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目指せ楽隠居!埋火卿の暗闘記  作者: 九良道 千璃
第四章 繋がる手と離れる手
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2話

 パーセル伯爵の邸宅における、“血雨ちさめ”としての意見具申。俺の言葉を聞いた伯爵は、眉間に皺を寄せつつ俺をうながした。

 現時点では既に魔王討伐は成っており、教会から魔王出現の布告がなされたわけでもない。今から魔王討伐パーティの再編成をと考えると様々な負担を負う必要があるのも事実で、伯爵の眉間に皺が寄るのも納得と言える。


 だが、一旦気になってしまった以上、念のためと言うレベルでも話しておけば少なくとも心構えを行うくらいのことはできる。多少の事でも、一声だけは通しておいた方がいいだろう。


「…そう感じた理由を教えてくれ。」

「一つ目は、クロークス公爵の領地での、魔人暗躍事件。もう一つは先日の王都で起きた、サルビア姫襲撃事件。」

「…どちらも、成り行きでしか発生し得なかった部分はあると思うが?」

「その可能性もありますが、特にサルビア姫襲撃事件について、魔人が大きく関わっていないと不自然な部分があります。」


 そう言うと伯爵は腕組みをしながら考え始める。

「…不自然な部分とは?」

「襲撃者のアジトに、魔人の魔力を込められた魔道具とその設計図があったようです。衛兵隊が制圧と調査を行い、まだ動かせる魔道具を確保したということで、他の魔道具と一緒に呪いまじない師の俺に供出されました。魔道具の機能は隠蔽。多分、並の術士だと見破れません。」


「魔人の魔力が複数の魔道具に込められていたのか?」

「いいえ、魔人の魔力が込められていたのは一つのみです。他のものには襲撃者の魔力が込められていました。動かせるものとしては、通信系が一つと、錬金術の触媒となるものが一つ。通信系は入手先に心当たりがありましたが、錬金術のものはかなり昔のものでした。」


「…通信系の魔道具の、心当たりというのは?」

「サルビア殿下の配下が独自に王都で情報収集を行っていた際、協力していた襲撃者に魔道具の提供を行ったようです。魔道具商店で購入可能な、ごく普通のものでした。」

「ふむ。…魔人の魔力が込められた魔道具の方の機能が隠蔽ということは、闇商人が関わっている可能性もあるか?」

「普通ならその可能性もありますが、闇商人が魔人の魔力を込められた魔道具を扱う理由にはなりません。加えて、魔道具の設計図には連名で、先代の魔王の名が記されていました。」


「昔の錬金術の触媒に、魔人の魔力の込められた魔道具。見つかった設計図には先代魔王の名。…魔人族領から流れてきたと考えるよりは、意図的にもたらされた、と考えるのが妥当か。」

「そう考えております。魔族とは関係ない可能性もありますが、その場合、調達経路が不明なものが残ります。クロークス公爵領での魔人暗躍と考えあわせると、魔族側の動きが活性化しているともとれるかと。」


 そう言ったところで、パーセル財務卿は溜息を吐いた。

「わかった。騎士団と衛兵隊には、少しの間城壁外の視察を重点的に行うよう通達しよう。魔族の活性化について何らかの情報提供があれば、行動範囲の拡大や視察目的での遠出も増やす。当面ではこの程度だな。今の時点でさすがに離れた場所まで徹底するわけにも行かんが、注意するようにとの手紙を魔人領に近い領主に送っておく。」

「ありがとうございます。」




 ここまで話を終えると、伯爵は椅子の背もたれに上体を預けて大きく息をつき、ぼやくように口を開き始めた。先程までとは気持ちを切り替えたのだろう、いつもの好々爺然とした口調に戻っている。

「やれやれ。こんなことが起こっていたら、いつまで経っても隠居できんなぁ。」

「王を支える重鎮として、まだまだご活躍を求められているということですよ。」

「そんなことを言われて喜ぶ歳でもないわい。“断罪”が王家を支える柱としてしっかり立ってくれれば、ワシも安心して隠居できるんじゃがなぁ。」

「“断罪”は影ですよ。爵位がどうのと言う立場にはならないのが常でしょう?もしかしたら騎士団の“銀狼”殿が、魔人や魔王を討伐してくださるかもしれませんし。」


「なんじゃ、ニーシャ殿はお主の好みに合わんか?」

「魅力的な方だとは思いますよ?ですが、私は影として動くのみです。王宮で陰口を叩かれている現状、彼女に見合った爵位などと言う話になれば、間違いなく悪い噂が飛び交いますし。」

 俺としてはニーシャとの縁談が進んでしまうと、ネルの機嫌が悪くなってしまうことも、ニーシャを狙っている他の輩の恨みを買ってしまうことも重々承知している。


 幸か不幸か、王宮で小間使いとして働くニーシャを公爵家令嬢と結び付けられない者は多く、俺のような日陰者は小間使いと結ばれるのがお似合いだ、などと陰で言われている状態であり、ニーシャの正体を知っている俺から見れば、現状なんとも滑稽な図式である。

 だが、小間使いとして働くニーシャが公爵家令嬢と認識され始めれば、平民風情が急に重用され始め、公爵家令嬢とよろしくやっていると見えるわけだ。自分がそれを見抜けなかったという腹いせも含め、散々なことを言いふらされることが目に見えている。伯爵の叱咤激励(余計なお世話)は公爵家の方から話が来ないことを祈ろう、と思いつつ伯爵の言葉に応対する。




「まぁ、そこも含めてお主の手腕次第じゃな。クロークス卿の説得は任せておけ。」

訳:クロークス卿は説得するから、爵位を貰ってニーシャを嫁にする準備はしておけよ?


