま敗北。もう一戦勝ちあがっていれば二人が魔王討伐パーティの予備メンバーとして選ばれていただろうことは確実であった辺り、非常に残念な結果だった。
しかしラスティエル卿とミカグラ卿の計らいで、才ある若者を逃すわけにもいかないと、結局衛兵隊と近衛騎士団が一人ずつ引き取ることになったらしい。まぁ、裏の話し合いというやつだ。こういう才能を掘り出すための大会でもあるのだから、別に妙なことでもないと思う。
そして魔術師として魔王討伐パーティに参入するメンバーについては、当初はネルが候補とされていたが、王宮筆頭魔導師としての立場を鑑み王宮から離したくない、との貴族の意見が根強く、腕利きから希望者を募り、希望者がいない場合にネルが出る、ということになった。
まぁ、ネルへの結婚相手の紹介を考えている貴族が多いということだろう。ネルがついさっき愚痴っていたが、俺がどうこうと言えるものでもない。魔王討伐パーティメンバー候補の選定には俺も駆り出されるんだろうな、と嘆いた程度である。
ちなみに、俺は公にはそこそこの腕の魔術師、としてしか認識されていないため、基本的に腕自慢との張り合いともなると影に隠れざるを得ない。俺としてもそれは渡りに船なのだが、気に入らない貴族にはとことん気に入らない様子に映るらしい。
別に手柄を独り占めするわけでもないのだから、放っておいて欲しいものだが。
「ロードネル卿とお茶会ねぇー。」
「別に変な意味で呼ばれたわけじゃないぞ。武闘大会への協力に感謝してっていう名目だし、“閃剣”卿もこれから魔王討伐に赴くんだから色々準備で忙しいだろうし。」
「…私もついて行っていい?」
「…まぁいいぞ。情報共有の意味で連れて行く。」
今はネルが俺の部屋に遊びに来て、お茶を飲みながら雑談する中で、明日行われるミカグラ卿のお茶会について話したところである。
別に変な意味で呼ばれたわけではないのだから、そう疑わしい目で見るのはやめて欲しいものだが。
「情報共有って?」
「武闘大会で気になった点が一つあったのと、先代パーティ経験者から当代パーティメンバーへのアドバイス的な意味だよ。」
「あぁ、でも騎士団の副隊長でしょ?野営訓練もあるみたいだし、大抵のことは気付きそうなものだけど。」
「それでも意識合わせする意味はあるだろ。同性なんだから、異性からのアドバイスとは違う所に気付くだろうし。」
「んー…それもそっか。」
俺から情報共有と言っても、今回拾った人間が転生者かもしれない、と言う程度である。万一の事態の場合はもう少し重要度は高くなるが、現時点で確定情報ではないのだし、そこまで大騒ぎするような事でもない。
ミカグラ卿が騎士団で面倒を見ると言って確保したのは女性の方で、具体的にどういう方向に育てるつもりなのかは不明だが、女性騎士の多くは要人の護衛に使われる場合が多い。女性と言うことで敵の油断を誘いやすいし、護衛対象やその周囲の様々な異常を感じ取りやすいからである。
逆に男性の方は体格や武装での威圧感を出しやすいことが有利に働き、荒事に巻き込まれる場合の多い衛兵隊が人材として確保したようで、しばらくは二人とも訓練漬けになるだろうことが予想される。いくら魔術装導器官で自身の能力を底上げできると言っても、最大値が大きいに越したことはないからだ。
「でも、“閃剣”卿のお茶会にお前が招かれてないのは予想外だったな。女傑つながりで招かれてるとばかり思ってた。」
「褒められてる気がしないんだけど?」
「あー、悪い。爵位を継ぐ女性同士、話が合いそうな気がしてたから。」
「んー。何か距離取られてるというか、交流する機会を潰されがちというか。」
「なんか思うところでもあるとか?」
「私の方は別にないんだけど。」
偶然でないとするなら、ミカグラ卿の方でネルに思うところがあるのだろうか。別に“断罪”の名について何かあるのであれば矛先は俺になるはずだから、ネルに突っかかるのは何か間違っている気がするのだが。なんとも謎の多い状況である。
ミカグラ卿は王国騎士団の副隊長にして、先代“断罪”を担っていた女傑でもある。俺に二つ名を譲ってからは騎士団の任務に専念していたらしく、騎士団の練度の向上に一役も二役もかっているという噂だ。
彼女自身が“断罪”以外の二つ名をいくつも持っているわけではないが、今のご時世二つ名を持つほどに実績が噂される者の方が稀である。影で二つ名を複数持つ俺の方が例外なだけで、彼女自身の腕前は素晴らしいの一言だろう。
「まぁ避けられててもクッションくらいにはなるから、必要なら言ってくれ。」
