3話
森の国、フォミル。
王国と皇国を繋ぐ魔導列車、その王国方面の路線の最終地点となる国で、初代勇者が神託を受けたとされる聖山を有し、国土の多くを森林が占めていることからそう呼ばれている。
初代勇者を信奉する聖光教の総本山であり、神託を端に発した各種の占星術を含む魔術が各地で研鑽され、これまで何人も優秀な占い師や呪い師を輩出してきた国で、各種の占い、呪いの聖地とも目される場所だ。
この国から魔王の出現に関する啓示が発布されるということは、最低でも魔王もしくは魔人族を率いる優秀な指導者が魔人族側に存在していることを示す。魔人族と敵対している人族や亜人族からすれば、何もしなければ近いうちに人族側への魔人族侵攻があり得るということなのだから、危険度は桁外れに大きい。
魔王と言う存在は強さだけでも計り知れないからこそ、勇者という存在が生まれる契機にもなったのだ。人族最初の勇者が生まれる直前、人族や亜人族は魔人族に滅ぼされる直前まで追い詰められていたこともあり、今や勇者契約という契約魔術は人族と亜人族にとっての希望と目され、厳重に管理されている。
それについては万人の理解の及ぶところなのだから、これについて疑問を抱く者はいないと思う。俺が気になったのが、勇者の選定に関する啓示についてだ。
通常、魔人族側に優秀な指導者が出現した場合、それの相手をするのは基本的に勇者である。
しかしこれについて、先の魔王討伐を成した勇者を王国に呼び戻して再度勇者契約を行うという流れを俺は想定していたのだが、フォミルからの使者は新たに勇者を選定すること、もしくは召喚魔術の使用を求めてきたのである。
召喚魔術というのは、初代勇者と当時の魔術師や占い師、そして歴代の様々な術士の尽力により完成された、一種の儀式魔法である。
多大な労力と多大なコストを必要とし、術の対象となった者の同意をも必要とするというリスクが存在する反面、初代勇者を初めとする、現時点で世に存在しない様々な知識や技術を供給可能な者を、この世界に連れてくることが出来る。
俺自身がその儀式に立ち会ったわけではないのだが、儀式の書物や術式には目を通したことがあり、大掛かりな術式や言い伝えにも得心がいったものだが、今更こんな化石のような術式を使う必要もないとは思っていた部分もある。
なぜなら、現時点で人族と亜人族は魔人族とは勢力的に拮抗している側面があり、儀式魔法を起動してまで勇者選定を行う必要がないものと思っていたからだ。
しかしながら、秘密裏にとはいえ理由を聞いてしまえば、納得せざるを得ない。
最初は疑問を抱いていたが、勇者選定のための武闘大会の布告が始まり、リディに直接話を聞いてようやく得心がいき、今はその準備が国を挙げて進められているところである。
武闘大会の開催は一ヵ月後。この武闘大会での優勝者が、魔王討伐パーティへの参加を許される。ルールについてはまた掲示や布告が行われるであろうが、魔王討伐が成った暁にはもれなく国から讃えられ、名誉も栄達も浴びるほどに受けられるというのであるから、熾烈な争いとなるのは必至である。
「で、そんな中なんで私の所に?」
「まぁ、ちょっとした確認と頼み事だな。」
国を挙げての準備が進む中、俺はネルの下を訪れていた。具体的にはこれからちょっとした準備を行うにあたり、ネルに協力してもらえれば少し楽ができる可能性が出てきたからだ。
「私、優勝賞品扱いされてるから、表舞台に立つことにいい顔されないんだけど?」
「ん?武闘大会にお目当てのヤツでも出るのか?」
「…出ないけど。」
「まぁ、気分転換に外に出て、顔見せて回るくらいなら許可出ないか?ネルが動いてる、ともなれば、ネル目当てに出るやつも増えるだろ。」
「それはそうだろうね。でも、何があったの?」
今回の武闘大会での一番の目玉は、前回の魔王討伐パーティに関する劇が広まっている影響で武勇伝が広く知れ渡っているネルの、魔王討伐パーティへの参加が噂されていることだろう。
魔王討伐パーティに入れば、“天魔の炎精”と称えられる高嶺の花、ネルとお近付きになるチャンスになるし、魔王討伐を成し遂げればネルと同じ立場に立てる。国からの栄誉も得られるのだから当然ネルと同等と見なされ、ネルとの結婚も夢ではなくなるとなれば、国中の男性がそれを求めてもおかしくない。
