10話
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侍女が独自に王城干渉のために情報収集を行った相手に囚われ、利用される事態に陥る。
次いで侍女の捜索に向かった者も同様に襲われるが、王国の影の者“血雨”の協力により救助され、“断罪”により元凶となる人物が討伐された模様。
囚われた侍女も翌日には戻ってきたが、事件の記憶についてはあいまいな様子。
監視者によれば何らかの呪いの影響であろうとのことだが、すぐに復帰できるとのこと。
その後各種情報収集に当たるも、追加情報なし。
これ以上捜索を行うかどうかについて審議を願う。
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状況を了解した。各種情報整理のため、一度連合に帰還を要請する。
思うところがあるのかもしれないが、思い残しがないようにして帰ってきなさい。
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“断罪”としての不審者討伐が発生した夜の内に、サルビア殿下の傍付きシゼル嬢は発見された。即座に魔術的な痕跡が残っていないかを確認、翌日の朝には不審者によって仕込まれていた全ての魔術的な施術を解除し終えたため、影の者の協力を得て解除したという体裁をとり、サルビア殿下たちの下に送る。
傍付きの方々も殿下もしきりに心配していたようで、涙ながらに感謝され、一連の事件が終息したことにお互い胸を撫で下ろした。
ちなみにであるが、俺があの男の呪いを無効化できたのは怠惰なる精霊たちのおかげである。怠惰なる精霊たちは周囲の魔術や魔力に干渉するという性質上、あの男が使ったような、体の外に魔術能力を展開し、かつ展開した状態で効果の起動を待つような魔術に対して非常に相性が良い。場合によっては干渉した術式を利用して、相手側の魔力を強制的に根こそぎ吸い出し、奪い取るほどの効果を発揮できる。唯一の難点である、起動から効果発現までにかかる時間も、今回は挑発を兼ねた応対をする間に終えられた。
ついでに怠惰なる精霊たちは、展開した場所での魔力干渉を無効化するため、過去視などの解析魔術を後から使っても、術者についての情報を集めることが一切出来なくなるのだ。王国最強の札“断罪”が、対策不能として恐れられている理由でもある。
俺としては“血雨”と“断罪”の協力のおかげで事態の終息を見たように、と考えていたのだが、俺の認識改変の術の掛け方が不味かったのだろう。彼女たちには、 “血雨”が彼女らを救い、“断罪”が不審者を討伐、最後に俺が彼女らを治療し、事態の収束を約束した、という認識になっていたらしい。
認識改変は忘却の魔術の亜種に当たるが、忘却の魔術とは根本的な部分で異なり、起きた事象を忘れるわけではない。一度根付いた認識をすぐに再改変して別の形で定着させようとすると、改変した認識の全てが効果を発揮しにくくなり、実際に起きた事象を思い出しやすくなるため、認識改変を続けて行うのは悪手なのだ。これについては仕方ないと考えるしかない。
その翌日。予定通りに連休に入り、魔術戦が開催。学院生のためのお祭り騒ぎ的な部分もあるということで、クラブ活動や同好会などは、催しを通して自身の所属するグループを様々な形で周知するいい機会でもあるのだ。
魔術戦の合間に様々な催しがあるということで、殿下も傍付きの方々も、色々な形で楽しんでいるようだった。
ここで予想外だったのは殿下の魔術戦で、前に一戦だけこなしたら後は俺に全て押し付けると宣言していた殿下が、自身が受けた魔術戦をすべて自分で処理したことだ。
結果的に一戦が四戦になっただけだが、何らかの心境の変化があったらしい。一戦終わっては俺の下に、戦い方として問題なかったかどうかを聞きに来る辺り、自身の非力をボンヤリとでも自覚したということだろうか。
個人的に研鑽の余地があるところについてはアドバイスしたが、こういう戦い方は非常に個性が強く出る。魔術学院ということで相手との距離は開きがちではあるが、相手との距離一つとっても、自分の得意な距離で戦おうとする同士では、距離を詰めようとする者と開けようとする者の攻防が始まるのが常である。
