4話
「…ということで、ちょっと相手の方の気に障る部分があったみたいで。」
「俺はそれを手伝っただけだよ。…友達が絡まれて、助けない訳にもいかないだろ。」
「…事情については了解しました。ご不便をおかけして申し訳ありません。警備の厳重な宿をご用意いたしますので、本日はそちらにお泊りください。」
「…私たち、王都に来た際に、宿を取ってるはずなんですが。」
「諍いになった、との報は受けていますので、衛兵隊と縁のある寝所の方が安心していただけるかと。明日の朝まではごゆっくりお過ごしください。宿の方には使いを向かわせていますので、荷物があればお届けします。明日の朝に宿代をお返しする形になります。」
「…武闘大会の方は?俺たち、出れるんだよな?」
「もちろん出場していただいて構いませんよ。宿を出る前にお声掛けいただければ、宿代をお返しいたしますので、忘れずにお声掛けください。」
勇者選定のために行われる、武闘大会。その開催日前日の夜遅く、俺は衛兵隊の詰め所に顔を出し、状況の把握と事態の収拾に勤しんでいた。
厄介事が発生したと言っても、俺自身はほとんど何も介入していない。衛兵隊が動いた事態に対して収集に困った点の解決のために俺が呼ばれた、と言うのが正しい。
「…宿代をもってしまうなど、よろしいのですか?」
「宿代を払って評判を買った、と思えばいいですよ。今回は概ね、スラムの人間が通行人を武器で脅し、大立ち回りの末に衛兵隊が被害者を保護した、と広まるはずです。旅人が安心して王都を回れるように立ち回ったことは、治安維持に役立ちこそすれ、障害にはならないかと。」
「言われてみればそうですね。」
「場合によっては、宿代を払って余りある恩になります。衛兵隊の手柄ですから、気にせず職務に邁進してください。」
「余りある恩、ですか?」
「…スラム出身のならず者に襲い掛かられて、返り討ちに出来る者はそう多くありません。腕が立つ者なら引く手数多でしょう?」
「…そうですね。有名になってくれることを祈りますよ。」
被害者二人が部屋を出て宿に向かった後、こっそりと話しかけてきた衛兵は、俺の言葉を聞いて下がっていった。俺は先程の二人を思い返しつつ、手持ちの魔道具を見るでもなく眺める。
今回騒動の焦点となったのは男一人と女一人の計二人。男の方はヴァルト、女の方はミルツと言った。二人が王都の街路を歩いていたところで突然因縁をつけられ、はぐらかそうとしているうちに男の方が勢い余って掴まれた腕を振り払い、武器を持った連中に剣呑な雰囲気で囲まれてしまい、売り言葉に買い言葉でやむなく応戦。二人を囲っていた側の内、五人が昏倒、三人が軽傷を負い、騒ぎを聞きつけた衛兵隊が事態を収拾した、と言うのが大まかな経緯である。
囲まれた二人の側には怪我もなく、遺失物などもなし。二人を囲んだ側は、昏倒する程度の殴打の跡はあれど、武器が原因の大きな傷はなし。捕まった連中はそのまま衛兵隊に御用となり、後日軽犯罪者として服役が決まる見通しである。
ここまでの経緯だけであれば、衛兵隊だけで事態の収拾は可能だと思われたのだが、俺が呼ばれたのは、この事態が衛兵隊から見れば異常に過ぎたからだ。
まず襲われた二人だが、ぱっと見の素人判断だけでは、そこまで腕が立つようには思えない。
通常、武闘大会に出場しようと考える者は、大抵が腕自慢だ。当然、各種の武道や訓練を扱えるだけの体格を持つ者が多く、体格を見れば熟練者には大体の実力の見当がつく。
しかしながら、襲われた方の二人はどう見ても線が細い方で、衛兵隊により拘束された襲った側の者は、身なりが悪いとはいえ武器を持った大人十一人。
加えて襲われたと言い張る二人はどう見ても場慣れしているようには見えない、と言うことで、事の経緯の真偽に信憑性を持たせるために、俺が呼ばれたという訳だ。
結局俺が名乗り、相手にきちんと魔道具などに関して説明した後、いくつか確認の質問をすることで、事態の収拾については目途が立った。あとは衛兵隊が問題なく捌いてくれるだろう。
俺が事態を収拾する目途が立てられたのは、学院で得られた知見、具体的には魔術や体術を利用する者に必須となる体内機関、魔術装導器官に関する知識が深かったからだ。
魔術装導器官とは、人が魔法を使う時に必要となる、魔力への干渉能力を高めるために、術士が体内に構成する器官の事で、今回ネックとなったのは、術令帯という器官だ。
ここは魔力を扱う者の感知能力や魔力操作などに関連する器官であるが、ここで感知できる魔力の質や感触から、熟練の魔術士や体術士は、相手の技量や魔術装導器官の質などの情報をある程度測ることが可能だ。
おそらく襲う側が魔術装導器官に関連する知識を得られていなかったのだろう、襲った側には器官の構築が出来ている者がおらず、襲われた二人にはしっかりとした魔術装導器官が構築されているように、俺には感じられた。
最終的な報告としては、身の程知らずな者が実力者に喧嘩を売って自滅した、となるのだろう。これを機会にスラムの治安を向上できるよう、衛兵隊が動いてくれるのを待つばかりである。
気になったのは、魔術装導器官を構築している状態にある例の被害者二人を、衛兵隊の人間がそう感知できなかったことである。勇者選定のための武闘大会という催しがあるのであれば、衛兵隊も魔術装導器官についての知識を身に付けた者が詰め所に残っていてもおかしくない。
なぜこのタイミングで、相手の魔術装導器官について感知出来る者が居ない状態に陥ってしまうのかが引っ掛かったのだが、魔道具で確認を行って、ようやくその理由が分かった。