あわよくばと武闘大会に参加を表明している貴族がいるほどには、ネルを目当てに参加する者も多い。
まぁ、実際に連れ出そうと考えているのは武闘大会が終わった後なので、反対の声も少しは収まっていると思っているのだが。
「先代の魔王討伐パーティメンバーとの連絡、今の時点で出来るか?」
「…ヴィストを除いて、連絡先はある程度分かるから、遅くとも四日以内には手紙を届けられるはず。」
「なら頼み事は二つ。一つは手紙だけ出して、居場所の分かる先代の魔王討伐パーティメンバーと連絡を取れるようにしてほしい。もう一つは少し時期的に後になるけど、ヴィストの捜索、あるいは捕縛。」
「…何かあったの?」
「リディに届いたフォミルからの使者の手紙に、魔王に寄り添うように、勇者のように見える澱んだ影が立っていたとの報があった。先代の勇者ヴィストと連絡を取っておきたいが、彼が春前にクロークス公爵の下を一度訪れた後、彼の行方が分からなくなってる。一応王国に居るらしいのは確実だが、ギルドからの情報では国境付近で姿を見たくらいしか情報が入ってない。」
「…魔王に協力してるかもしれない、って?」
「その可能性が高いと、手紙には書いてあったらしい。事実確認も含めて、捜索と連絡。可能であれば魔王討伐パーティへの参加打診だが、その辺りは状況次第。」
「…私、ヴィスト苦手なんだよね。」
「そこは俺が話す。確認したいのはあくまで俺で、先代勇者と会いやすくするために、顔を見知ってるネルを連れて行きたい、ってところだからな。」
今回声をかけた理由の一つに、余人の目の届かないリディやミミィ殿下との会談で、ネルが非常に滅入っているらしい口調を繰り返しているから、ちょっと気分転換をしてあげてやれ、とリディに唆されたということもある。
正直俺としては、ネルの場合は外に出すより、書庫などでまったりする方が性に合っているのではないかとも思うが、貴族の目の届かない外に出れば、少しはネルも羽を伸ばせるだろう。
「仕事だよね。」
「仕事だな。」
「…何らかの報酬があってしかるべきだよね?」
「…無理なことは言うなよ?」
「…武闘大会、優勝。」
「ちょっと待て。文官に何を求めてる。」
「いやー、そうでもしないと表に出ないでしょ?ウルも考えが詰まってるみたいだしさぁ。」
「要望の最低条件が高すぎるから無理だな。」
「(チッ)ちょっとくらい頑張ってくれてもいいじゃん」
「オイ、今本気で舌打ちしやがったな。」
「気のせい。」
現時点でネルは“断罪”の正体を知らないはず。王宮にいる以上“血雨”については察している可能性もあるが、あくまで“血雨”は噂の産物で、成した業績については王宮で具体的な内容が明らかになっている訳ではない。
ネルが剣装と怠惰なる精霊たちを知っている以上、俺の強さをある程度理解できているからこその武闘大会への出場要請なのだろうが、俺の全力が公に認められた暁には、待っているのは妬み嫉みのオンパレードである。
例えば平民風情、文官風情が云々と因縁をつけられることも山ほど出て来ると考えると、いきなり名を上げることがいい事とも限らないし、一気に名が売れれば、伯爵や公爵が様々に働きかけて、ニーシャを俺の嫁にと担ぎ上げてくることも簡単に予想できる。
貴族同士、もしくは貴族と平民との付き合いでは基本的に、身分が上の者からの頼みを断ってはいけないという暗黙のルールがある。ただ身分が上だからと言って横車を押すような行為には批判が集まると言えど、貴族が有能な平民を取り込むために庶子と結婚させるという話が道理に反する訳もない。
程よい手柄と言うのが見つからず、目立つような大手柄を上げれば伯爵や公爵の行動を誘発するともなれば、それなりのささやかな手柄を上げられる状態になるまで待つ方がいいとも思うのだが、ネル的にはそれを待ちきれないらしい。
結局ネルとの結婚が話としてまとまってしまえば諸々の厄介事や恨みも山ほど買うだろうが、減らせる恨みを減らす手筋くらいは踏みたいものなのだが。
そんなことを考えている間も武闘大会の布達や準備は進み、様々な人が魔導列車や最寄りの馬車を利用して王都の闘技場に集まったのだが。明日には武闘大会が始まるという状況に置かれた俺の下に夕方遅く、厄介な内容の知らせが舞い込んできた。
武闘大会に出場しようとした者が、些細なことから他の志望者と諍いになり、衛兵隊に拘束されたとの報が舞い込んできたのだ。