そこ以外にも駆け引きのポイントとなる部分はあるのだが、最終的には駆け引きを制した者が勝つのは自明の理である。どんな駆け引きをして、どんな駆け引きから逃げるかという選択を、殿下は上手く行えていたのだから、研鑽次第ですぐに戦い方が上達するとは思う。
俺自身が申し込まれた魔術戦は、数回ほどは適度に相手をいなしていたが、やはり魔術戦できちんとルールを守ろうとするのであれば、結局時間をかける必要が出て来る。
実力者が一瞬で終わらせてしまっては意味がない、という基本理念の下、学院生でない者は一定時間が経つまで強力な攻撃魔術を使えないというルールがあるからだ。
そのため数戦こなした後は基本的に、相手の苦手な間合いまで一気に距離を詰め、相手が距離を取ろうとした瞬間に下級魔術で媒体を狙う、という戦法を取ることで、速攻で勝負を終わらせるようになった。
相手にとっては不幸な結末であろうが、別に魔術学院の学生だからと体術を鍛えなくていい訳ではないという、いい教訓にもなる。実戦に出てすぐ体術使いや魔物に間合いを詰められて死亡、という術士として間抜けな展開を迎えないためにも、何らかの形で研鑽を積んでもらいたいものだ。
なおこの戦い方は、俺自身が学院生としてここで学んでいた頃によく使っていた戦い方で、折り合いの悪い教員や口の悪い貴族などは、泥臭い庶民の戦法、などと評していたものだ。
しかし、そういう形で俺を排斥しようとする者ほど、どうあがいても俺に勝てず、俺に勝てる者は大抵の場合、相手を真摯に評価する者であった辺り、貴族というのは分かりやすい、と当時俺が思う切っ掛けにはなったのだが。
そして三日間の魔術戦、一日の休養日、という連休の日程が終わった後、サルビア殿下が急遽、国に戻る必要が出たとのことで留学を中断し帰国する旨が伝えられた。
クラスメイトは驚いていたが、国の事情ということであれば仕方ないと、多くの者は惜しみつつも別れを告げていたのは記憶に新しい。
そして帰国の準備を整えていたのがここ数日間で、本日は殿下と傍付き達の帰国予定日である。俺は護衛として彼女を魔導列車の駅まで、馬車で送っているところだ。
「事情とはいえ、こんなに短い時間で留学が終わるなんて考えてもいませんでした。ウルタムス様と会えなくなるのも、寂しい限りですね。」
「そうですね。私としましても、殿下のご尊顔を拝することが出来なくなるのは寂しい限りです。」
「ありがとうございます。」
俺からしてみれば白々しいやり取りではあるが、これで俺の仕事もいつも通りに戻せるというものである。色々あったなぁ、としみじみ感じ入っていると、不意にサルビア殿下が問いかけてきた。
「今日で護衛をお願いする機会がなくなってしまうということですし、最後に色々お話させてくださいませんか?」
「何なりとお話しください。聞きにくい事でも構いませんよ。」
「実は私、父から留学に当たっての条件という形で、手紙を書いて送っていたんです。」
「国王陛下にですか?それは陛下もお喜びになったでしょう。」
「えぇ、それも少しはあるのですが、少し気になる点があると指摘を受けまして。」
「なんでしょう?」
「なんで私、国への報告に長々と、ウルタムス様の事ばかり書いているんでしょう?」
「なんで国に向けての報告に私の事ばかり書いてるんですか、殿下?」
護衛兼監視として殿下の行動を阻止するように動いていたのは事実だが、さすがに俺の事ばかり書くのはやりすぎだろうと思う。
「いえ、私としても予想外だったんですが、最初のころは数行程度で済んでいた内容が、日に日に書いている量が多くなっていくんです。別にそれが不快という訳でもなく、ウルタムス様に非があるわけでもないのですし、内容的に何かおかしいわけでもないのです。
ですがこの度父から、思い残すことのないようにきちんと動けと指摘を受け、何のことかと返すと、送った手紙を良く見直しなさいと言われまして、改めて見直したところ、そうなっていた次第なんです。
