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目指せ楽隠居!埋火卿の暗闘記  作者: 九良道 千璃
第三章 影法師の鍔迫り合い
26/77

3話

 ● ● ● 


 観劇の提案に関してお忍びでの外出の提案あり。

 監視者の王宮に対する権限自体は弱い模様。

 交友関係構築の一助として出された提案のため、お忍びの提案は善意と推測。

 提案に乗る場合、王宮から秘密裏に護衛が派遣される可能性あり。

 侍女と連携して監視を撒き、一旦広域での情報収集を試みる。


 ● ● ● 


 了承する。

 楽しんできなさい。


 ● ● ● 




 結局、観劇に際して席の空きを確認し終える暇もなく、サルビア殿下がお忍びでの観劇にやる気を出してしまい、お忍びの姫とその護衛と傍付きいう何とも怪しい三人組で王都に出ることになった。

 一応彼女の傍付きが一人、彼女の身の回りに関する世話のために同行するということなので、何かが起きることはないと思うが、念には念を入れたいところである。


 寮を出た後、王都の雑踏に混じる頃には、殿下と傍付きははたからそう見えない程に雑談に花を咲かせており、この図だけ見れば女性二人に振り回される下働き一人、という構図に見えなくもない。

 俺の立場を両手に花で羨ましい、と見るか、尻に敷かれていいように使われるとは可哀そうに、と見るか、は人次第であろう。


 時折、妙な方向に向かおうとする殿下に警戒しながらも付いていく限り、彼女の興味はやはり劇に登場する人物、もしくはそれに類する話題に向けられているようだ。

 吟遊詩人の歌に聞き入ってはチップを投げ、噂話は逃さず聞く、との迷走ぶりにかなり忙しくはなるが、彼女自身自分から厄介事に首を突っ込みに行くほど酔狂ではない様子。やはりそこそこ教養はあるようで、彼女の目的にもある程度目途が立つ。




 おそらくフラスタリア連合では、今回劇になった、“砂煙の巨人”に関する事件についても、ネリシア導師に贈られた魔道具に関する情報も、公になってはいないのだ。唐突に、何の前触れもなく、英雄譚ともとれる劇ができて人気となり、贈られたとされる魔道具が話題になることで、何らかの情報収集の必要性ができたのであろう。

 そこで、ある程度情報収集に長けた者が選抜され、傍付きが付けられる立場として相応しいものが送り込まれた。だが、彼女自身やんわりとではあるが他国の重鎮という立場を利用したごり押しでの調査に慣れている感じがする以上、彼女もある程度は情報収集を行う者の一員だろう。


 そうなると、やはり最低でも王城に踏み込ませないことが前提。サルビア殿下をネルと会わせることも、しないに越したことはない。ある程度広められる情報を集めきったら、サルビア殿下が皇国へ情報収集に向かう可能性もあるが、ルリミアーゼ殿下が俺と連絡を取り合っていることを、サルビア殿下に知られる事さえなければ、皇国が“砂煙の巨人”に関する情報を公にするとも思えない以上、真相が露見する可能性はほとんどない。


 結果的に何かしら公に調査するそぶりこそなかったが、傍付きが動くよりも先に俺の妨害の手が効果を発しているという状態が続くまま、観劇の時間となった。今日見たのは皇国発の劇、蓮華を護る砂の王、という題名の劇だ。

 結果的にサルビア殿下は満足している様子だったが傍付きの方はあまり納得がいっていない様子で、後でサルビア殿下と共になぜ不満気なのかと話を聞いてみれば。


「あの体勢であったのですから襲ってしまえばよかったんですよ。ルリミアーゼ殿下だってあの術士の事を悪く思うことなどないと、道中見せていた態度から自明でしょうに。呪いだって教会や専門家に頼んで解いてもらうという手段があったはずなのに、ルリミアーゼ殿下の幸せを考えてあげられないあの術士は信じられません。そう思いません?」


 とのことだ。なんでもあれだけ色々と親身にして幸せな構図を思い描かせた挙句、最後の最後で悲恋の物語となってしまった展開が許せないらしい。




 さすがにあの劇の原題となってしまった本人からすれば、彼女の下を去るのは王国の者として当然だったし、そもそも彼女の世話を主にしたのは護衛に付けられた騎士のうち女性二人の方で、俺がしたことと言えば馬車の中での話し相手と、劇中の人数の半分程度の軍勢を蹴散らして、首謀者をちょっと・・・・いじった程度である。

 だが、さすがにそのことを公にも出来ないし、劇としての演出の関係か、術士とルリミアーゼ殿下の役の立ち位置は非常に親密で、俺がやるとすればかなり気恥ずかしい思いをする必要がある関係から、俺自身がアレをやらなくてよかった、などと思いつつ別人として眺めていられた部分もある。


「確かに、術士様が実は昔からルリミアーゼ殿下のために尽くしていたのだと真相を打ち明けた場面も、ぜひもう一度、最初から見直してみたいと思わせるような演出でしたからね。あの術士様がルリミアーゼ殿下にきちんと添い遂げていれば、ハッピーエンドもあったかもしれませんね。」

