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目指せ楽隠居!埋火卿の暗闘記  作者: 九良道 千璃
第三章 影法師の鍔迫り合い
34/77

第三章supplement

 ● ● ● 


「…以上が、エグゼス聖王国で発生した事象の報告です。」

「了解した。報告に感謝しよう。」


 フラスタリア連合の王宮内、国王の執務室にて、サルビア・ルーメルス・エレッタドーラは国王に、自身の調査結果を報告していた。日は沈み、天に輝いていた三日月も沈んで久しい。


「…なかなか、厄介なものだ。目にしていても理解できず、後ともなれば調査は困難を極める。過去視ですら見えないというのだから、お手上げという他ないな。」

「申し訳ありません。忸怩たる思いです。」

「いや、気にすることはない。当代“断罪”についての情報は、これまで誰も得られていなかっただけだ。皇国ですら情報を得ることが出来ていない以上、これに関しては仕方がない。当代“断罪”が実在する。それだけでも喜ばしい情報だ。」

 フラスタリア連合の国王たる壮年の男は、そう言って自身を責めるサルビアをかばう。しかしサルビアは、自身の不甲斐ない思いを噛み締めていた。


 結局、王国で得られた情報としては、吟遊詩人の歌や道中の噂、あとは王国滞在中にサルビアの護衛兼首輪として付けられた監視者ウルタムスから、善意として供された情報くらいのもの。

 “宵”としての活動をあれだけ強く要請したにもかかわらず、“宵”が動いた結果として得られたのは、当代“断罪”の実力と、“血雨ちさめ”なる影の者の存在。“断罪”の実力についてなど、“宵”が動きを封じられるに至った相手を“断罪”は屠ったという程度で、実力の程を推し量る情報すらも得られなかった。


 それに加えて“断罪”はおろか“血雨”にすらも、全力の“宵”の隠蔽を易々と見破られたという事実も、サルビアが自身を責める要因の一つにあった。フラスタリア連合の影の筆頭、不可視にして不可避と謳われる“宵”の代名詞ともいえる隠蔽能力を、たとえ同業であろうと看破されているという事実が彼女の心に影を落としている。

 国王はその心情をある程度理解しているかのように、苦笑しつつ話を進めた。




「時に、既に魔法による認識改変については、対処措置を取ったな?」

「はい。帰国後すぐ、復憶魔術を受けました。」

 この復憶魔術は、認識阻害、もしくは認識改変の効果を持つ魔術への対策として考案、開発された魔術だ。元々、認識改変の類の魔術は実際に認識した事象を別の認識で覆い隠すように作用する魔術なのだが、そこに別の認識改変を重ね合わせることで対象に違和感を与え、覆いを剥がすようにしっかりを記憶を辿らせるきっかけを作ることで、元々あった出来事を思い出しやすくするという、認識阻害または認識改変の効果を持つ魔術への対処策として考案された魔術である。


「報告には“血雨”に救出され、“断罪”に対象を討伐されたとあるが、確か先程の報告では、最初対象を手の者で囲み、一斉に攻撃を加えたとあるな?」

「はい。間違いありません。」

 しかし復憶魔術とて万能ではない。認識阻害や認識改変を受けた状態が非常に印象強く記憶されていた場合や、改変が行われた範囲とは関係ない範囲に復憶魔術が作用してしまったりすると、魔術自体が効果を発揮しづらくなる。


 今回の事件で、当事者の記憶に印象強く残っていたのは救出後のウルタムスの姿。最終的に認識を阻害されたのは、“断罪”と“血雨”、そしてウルタムスの相互の関係性。

 ウルタムスは自身の出現の際の印象と救出後の印象を重ね合わせ・・・・・、その過程にある記憶の認識を阻害することで、過程を意識させずに『“断罪”ではない者がサルビア殿下と従者を救出した』結果のみを強く印象付け、復憶魔術の効果を阻害したのである。


「しかしながら攻撃は失敗。何らかの魔術の効果・・・・・・・・・により包囲を突破され、“宵”に反撃の手が及んだところ、“血雨”が何らかの手段をもって・・・・・・・・・・それを阻止。対象から引き離し、監視者が全員を治療。その後、引き離された対象は、“断罪”により討伐された。」

「そうなります。対象および監視者の使用した魔術についても、侍女と認識合わせを行いましたが、一様に復憶魔術でも思い出せないと。」




「やはりそうなるか。そうなると厄介なのはむしろ、“断罪”よりも “血雨”だな。敵の数が一人だったとはいえ、敵の反撃で崩れかけた包囲陣形の外から、包囲した側を、一瞬で対象から遠ざけたということになる。…可能性としては、ある程度広域に散らばった対象を一度に移動、もしくは隔離する術を、固有魔法として保持している可能性があるか。当代“断罪”と“血雨”は一対で、“断罪”が武力を、“血雨”が情報統制および痕跡の隠蔽を行っているという推測もできる。」