何かしらおかしいと感じていたわけでもないのですけど、報告する内容自体は日々ほとんど変わっていないのに、日に日に量が増えて行って、最後の帰国の手紙だけは急に口数少なくなった、という事態を、父は心配していたようなんです。
ウルタムス様に心当たりがあれば、お聞きしたいなと思っていまして。」
「学院にいらっしゃる殿下からの手紙ということであれば、普通は殿下が学院で学んだことや、学院で起こった興味深い事柄などを書くものでは?」
「そうですよね。でも、他の方とも色々と交流しましたし、色々な方から様々なことを教えてもらったつもりですから、他の方に関してあまり書かれていないのが、不思議でして。」
「そうであるなら、私が殿下の護衛として常に同道していたことから、その辺りを私と共に学んだ、と錯覚してしまっている可能性はありますよね。殿下は優秀な方でしたし、他の方の考え方をすぐに吸収してしまっていましたから、単純に接触が多かった私の方が、強く印象付いてしまったのでしょう。」
「あぁ…、そうですね。そういう形で印象に残ってしまったというのもあり得そうです。」
ニコニコと笑う殿下をにこやかに受け流す。国への報告を何らかの形で行うものだとは思っていたが、さすがにその内容で俺のことを揺さぶりに来るとは思っていなかった。だいぶ動揺してしまっていたが、まぁ納得のいく範囲で言いくるめられたようには思う。
しかしサルビア殿下の攻勢はまだ終わってはいなかった。
「差し当たって、もう一つお願いがあるのですが構いませんか?」
「えぇ、構いませんよ。」
「ウルタムス様は、ピアス穴を開ける術式って、ご存じですか?」
「えぇ、知っていますね。」
「では、私の右耳にピアス穴を開けていただきたいのです。」
「…それは流石に、私の身には過ぎた申し出ではないでしょうか?殿下。」
「いえ、ウルタムス様に是非、と私は思っています。今回、不本意ながら国の事情で中断することになりましたが、私は今回の留学でウルタムス様にも様々なことを教わりました。しかし、現時点で留学期間を満了できていないということもありますし、また留学の機会があれば、ぜひ留学させていただきたいと思っていますから、その記念です。」
「そうですか。しかし確か、フラスタリア連合近辺では、ピアス穴を当人に直接、片側だけ開けてもらうことには、相手にも対となるピアスをつけて欲しい、すなわち求婚の意味があるとお聞きしています。王国近辺ではそういう意味はないですが、広く一般に身に付けるピアスに込められている、同じピアスを片側同士で付けることは恋人同士、もしくは婚約者同士の証、ということくらいは広まっていますよ?私の身には余ります。」
「あら、ご存じでしたか?こっそり開けてもらって、後から意識してもらえると嬉しいなと思っていたのですけど。」
「玉体をそんなに無下に扱うものではないですよ。大問題になりかねません。」
面白がるようにクスクスと笑い始めた殿下。ということは、先程揺さぶりをかけてきたのは、こちらの話題の前振りだった可能性もあるか。求婚を餌にして釣ろうとするとは、全く油断も隙もないな。
結局その後は適度に学院で学ぶことについて色々と話し合った後、サルビア殿下は魔導列車でフラスタリア連合へと帰っていった。ピアスに関する言及はその後なかったが、連合から娘が世話になったということで、秘密裏にリディ経由で俺宛に報酬が届けられた。
リディには連合との折衝を担当する気はないかと打診されたが、俺自身は影に引き籠っているのが性に合っているということで断った。外務を担当する大臣職もあるのだから、そっちを担当する貴族に頑張ってもらいたい。
「ねぇウル、私にピアス穴開けてもらえない?具体的には右耳に。」
「ピアス穴って、結構衛生的に気を使うらしいぞ。イヤリングなら穴開けなくて済むらしいから、そっちにしといたほうがいいんじゃないか?」
「そう言うのじゃないんだけどなぁ。」
「…遠隔通信用の魔道具を持ち運べるよう改良しろと?」
「そう言うのでもない。」
ネルとそういうやり取りがあったことについても、まぁ余談であろう。
第三章、完!
しばらく後に蛇足をUP予定。




