4話
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観劇の際の外出に関して侍女と連携し情報収集を試みたが失敗。
連携のタイミング阻害後に私自身の行動が阻止される事態が多発。
監視者はこちらの行動の阻害に長けている模様。
観劇の題目は蓮華を護る砂の王。
観劇自体は良好。同行した侍女は劇を絶賛。
その後情報収集を試みるも魔道具の情報に関する収穫なし。
監視者に確認したところ禁術使用の点が創作であるとの推測。
襲撃が事実でも、何らかの魔術で撃退可能とのこと。
仮に監視者が当事者であった場合であるが、敵部隊を流砂や竜巻に陥れれば禁術に頼らずとも壊滅状態に出来る可能性大との推測。
禁術の使用が創作であると判断した根拠の概略は、コスト面で最適解に至らず、事前準備が必要、状況の変化に対応できないという三点。
監視者は以上の三点から、禁術自体の使い勝手が悪いと断言。
例示された禁術の事例と比較した場合、発言は事実であると推測。
連合近郊の禁術摘発事例を参考に、説明された三点の根拠の概略が事実であるか確認されたし。
また、監視者は禁術についての説明の際、こちらの理解度を常に確認してきたことから、関連する事象についてこちらを騙そうとする意図はなかったものと判断。
しかし事例の具体的な発生年月や場所に関わる情報は皆無。
このことから監視者の知能は比較的高いと推測。
監視者がこちらに対し善意で情報提供を行う事例が多く、こちらから干渉することで監視者を利用できる可能性あり。
監視者に関連する事象の調査のため、宵としての活動許可を求む。
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宵としての活動は現時点では許可しない。
侍女との連携を再試行して情報収集に当たること。
禁術の摘発事例については調査を開始する。
鑑賞した劇について、自分の感想も考えておきなさい。
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王立魔導学院の始業から一週間が過ぎた。
サルビア殿下の傍からはそうと見えない積極性はいかんなく発揮され続けており、時には侍女がそれを補佐する立ち位置に回りつつも、なんとか阻止することに成功し続けている。俺が学院修学中に折り合いの悪かった教員の中には俺のことを覚えていた者もいるようでやり辛くはあったが、幸い俺は護衛として動いていることを学院に先んじて伝達していたこともあり、早期に視野の外へと置かれた。
情報収集のためだろう、サルビア殿下が前のめりになった時には俺が決まって諫めて抑えるという動きをしているところもあり、折り合いの良かった教員などは殿下に俺をつけてくれてよかったと愚痴をこぼしているらしい。
殿下の成績はと言えば、可もなく不可もなくといったところ。意外といえば意外だが、もともと勉学よりも情報収集に主眼が置かれていることを考えると、妥当な経歴を得るには十分だろうと思う。
彼女自身はその成績を利用して、教員や成績優秀者と様々な話をしている様子から、彼女自身が現在の評価を狙っている可能性もある。周到な人だな、という印象はぬぐえない。
当時の教員であれど、俺の魔道具に関する情報は全く漏らしていないため、ネルの魔道具について何らかの情報が洩れる訳もない。先日噂になった妖精を模った魔道具はおろか、ネルの体質改善のための魔道具に関しても、片鱗すらもつかめないはずだ。
サルビア殿下は割と俺を巻き込もうとしている感触はあるが、俺が止めるとすぐに手を引く素振りを見せるため、それなりに俺の仕事にも勘付いているはず。どの程度であれば俺の警戒が緩まるかを、冷静に見極めにかかっているのだろう。
つい先日は傍付きが事故を装って俺に対応をお願いしてきた部分もあったが、事故を装った部分を逆に利用して教員とサルビア殿下を言いくるめ、一連の事を不幸な事故として対処策を提示することで解消。結果として傍付きがこちらを妨害するような態度も少なくなった。
そして、そろそろ一息つけるようになった、と意識したところで、学院で行う行事についての告示がなされた。この時期行われる行事は大型連休を利用した、遠慮容赦一切無用の個人対抗魔術戦である。
この魔術戦は、出身地が方々に散らばる学院生が、寮内で発生する様々な衝突に関する問題を解決する目的で定期的に開催されていた魔術戦を、学院が半ば公式行事として取り入れたもので、週末の安息日を含む三日間、交流目的で魔術の模擬戦を経験することが出来る。
四月末から五月頭に開催される年度初回の開催のみ、全学院生に魔術戦の出場義務が課せられているのが学院生にとっては大変だが、連休中は魔術戦に際しての交流目的で学院が食堂を開放し、各国の代表的なメニューを並べるという試みも行われ始め、学院生に様々な国の様々な文化を体感させる切っ掛けとなりつつある。
クラブ活動や同好会なども独自の催しを行う機会であるので、催しの許可を学院に申請して許可が下りて喝采、下りずに絶望して魔術戦で発散と、様々な形で他の生徒と交流を行うにはちょうどいい時期となっている。
今にして思い返せば、まぁ結構いろいろとあったものだよなぁ、などと思い返している最中に、サルビア殿下から声をかけられた。
「…ウルタムス様、この魔術戦という行事、具体的に何をするのか、説明していただけません?」