「…侍女と認識を合わせた結果でも、同様の結論に達しました。」

 溜息を吐きつつ、国王が自身の推論を述べると、サルビアもそれに追従。しかしそこで国王は、何かを思いついたようにサルビアに問いを投げかけた。


「時にサルビア。エグゼス聖王国への留学で学んだことは、この報告にあるものが全てか?」

「?…はい、間違いありません。」

「ふむ。…お前の婚約者として相応しい者が見つかったように思ったのだが、そういう訳でもないのか?」

「ご冗談を。監視者としての任に就いたウルタムス卿との仲は良好ではありますが、婚姻関係を匂わせるようなものではありません。現に帰途の途中で、ピアスという形で話を振ってみましたが、分不相応であると軽く受け流しておりました。」

「そうか。それでは、こう言い換えてみようか。監視者として交流した、ウルタムス・レッドレイニー・・・・・・・卿とは、悪い関係ではないのだな?」




 その名を聞いた瞬間、サルビアの顔色がわずかに変わった。それを国王も察したのか、続けて言葉を発する。

「…呪いまじない師という職自体、表立って要職と知られている訳でもないが、禁術の管理や王城の危機管理に関連する役職という意味ではかなり重要な職ではある。数年前にウルタムス・レッドレイニー卿が、王太子殿下の推薦をもって呪い師に就任した後、王城に関する情報がほとんど手に入れられなくなった。」


「…陛下。試しましたね?」

「まぁ、悪く言えばそうなる。半分は、“宵”ならばあるいは、と思った部分もあるがな。」

「…もう半分はどうお考えでしたか?」

「お前には悪いが、一度失敗を経験させておくべき、と考えていた。誤解するな、お前は強い。フラスタリア連合で、“宵”の名を背負うに相応しいほどに。」

「……。」


「しかし、何らかの形で敗北を知らぬ人間は、知らぬがゆえに脆く、強いがゆえに退けない。背負うものが大きければ大きいほどに、時にその背負うもののために命を捨てさせられる。」

「…はい。」

「だが、影として必要なのは、命を捨てることではない。影の仕事のほとんどは、情報収集と伝達だ。お前が自分の命を捨てれば、他の者がそれを集めるために、命を賭けたかもしれない情報が、お前の命と共に消える。…戦略的撤退、という言葉を、実践できていたか?」


「…いえ。侍女が一人失踪した時点で、一度動くのを止めるべきでした。」

「そうだな。実際に事が起こってしまうと、あまり冷静には考えられないことも多い。一度連絡を取り、次の行動の確認を行う方が良かったな。…私も王都留学中、理論と実践は違うと、耳にタコができるほど叩き込まれたものだ。」

「…おっしゃる通りです。探索者などに人探しを依頼し、それをこちらが追えば、“血雨”や“断罪”についても情報が集められていた可能性があります。」


 あくまで動きたがるサルビアに、国王は笑いながら話しかける。

「まぁ、それは難しいだろう。なにせ、ウルタムス卿だ。埋火うずめび卿とはよく言ったものだよ。」

「…埋火、ですか?」

「日頃よくしてもらっている、クロークス公爵からの情報だよ。常に目立たない場所にいて、他愛ない雑用をしているが、いざという時にはあっという間に解決手段を探し当ててしまう。本人が動くことは皆無らしいが、侮れはしないらしいね。」

「…赤い雨をもたらす者レッドレイニーと名乗っていることに、関係があると?」


「推測が正しければ、彼が“血雨”だ。少なくとも彼が役に就いた時期と、王城の情報が手に入らなくなった時期は一致している。姓として名乗っている以上、隠す必要はないのかもしれないが、二つ名をいくつも持つことで、他人に別の存在を意識させやすくするくらいには役立っていそうだ。監視の任に就いたのも、彼にしか・・・・を見つけられなかった・・・・・・・・・・からだろう。」

「…王城の魔道具と、皇国の魔道具。双方に“血雨”が関わっている可能性は?」

「可能性としてはある。確証がない。“血雨”が隠蔽に関わったなら、追うのは不可能だ。…その事実がある以上、当代の王国とは事を構えたくない。」

「かしこまりました。」




 そこで国王は改めてサルビアを見る。

「…お前もそろそろ、お相手を見つけるべきだろう。ピアスの話をしたというのであれば、ウルタムス卿とならいい関係を築けると思ったのだろう?」

「ご冗談を。ウルタムス様も本気にしてはいないはずです。」

「まぁ、そう言うのも無理はないな。だが彼と交流して、だいぶ丸くなったようだ。良い関係を築けたようだな。」

「…えぇ。今までお会いした殿方の中では、一番良い人だと思います。人が好過ぎて、こちらが心配になりましたけど。」


 サルビアはそう言うと、それだけの人物ではないであろうという、先程の王の推測を思い出す。どうにも後ろ髪を引かれるような感覚に陥りながらも、自分の立ち位置を崩すことはない。