例の二人の魔術装導器官は、主に瞬間出力に重点が置かれた、かなり古い形式の魔術装導器官だったからである。衛兵隊が感知できなかったのは、通常構築される器官の特性などから、明らかに離れ過ぎていたためだろう。
現在となっては上位互換に近い形式の設計図が出回って久しく、現時点でそのタイプの器官を扱っている者はほぼいないと言っていい。数少ない例外は、器官の設計図についての情報が出回らないほど田舎の出であるか、器官を生まれ持っていた場合である。
そして魔術装導器官を生まれ持っていた場合、高い確率で当てはまるのが転生である。
歴代勇者の活躍と共に広まっていった考え方の一つで、今や宗教関連の活動家が唱えることも珍しくなくなった考え方。魂は不滅であり、死者の魂は世界の生き物の間を行き交い、様々な形でこの世に再度生を受ける。そして場合によっては、初代含む歴代勇者の世界や、勇者召喚の際につながる先となる世界をも、行き交う対象とする場合があるという。
俺自身が実際に転生者を見たことはなく、可能性としてそんなこともあると書かれた書物が多少残っている程度。正直眉唾物で、可能性を考慮する必要もなかったものでもあるが、そんな例が二人も同時に現れたということは、何かしらの作為を感じる事柄である。
しかし、例の二人が転生を経験した者であるとの証拠も証言もない。あくまで今回は起きた事柄の把握のために各種の確認を行った程度で、詳しい検査を行える訳もない。
加えてあくまで可能性として、過去の英雄譚に憧れた者が、英雄と同じ器官の構築を望んだという例もないわけではない。
結局は棚上げするしかないのだが、妙なことにならなければいいんだがな、などと俺は他人事のように思いながら自身の家に帰ることとする。
ともあれ明日は武闘大会。大会の出入りに関して呪い師の俺に仕事がないわけではなく、基本的に出場者の身辺チェックを手伝うことになる。準備自体に問題はなく、ただ一抹の不安が残ったまま、俺は翌朝を待つことにした。
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「っはー、何とか正規ルートー!疲れたー。」
「私隣の部屋取るからね。」
「オッケー。あとはお目当て違うんだから、別行動だよな?」
「気になることあるから、ちょっと保留かな。」
「えぇー?なんだよ。不吉なこと言うなぁ。」
「これまでも少しずつ変だったじゃん。まずリディアル殿下、結婚しちゃってたし。」
「あー、前回の魔王討伐直後だったっけ?あれ、本命だったの?」
「本命とは違うけど、王子様だよ?マークはしとくじゃん。」
「まぁそれはあるかー。」
「王者ルートだと、武闘大会に腕試しなりで出て、どこかの貴族に目を付けられるんだったよね?」
「確かそんな感じ。傍付きとか要人の護衛とか、そんな感じで城に入って奉公する、みたいな話になったはず。さっきのチュートリアル戦闘みたいなのでも上手く立ち回れてたから、勇者ルートで魔王討伐パーティに入ってもそこそこ何とかなるとは思うけど。」
「ということは、武闘大会出るのは確定で、魔王討伐パーティに入れるなら勇者ルート、別の方向で王城で働く形に流れれば王者ルートってことかー。」
「マルチエンディングって面倒くさいなぁ。」
「こういう状況は流石に想定できないと思う。でもアニメとかだと、衛兵隊の詰め所でラスティエルとサルビアに会わなかった?」
「確かそのはず。勇者ルートだと別に誰にも会わなかったはずだけど。」
「ゲームのシナリオっぽいのかなぁ。でも王者ルートだとしても、現時点で主要キャラに会えてないのっておかしくない?」
「主要キャラに会えたとしても、武闘大会出場から城で奉公するって流れにどうやって持っていくんだって話だけど?」
「今日会った人にもう一度会ってお礼を言う、って流れだったと思うんだよね。そこから下働きを勧められて、奉公していくはず。」
「でもさ、武闘大会に出場したなら、まずは城で奉公とかより衛兵隊に誘われないか?」
「学院への就学歴が浅いから、通いながら王城や衛兵隊の雑用していくんだよ。行くタイミングと寄る時間で、キャラのルートを選んでいく感じ。学院自体はリアルの大学の単位制に通じるところがあるかなぁ。」
「あー、王者ルートだとそういう流れなのか。でも顔合わせする主要キャラっているの?」
「王者ルートだと確か、衛兵隊の詰め所で会うのがラスティエルで、取り調べ中にサルビアが来てたはず。他は武闘大会後に時々あるイベントで顔合わせしていく感じだけど。」
「そうなると今のところ王者ルートの主要キャラとの顔合わせ一切ナシなのか。まぁ考えてみれば、爵位とか持ってるヤツが気軽に下町を歩けないよな。」
「で、どうするの?普通に勇者ルート行くの?」
「勇者ルートのイージーで行こう。武闘大会で準決勝まで行けば、少なくとも予備メンバーとして王城の近衛や衛兵隊と訓練、って感じで行けたはずだし、そこから王者ルートに行くなら行く方向で。ネリシアやサルビアも、最初の魔王軍の奇襲には出なかったはずだし。」
「まぁ、そうなるよね。じゃ、そこそこ頑張る方向で。」
「…あー、ゲームしてー。ゲームの世界で何言ってんだって思うけど。」
「ゲームの雰囲気を感じて、露骨に思い出したよね。…元の世界に戻る方法、探した方がいいのかなぁ。」
「まぁ、そこは状況に応じて考えよう。まだ決まったわけじゃないし。」
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