「とりあえずお忍びで行こうと思うから、顔だけ貸してね。」
「わかった。朝、魔道具に一報入れるから。」
「うん、よろしく。」
そう言うとネルは茶を飲み干し、ローブのフードを目深に被って、部屋からするりと出て行った。
ニーシャは今日、クロークス公爵の屋敷に戻っている。場合によっては彼女が魔王討伐パーティの誰かとの政略結婚の駒として使えるために、公爵と話でもしているのであろう。
今のうちに、送れる手紙は全て送っておいて、進められる仕事を進めておくべきだろう。そう思って俺は机に就き、紙とペンを手に取った。
ルリミアーゼ殿下との手紙は、まだ細々と続いている。最近は政務で忙しくなったのであろうか、以前は数日に一回という頻度だったのが一ヵ月に一回という頻度になってはいるが、頼れる人に頼り、何とか政務に慣れてきたところだと言う。
魔道具の動作は良好。魔力切れなどの問題も起こっておらず、快適そのものらしい。ただ、どうしても自由な外出が制限される身の上から、たまには気晴らしをしてみたいという要望が書かれている。
水だって長期間放っておけば腐るものなのだから、一つ所で同じようなことばかりしていると、滅入ってしまうのもよく分かる。適度に外に出て、新しい事に触れてみることを勧めつつ、魔王討伐パーティについての情報を書き添えておく。
どうせ時期が経てば公になる程度の情報だ。早めに書き添えて、少し外の世界に興味を持ってもらうのも手だろう。今の時期すでに皇国近辺は、俺にとって地獄のような熱気を持つ地域に見えてしまっているので、皇国にはしばらく近寄りたくない。彼女がサルビア殿下のように、付き人を連れて観劇に行くようにでもなれば、いい気晴らしになるだろう。
仕事の書面の方は相変わらずだ。春も過ぎ、初夏に差し掛かりつつあるこの時期、夏に向けて準備を行う者が増え始めるのか、少しだけ人手が少なくなる。
この時期は無理に何かを出そうと奮闘しても空振りに終わることが多いらしく、細々とした催しがあっては消えていくのが風物詩ともいえる。処理する必要があるものが多くはない分、俺にとっては過ごしやすい時期なので、こちらはすぐに片付いた。
問題は、探索者ギルドを介した先代勇者ヴィストの捜索である。現時点で探索者ギルドを通して勇者の目撃情報はない。それっぽい目撃情報はギルドでそれなりに挙がっているが、問題なのはその目撃情報がいつ挙がったのか、という点だ。
ヴィストの勇者契約は破棄されたが、探索者としての登録は生きている。当然、依頼をこなせば記録が残るはずだが、現時点で探索者として依頼をこなした形跡が残っていない。
考えられるのは、探索者証を別途取得したか、探索者として依頼を受けていないか。既に死んでいるのであれば、それはそれで今回の調査目的には合致するから一旦省く。
別途取得であれば、その旨がギルドの情報に記録される。その場合は新規登録者のリストからヴィストに該当しそうな登録を探し出す、という手順が必要になる。加えてその登録が、探したい本人かどうかの確認も必要となるのだから、これを漁るのは最後の手段だろう。
一番手間がかかるのが、探索者として依頼を受けていない場合。これは実際にヴィストの目撃情報を追跡する必要が出て来るのだが、現在ギルドに依頼しているのはこちらである。
なぜなら、クロークス公爵領の田舎町で最後に一度顔を合わせているのだから、そこから足跡をたどっていけば、ある程度の精度で人物を特定できるからだ。人探しを得意とするギルド員や探索者もいるのだから、得意分野を任せられるのであれば報酬を用意して任せるのが効率的というものである。
そこで判明したのが、俺がサルビア殿下の護衛を開始した辺りの時期、ヴィストが再度クロークス公爵の居る街を訪れていることなのだが、なぜか公爵邸には訪れずに数日後に南下。元居た町を離れている期間は、近場の依頼を偽名でこなして食い扶持を稼いでいたことも分かった。
南下すると魔物の出現率の多い地域に近付き、危険度は段違いに跳ね上がってしまうが、実入りが良くなる。ギルドを介さない依頼で食いつなぐには割のいい依頼を見つけるしかないのだから仕方ないとは思うが、探索者として依頼を受ければ済む話を、ややこしくしているようにしか思えないのも事実。
当面は調査を続けるとの内容が届いたのが五日ほど前で、続報は未だに届いていない。そろそろ動くべきではあるが、急いで動いても報告が入れ違いになってしまう。
先にミカグラ卿に渡す転生者についての情報を準備しておくか、などと思いながら、俺は明日の茶会に向けての準備として史書から関連書物を探し始めた。