「私は“宵”として、まだ力を磨かなければいけませんから。」


 国王はその言葉を受け、にこやかに背を押した。

「お前なら、どこまでも強くなれるさ。まぁ、結婚する相手くらいは、考えておきなさい。」


「…できれば“断罪”様と縁談を組んでいただきたいですね。」

「…性別も分からない相手と、縁談なぞ組めんだろうに。」

 その後、サルビアが以前のように強引に事を進めなくなったのも、“宵”としての能力の強化にこれまで以上にストイックに取り組み始めたのも、“断罪”がサルビアに忠告を残し、サルビアが“断罪”に心奪われたためとの噂が侍女経由で密かに広まり、国王がそれに頭を抱えるようになったのはまた別の話。


 ● ● ● 




◆魔術装導器官

 魔術の研鑽の過程で編み出された魔力干渉方法。

 元は魔道具に使用されていた技術を人体に応用したもので、

 自身の魔力的な身体構成に意図的に介入し、

 自身が魔力を扱いやすい状態を作り上げることで

 より強力な魔術を、より早く、より効率的に構成可能とし、

 魔術や体術を効果的かつ効率的に運用するために使われる。

 魔力の増幅機構および蓄積機構となる魔力炉、

 魔力炉から体外へと魔力を伝導、放出する魔力回路、

 自身の思考・想念を魔法として効率的に具現するために、

 魔力量や属性など魔力の特性を操作し変質させる術令帯の

 三種類を主に指す。

 魔術装導器官の基本効果は体術にも適用されるため、

 様々な学術機関でこの技術は利用・教導されており、

 魔術装導器官を構築できない者に対しては

 外部から各器官を構築する術式も開発されている。

 これらの機構の構築に先天的な才能は関係せず、

 後天的な研鑽や構築手腕によって性能は上下し、

 これらの器官の性質すらも場合によっては変化するため、

 器官を構築する際に参考とする基本方針により、

 魔術・体術を扱う者としての成長の方向性は様々となる。

 

 魔術装導器官としての知識が世に出る前から

 先天的に似た器官を持って生まれる者もあり、

 そういう者たちが過去“加護持ちギフテッド”と

 呼ばれ、様々な形で重用されてきた。

 魔術装導器官の技法が世に出て、受け入れられる過程で

 魔術一つの構築に必要な魔力が大きく削減され、

 魔術や体術に関する研究が大きく進歩した経緯がある。

 この概念が世に出ることで魔術を扱える者が増加し、

 上級とされていた魔術を連発できる者も増えたが、

 魔術師としての才能がない者がこの手法に手を出し

 無謀な挑戦に駆り立てた結果、死を招く事態も多く、

 精神的に未熟な者には、この手法を教えない暗黙の了解が

 今では常識として広まっている。

 魔術装導器官は再構築することも可能だが、再構築にあたり、

 意識総体一つ(人・亜人・魔人は問わない)に対し、

 各器官は一つのみしか構築されず、

 一度構築したものを一部でも再構築する際には、

 以前保持していた各器官は全て分解され、

 意識総体として全ての魔術装導器官を持たない状態となる。

 そのため、一部の魔術師には

 自身の魔術装導器官を再構築する必要が出た場合に備え、

 魔術装導器官に関する研究結果や各器官の特性、

 中には各器官の構築に関する設計図を残す者もいる。

 ただし、魔術装導器官の特性と個人の得意とする戦術の

 相性が悪い場合は効率的な運用ができない状態が続くため、

 自身の得意な戦術に合う特性を持った魔術装導器官の構築、

 もしくは自身の魔術装導器官の特性に合った戦術の構築は

 魔術・体術を使う者にとっての至上命題となっている。

第三章、蛇足です。


とりあえず当人の掘り下げも一区切りなので

次以降は女性陣の大活躍を書いてみたい。


でもその前に誤字脱字とかないか

見直しておいた方がいいかなぁ・・・

ちょっと読み直してみます。



2020/03/12

気付かないうちに初レビューいただいてました。

ありがとうございます。

気付くの遅れてしまって申し訳ない。


各章のタイトルがサブヒロインというか、

もう一人の登場人物の視点と重なるように

章題をつけてるつもりなので、

そこに気付いてもらえるのはありがたいですね。


しかしこのレビュー基準だと

構想中の次の章の視点持ちの一人が大変なことに。

既に出てるもう一人の話を早めて

サブヒロインとして成立させた方がいいのかなぁ。


まぁ何はともあれ一歩前進。

頑張っていきます。

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