「構いませんよ。とはいっても、基本的には生徒間の交流や、腕試しの意味合いが強いものですからね。」
「腕試し、ですか?」
「えぇ。こういう機会を挟んで、実戦が理論と一味違う。俗に言えば、勉強だけ出来ても、実戦に活かせなければ意味がないことを学ぶ。そして勉強した理論を実戦に活かせる環境を作ることで、どの勉強が、どんな分野で役に立つかを、じっくりと考えるいい機会になるんです。」
そう答えると殿下は少し考えつつ、また口を開いた。
「そうですね。やはり自分が学んだことを、実戦に活かせるかどうかは試してみたいですからね。でも、そこで事故などは起こらないのですか?」
「公式な催し物である以上、試合場外での奇襲や不意打ちなどは厳禁ですよ。魔術戦に臨む際に魔術媒体が一回だけ配布されます。相手と同じ条件に合わせた状態で、自身の媒体を守りつつ、相手の媒体を魔術で壊せれば勝ち、壊されれば負け。審判となる教員に、自身の攻撃が相手に危害を加える、悪意ある攻撃と判断された場合も、審判に介入されて負けになります。試合の後は和談といって、遺恨を解消する会話の時間があって、そこできちんと遺恨をなくさないといけない、というルールもありますね。」
「そうなんですね。そうなると、相手に思いの丈を思い切りぶつける、という意味でもいいかもしれません。例えば、想い人に自分の想いを伝えるとか。」
「まぁ、そう考える人もいるかもしれませんが、そんな人はそうそういませんよ。衆人環視の目の前での告白なんて、大抵尻込みしますからね。よほど思い詰めたりしていなければ。」
「あぁ、そう言われてみればそうですね。そんなことをされると考えると、少し恥ずかしい思いもありますし。」
そこで殿下がふと思いついたように出した質問に、俺は虚を突かれる。
「ウルタムス様は、魔術戦に何か思い入れとかってありません?」
「思い入れ、ですか?あまりない方ですね。私自身、あまり目立つような性格でもありませんでしたから、ランダムに対戦を行う試合場で適当に出場を濁していましたし。」
「ランダムに対戦を行う、ですか?」
「えぇ、試合場の一角で、よくあるんですよ。勝った者が残っていく形式の勝ち抜き戦で、負けたら負けて終了、勝ったら勝ったで次の対戦が続くんです。連勝数は記録されて、ある程度勝ち抜けたら粗品、なんてのもありましたし、最大連勝記録がどこまで行くかで、ちょっとした賭け、なんてのも開催されてましたね。」
「それ、学院で認められてるんですか?」
「賭けは非公式ですけど、賭けでも粗品でも、得られるのは学院の食堂の食券ですからね。随分前にお金が賭けられていたと問題になって、お金を賭けるのは禁止になったみたいです。それで、そういう勝ち抜き戦が廃止にならないのかについてなんですが、別に出場したいわけでもない人たちにとっては、適当に戦って適当に出場義務をこなせる、という意味で廃止に対する反対意見が根強かったこともあって、出場義務を取り払えないことには、なくなりそうにないみたいですね。」
「まぁ、そうなりますよね。色々あるんですねぇ。でも、あまりない、ということは、少しはあるんですか?思い入れ。」
「強いて言うなら一件だけ。とはいっても、今思い返しても謎なんですよね。」
「どういうことですか?」
「入学したての頃、最初に一戦申し込まれたんですよ。同年代の女子学生らしかったんですが、知らない相手でしたし、なんで申し込まれたのかも分からず、流されるままに戦って、何とか勝利を収めた、という感じでしたね。」
「へぇ、不思議ですね。何を思ってそんなことをしたんでしょうか。」
「それが全く分からないんですよ。和談の時に何か言われることもなかったですし、握手を求めたら応じてくれましたので、嫌われていた、とかではないのは分かったんですけど。」
「相手の方の名前を覚えてはいないんですか?」
「当時は正直、自分のことで手一杯で、相手の名前を覚えられるほど余裕がなかったんですよ。そういえば、とその戦いの事を思い返せるほど余裕ができたのは、半年以上後でしたから。」
「そうなると、ウルタムス様は運命の相手を逃がしてしまったのかもしれませんね。」
「今にして思えば残念ですが、そんなものだと思うしかないですね。サルビア殿下はきちんと相手のことを見てあげてください。もしかしたら運命の相手かもしれません。」
「そうですね、そうします。」
フフッと楽しそうに笑いながら話を聞く殿下。反応を見る限り、やはり学院での制度などの情報より、経験談の類を知りたいらしい。
こちらに興味を向けられるということは、何らかの虚をつくための情報収集だろうか。となると、ある程度うろつき始めたところで、何かしら仕掛けてくるかもしれない。
要警戒だな、と思いつつその日の護衛の任を開始。その日、彼女に向けて申し込まれた魔術戦の予定が三つ。いずれも男子学生だったことから、何かしら思い詰めていたと考えられる。
そして、俺に対して申し込まれた魔術戦予定が六つ。確かに護衛に対して魔術戦を申し込んではいけないというルールはないが、これでは俺自身がサルビア殿下の抑止力として動くことが出来なくなる。というか、教員含む学院関係者には、魔術戦への参加義務こそないが、魔術戦を挑まれた場合は挑戦を受諾する義務があるという情報が広まるのが早すぎる。
これを知ったサルビア殿下が、変な知恵を巡らせなければいいんだがな、などと心配しながら俺はその日の護衛を続けるのだった。