「そうですよ。女性を泣かせて一人悦に入るなんて、ちょっと理解できないですよ。」

「まぁまぁシゼル、ちょっと落ち着いて。ね?」


 そんなことを言って傍付きを落ち着かせるサルビア殿下。そこでふと気付いたように、俺に話を振ってくる。

「そういえば、ウルタムス様は魔術師でなくて、呪いまじない師として働いているんでしたよね?」

「えぇ、そうですよ。私にはもったいない役職ですが、日々全力で務めさせていただいております。」

「あの劇に出てきた、旅の術士様が使った禁術、心当たりあります?」


「うーん、そうですね…これといった心当たりはないんですが、かなりリスクの高い禁術であれば、あの事態を打開するのも可能ではないかな、とは思っています。それならあの展開になってしまったのも納得なんですよね。」

「どういうことです?」

「わかりやすく言うと、禁術に指定されるものの区分の一つに、術で供するコストの部分が、得られる利益を容易に超えてしまうものも含まれるんです。例えば、自分の命や、人の命を供することで、使用者の望んだ現象を具現化するものなどですね。」


「…それは…。ということは、あの術士様は、自分の命を消費してしまったんですか?」

「まぁ、禁術一つで、目の前の事態に対処しようとするなら、そうなると思いますよ。でも、普通はありえない選択ですから、その線は薄いとは考えてますけどね。」

「その線が薄い、ですか?」

「えぇ。例えば劇中で騎士様たちが隊列を組んで敵の攻勢を阻んでいた時に、術士様の援護があったりすれば、作戦次第ではその時点で相手の負けが決まりますから。例えば舞台が砂漠ですから、部隊丸ごと流砂や竜巻に飲み込まれたりなんてしたら、多くの人は助かる見込みがなくなりますし。」


「あぁ、そういう戦術もあるんですね。戦い方って奥が深いんですね。」

「皇国の砂漠地帯は私も行ったことがあるんですが、勉強になったと同時に、もう二度と行きたくないな、と思うくらいには、環境が厳しいですからね。私の知らない戦い方も、いろんな形で発展していると思いますよ。」

「そうなんですね。ということは、あの術士様が使った禁術も、創作だと思っているわけですか?」

「そうです。ちょっとひねった見方かもしれませんが、劇として成り立たせるために、騎士様が殿下と術士様を逃がすために囮になって、殿下がピンチになる描写を際立たせたかったのかな、と。」

「そうですね、その方が確かに劇として感動しますよね。」




 その日は劇場を出て、喫茶店でそんなことを話している間に寮の門限が近くなり、殿下と傍付きは急いで寮に帰っていった。お忍びとしてついてきたシゼルという名の傍付きは相当劇への思い入れが強かったらしく、次にお忍びで出るときもぜひ自分が同行したい、と言い張っており、サルビア殿下は苦笑いしながらとりなしていた。

 まぁ、次にお忍びで出るとしても、しばらく先になるだろう。もう三日後には学院の始業日が控えているし、そこから勉学に励む時間を考えれば、そこまで観劇に時間を取れるはずもない。


 サルビア殿下がしばらく大人しくなってくれることを祈りつつ、俺は王城の自分の仕事部屋に戻った。なぜかと言うと、俺がこんな仕事をしてる間にも、皇国とのやり取りを滞らせるわけにもいかず、また呪い師として物の出入りを確認しないわけにもいかないからだ。




 学院の寮の門限が日没ということもあり、俺が王城の仕事を処理できるようになるのがそれ以降。検査の物品は夕刻までに城に運び込まれて、後は俺が探知の魔術を発動すればそれで終わるという状態ではあるが、何らかの細工で変なものが運び込まれていたりすれば、リディやミミィ殿下、ネルに危害が及ぶと考えると気を抜くわけにもいかない。必然的に、ある程度の肉眼でのチェックは必要となってくる。

 加えて皇国のルリミアーゼ殿下の手紙である。日没後も働くという非常にシュールな勤務実態を、荷運びを主とする衛士たちは憐れむように見て、時に励ましたりもしてくれるが、流石に自分の仕事を代わってもらうわけにもいかないので、憐れむような目線を受け取りつつ、可能な限りテキパキと片付けていく。


「お疲れ様です、ウルタムス様。」

「…あぁ、ありがとうニーシャ。酒場に行って飯でも食うつもりだが、寮に帰る前に一緒に来るか?」

「…では、ご一緒させていただきます。」

 俺の活動時間帯に合わせて控えてくれている小間使いに労わられつつ仕事を終える。コイツも忙しいだろうに、大変だよな。そう思いつつ歩きで城の外に出る。


「無理に俺の時間に合わせなくてもいいんだぞ?寮に帰る時間が遅いと、公爵閣下が心配するだろうに。」

「いえ、お父様もウルタムス様に無理を言ってしまっているのはご存じですから。」

「そうか。頼むから無理だけはするなよ。俺が公爵閣下に恨まれる。」

「お気遣いありがとうございます。」

 俺に対して丁寧に応対してくれるのは本当にありがたいが、そろそろ公爵邸に帰らないのだろうか、このメイド。公爵邸に帰れば、こんな変な苦労とは縁遠いだろうになぁ、などと思いつつ、公爵閣下に少し手紙でも書いておくか、と考えながら夜は更けていった。




 ちなみに、俺は酒が嫌いなので常は酒場になど滅多に行かないのだが、夜も更けてしまうと開いている飯屋というものは大抵酒場に変わってしまうのだ。

 ニーシャ目当てに寄ってくる酔っ払いを牽制しつつ飯を食い、帰りにニーシャを王城の使用人寮に送り届け、自室に戻って床に就く。こんな生活もしばらく続けば慣れるものだが、早くこの生活が終わればいいな、と思うばかりである。

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