「そうですか。私からはクロークス公爵に、ご自身のお考えを優先するようお伝えしますね。」

訳:変なことしないでくださいよ、爵位なんて貰う気はありません。


「なに、公爵なら悪いようにはせんだろうし、リディ殿下も話の分かるお方だろう?王宮で働く者として、忠誠を示すのは今だぞ。」

訳:嫌だ嫌だと言ってないで、コネでも何でも使って名を上げておけ。手柄はあるのだから風聞など気にしても無駄だ、諦めるんだな。


「皆さまの安寧を乱してしまうと忠誠を示せないことも多いですから、これまで通りというのがありがたいですが。」

訳:他の連中に恨まれるとやり辛くなるから、悪いけど何も変えませんからね。




「…だいぶ貴族としてのやりとりにも慣れたのう。爵位さえ追い付けば立派にやっていけるぞ?」

「残念ながら風聞が永遠に追いつきませんね。ヒッソリやっていきますよ。」

「導師殿と言い、随分と強情な者が多いのう。次の世代が楽しみじゃわい。」

「強情でなければ、やりたいこともやれませんからね。それでは失礼します。」

「おう、気を付けて帰りなさい。」

 伯爵のぼやきに軽く返し、俺は自分が展開していた魔術を解除して伯爵の家を発った。体裁だけ整えるために借りた馬車に乗って王城へ戻る。




 やはりというべきか、どこからも反感を買わない生き方というのは難しいものだ。このままニーシャとの話が進んでしまうと、遅かれ早かれネルの機嫌が悪くなることは確実。当面はそういう話にならないよう気を付けておく必要がある。


 しかしそうなると俺の従者についての問題が生じる。俺の小間使いと言う意味ではニーシャが長期間その役を務めてくれているが、ニーシャから距離を取るために傍付きを別の者に代えてもらおうにも、呪い師などと言ううさん臭い職の小間使いに志望者がいないのは確実。

 そうなると志望者であるニーシャに瑕疵があったのではないか、と言う噂が立つ可能性もあり、結局公爵から睨まれる羽目にもなりかねない。


 貴族家であれば正妻と側室や妾と言う形で複数の妻を持つ者も多いが、平民がそんなことをすれば身の程知らずとのレッテルを貼られる場合も多い。加えて俺自身、ネルとニーシャを同時に相手しようとすると相当神経をすり減らす立ち回りを求められる現状、二人とも娶るという選択肢はありえない。




 俺にとって現状一番手順が少なく、かつ八方丸く収まる方向となると、ネルの父親であるマリルターゼ男爵に認めてもらい、男爵に近しい適当な世襲職を任せられることである。呪い師を辞して王宮を去り、当代“断罪”という形でリディへの協力を続けられれば、表向きは楽隠居と言う形でネルとの生活を考えられる。

 この場合ニーシャは公爵家の駒として適当な貴族家に嫁に行くことになるだろうが、今の生活を続けるよりはよほど幸せな生活が出来るようになるはずだ。


 しかしこの路線に問題がないわけではない。ネルの父親であるマリルターゼ男爵はどちらかと言うと文官職だったはずで、“断罪”を含む俺の二つ名を明かすには抵抗があるし、そもそも俺が密かに立てた手柄は基本的に武官のものだ。男爵が求める役割に対し、俺の持つ武勲が示す能力が明らかに畑違いである可能性も高い。


 そもそも貴族がお抱えの役職持ちを平民から雇うという事態は、お抱えの役職持ちが子に恵まれず、近しい貴族家も出せる役職持ちに適合者がいない、などという状態に陥らない限り発生し得ない状況なのだ。普通はそういう事態に陥らないよう立ち回る。

 クロークス公爵のように優秀な者を雇い入れて育てていくことを好む場合もあるが、それは名のある貴族家として人材育成に力を入れられる環境にあるからで、子爵や男爵などの下級貴族はコネで身辺を間に合わせる機会が多いのが実態である。




 どうしたものか、と頭を抱えるのもいつものことだが、切羽詰まった状況は知らぬ間に忍び寄って来ていたらしい。

 伯爵への意見具申から数日後、森の国フォミルからの使者が、魔王の出現と勇者の選定に関する啓示を発布したとの報が王宮まで届いた。

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