7話
さて、前回のお忍びでの外出からだいぶ日が空いてしまったが、今日は観劇の日である。魔術戦まではあと三日という慌ただしい日程ではあるが、傍付きが言うには集中力を一旦区切る、いい機会だとのことだ。
今日鑑賞するのは、妖精姫と亡国の魔人、という題の劇。なんでもネルが主役となる劇とのことだが、昨日チラリと仕事中の俺の部屋を訪れたネルによれば、まぁ劇としては良い感じに仕上がっているらしいとのことだ。
まぁ、ネル的にはそこまで思い入れがないとのことなので、感想は適度なものになると思う。今日も前回と同じシゼルという傍付きが観劇に参加するそうなので、場合によっては彼女の感想を流用するのもよさそうな気もする。
しかし、女性の外出に従うというのは、意外と体力も精神力も使うものだ。今回は傍付き達が普段使いするものも買い足したいという名目で、そこそこの量の荷物持ちをする羽目になってしまった。
確かに今回のサルビア殿下の傍付きには男性がいないので、いくら魔力があるとはいえ大荷物をホイホイ運び込むのが難しいというのは分かる。しかし、ここぞとばかりにかさばるような荷物ばかりを買い込むのはいかがなものか、と思わなくもない。
というのも、俺は基本的に護衛なのだ。対象の身を護ることが任務であるのだから、両手が塞がるような事態を招かないで欲しいというのが実際のところだ。今回はたまたま私物の運搬のために魔法の袋を持ってきていたから何とかなったが、殿下は買い込んだ服を寮まで届けさせるのが常であろう状況で、その場で持ち帰ろうとするという奇行に走る辺り、何を考えているのだろうか。
と言っても、結局俺の対応能力などと言った面を探っているのだろうな、などとは察しがついてしまうのが辛いところである。当面は何とかなったが、しばらくは殿下の我儘に付き合う必要が出て来るだろうな、と考えてしまい、内心で溜息を吐いてしまった。
「なかなかいい出来の劇でしたね、殿下。」
「えぇ、導師様の心情や敵の魔人の描写も、なかなかに見どころがあったと思います。亡国の王子があんなに執着していたのが、まさか導師様への想いという所はビックリしましたね。」
「そうですね。ネリシア導師の下には求婚のお話がまだ数多く届いているとのことですから、敵に当たる立場の者がそう思ってしまうのも、ありえない話ではないのかもしれません。」
「やはり導師様は、そういうお相手を選んでいるんでしょうか?」
「私の下にはそういう噂は全く届かないんですが、ネリシア導師は貴族としての立場がある方から結婚を申し込まれても結局断ってしまう、という話はよく聞きますね。」
「そうなんですね。そうなると導師様には、既に心に決めたお相手がいらっしゃるのではないでしょうか?そうであるなら、求婚を持ちかけても断ってしまうというお話も合点がいきます。」
「ネリシア導師が心に決めたお相手、ですか。きっと素晴らしい方なんでしょうね。例えば身分を超えた大恋愛ともなれば、その方との関係が劇になってもおかしくないような気はします。」
「次に発表される題材が、導師様の大恋愛だったりしたら、ぜひ参考にさせていただきたいですね。やはりどんな相手なのか、気になってしまいます。」
観劇の後、前回立ち寄った喫茶店で殿下とそんな言葉を交わす。今回傍付きは大人しかったが、色々と思うところはあった様子である。次の観劇についての話が殿下から発せられると、ぜひ自分も共に、と詰め寄っていた。
前回活発だった傍付きが大人しいところに思うところはあったものの、変に突いて変な方向でこちらを警戒されても困る。この日は適度に障りない会話を振り、門限が近くなったところで寮まで送って終えた。
「へぇ~、女性と観劇してきたんだ~、そっかそっか~。」
「なんだ、その反応。例の連合のお姫様だよ。魔術戦前の息抜きにってさ。」
「あー、魔術戦かぁ。あれ、意外と集中力使うんだよね。まぁ、息抜きしたいなら、観劇はちょうどいいかもなぁ。」
その日も遅くに俺の部屋を訪れたネルは、俺が観劇に行ってきたと知るやトゲのある言い方をしてきた。実情はどうあれ、何やら気に食わない相手らしい。そうはいっても仕事での付き合いなのだから、そんなに気にしなくてもいいとは思うのだが。
「殿下的には、やっぱりネルにお相手がいるかどうかが気になるみたいではあったな。どういう関係なのかとか、参考にしたい、みたいな部分が色々あるらしい。」
「そうなんだ。…ウルはどう思った?」
「最新版だったのか、例の妖精の魔道具が王家から下賜された設定にされてる辺り、上手く出来てるなと。」
「…まぁ、出所を誤魔化せるなら、ウル的には最良の結果だよね。」
「あぁ言った事実改変が進むからこそ、俺の仕事がやりやすくなるからなぁ。」
「呪い師って脚光を浴びる機会はないけど、忙殺させたいだけならいくらでも出来るよね。今みたいに、面倒だけど必要な仕事を押し付けるとか、分かってても逃げられないし。」
「早くこの時期が過ぎて、殿下の護衛を衛士とか騎士様に押し付けられればなぁと常々思う。」
「でも留学生なんだから、少なくとも一年は同じ生活じゃないの?」
「…学院に合わないって飛び出ていく可能性がないわけでもない。」
「逆に、ウルが惚れられて身動きとれなくなったりして。」
「それはやめて欲しいな。倒れる自信あるぞ、そんなことになったら。」
ぼやくように話す俺と、クスクスと笑いながらそれに応対するネル。実際の所、俺がネルにプレゼントを贈るのを止めればいい話なのだが、それを言うとネルの機嫌が確実に悪くなるのが目に見えている。
何事にも結局、見えてはいても選んではいけない選択肢というものも、あるものだよなぁと感じつつ、その日の作業を終える俺だった。
ちなみに、その日俺が作業を終えるまでネルが俺の部屋に居座り続けた影響で、常なら俺一人もしくはニーシャを含む二人分で済むはずが、その日は三人分の晩飯を酒場まで食べに行く羽目になり、常より騒々しい食卓となってしまったのは余談である。
これを切っ掛けに、ネルとニーシャがしばらく交互に俺の部屋に居座るようになり、結果的に俺の懐具合に大きな傷を残したのも、余談であろう。
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王城潜入に関する行動の一時停止について、了解。
しかし王城潜入に関して侍女が秘密裏に動いていた可能性あり。こちらは念のため再度干渉停止の命を出し、確認を行う予定。場合により侍女の入れ替えの必要性あり。
観劇の際に、念のため市井の情報収集に当たるも収穫なし。
本日の観劇の題目は妖精姫と亡国の魔人。
劇中にてネリシア導師は王家から魔道具を下賜されたとの設定を確認。
事前情報にて魔道具に関する情報はなかったことから、何らかの設定改変があったと推測。
こちらの設定改変を裏付ける情報は一切なし、追加で情報収集を行う予定。
監視者にこれについての確認を行ったところ、噂を疑うことなく肯定するも、こちらから別方向の推測を提示すると、疑うことなくそれを元にした推測に乗り始めたことから、監視者は魔道具もしくはこの設定についての情報を持っていない可能性大。
ネリシア導師との直接交流から魔道具に関する情報収集を図るのが効率的と推測。
各種情報収集のためネリシア導師との面会の機会を整えられたし。
追加で行っている監視者に関する情報収集の一環として、監視者の身辺に関するイレギュラー対応を確認しようと試みたが、手持ちの荷物の追加は魔法の袋を持参されており対応の変化が確認できず、突発的な対応についても何ら目立った動きは確認されず。
各種対応のため情報収集を行うも、目立った点は見受けられず。
当面、苦手分野である可能性の高い突発的な状況変化を仕掛け情報収集に努める予定。
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侍女に関しては交代の必要がある場合報告すること。
王族から導師への魔道具下賜については、劇団独自の設定改変である可能性が高い。連合内国営劇場で開催される劇への設定反映の旨が劇団員に通達され、劇団独自の解釈である旨が公示されていることを確認。
ネリシア導師との面談についての確認を行ったところ、直接交流の機会を確保することは難しいと判断。
魔術的な専門知識は監視者も相応に詳しいため、監視者に一度相談し、導師が直接関わる必要性があるか否か判断してもらいたいとのこと。
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観劇の次の日から連休の開始、すなわち魔術戦の開始日程までは二日間。この間にサルビア殿下の魔術戦に対する心構えなり魔術に対する理解度を整えるなどする予定、ではあったのだが。
連休まで二日となった日の朝、妙な事態となった旨の話が、殿下からもたらされた。
傍付きが一人、行方不明となったらしい。




