1話
遅くなってすみません、一区切りついたので投稿。
多分日曜の夕方までには全部投稿し終わるかも。
王国に春が来た。
とは言っても、各国に春が来ているのだから当たり前と言えば当たり前だ。しかしながらこの時期、心機一転という区切りも込めて、新しい生活に臨む者も多い。
例えば王都の学院に入学する者。学院は王都住まいの一部の貴族を除いて全寮制なので、ほとんどの者にとっては新しい生活を始めるという非常にわかりやすい区切りである。
学生という新しい身分に、新しい授業、新しい関係。一部の者にとっては煩わしい季節かもしれないが、ほとんどの者にとっては季節の切り替えと相まって非常に好ましい季節となる。
例えば王都で新しく商売を始める者。春になれば人の動きも活発になり、新年を迎えるという区切りも相まって、色々と景気よく過ごしたいと思う者も増える。
そういう者に自身の店を覚えてもらって、あわよくば今後も贔屓にしてもらおうと、色々なメニューを考え、色々な手法を編み出す。新しい年もいい気分で迎えたいと思う者にとっては書き入れ時となり、年の初めの勝負所、とも意気込む者も少なくはない時期である。
様々な思惑が絡み合い、様々な人の出入りが激しくなる季節が、春という時期だ。当然、王城に出入りする者も増え、呪い師の俺としても忙しくなる季節である。
そしてそういう時期に限って、面倒な事も起こりやすい。例えば心機一転とばかりに浮かれて出入りする者や、ここが勝負所と気を張り詰めている者が増えれば、緊張その他諸々の感情から、必然的に様々な衝突が多くなる。
当然、衛士などで対応できない部分はその場にいる者が収める必要も出て来るため、城で働く者にとっては年の初めの正念場となってくる。
とはいえ、俺の仕事は本来であればそれほど多くない。学院は卒業しているため、心機一転と浮かれる機会にも、商売をしているわけでもないから勝負所と気合を入れる機会にも乏しく、主に物資の納入および搬出の際の確認に駆り出されるだけの立場からは、ただ出入りする物が増える煩雑な期間というだけだ。多少忙しくなるだけの、いつも通りの毎日ではある。
しかし、本来の立場で必要となることとは畑違いの仕事をこなす必要が出て来る可能性も多いのが、立場が分かり難い職の辛い所だろう。現に貴殿の経験を買って、などと言う非常に怪しい持ち上げ文句で、よく煩わしい仕事を押し付けられる職でもある。
「ようこそ、エグゼス聖王国へ。フラスタリア連合の、サルビア殿下とお見受けします。」
「えぇ、そうです。あなたは?」
「申し遅れました。エグゼス聖王国にて呪い師の職を務めさせていただいております、ウルタムスと申します。この度の魔導学院へのご留学、歓迎いたします。つきましては懇意になさっているクロークス公爵から、魔導学院までの案内を仰せ付かりました。よろしくお願いいたします。」
「あぁ、公爵から案内の人員を派遣していただけるとのお話でしたね。よろしくお願いします。」
「では、どうぞこちらへ。馬車をご用意しております。」
俺が要人の案内をやっているのは、単純に人手不足だからだ。今の時期、王国の魔導学院へと留学してくる各国のご令息やご令嬢が魔導列車を使って王都へと向かってくるのだが、どうやら今年は留学を考えている者が多く、かなりの人手を案内に使う必要があり、案内の人員が足りなくなったため、一人だけ案内の任をと、クロークス公爵から依頼が来たのだ。
幸い俺自身が魔導学院に通っていたこともあり、案内自体は可能であるが、なにせこういう案内などほとんどやったことのない役職だ。いくら王太子殿下から皇国の姫と文通する命をいただいているとはいえ、正直畑違いの仕事であることは否めない。
人の顔を覚えるのは苦手なので断りたかったのだが、サルビア殿下は淡い紫の髪に群青の瞳という非常に目立つ容姿だからと無理矢理押し付けられてしまった。
加えてリディから、今年は“蓮華の懐刀”の関係で王国に訪れる人が増えているんだ、という内情を説明されてしまうと、文句のつけようもなくなってしまう。
確かにあの事件の後、皇国は件の護衛と親密な関係を築いているということを密かに喧伝していたという話は聞いていたが、リディ曰く、その時点から王国との関係性強化に走るような動きがあれば、嫌でも王国に注目は集まるさ、とのことだ。
幸いにして皇国は俺の業績を公のものとするつもりもなく、ルリミアーゼ殿下が俺にご執心だからという線で俺との文通を許可してもらいたいとリディに言ってきた経緯があり、俺自身が皇国で名を上げるという状態にはならないらしいというのが救いではある。
せめて平穏に過ごせればいいんだがな、などと俺個人としては思うばかりだ。この案内業務ですら、俺自身のしでかしたことが引き金になっている辺り、情けは人の為ならずという言葉の意味を痛感する次第である。
「浅学ながら申し訳ないのですが、サルビア殿下はなぜ王都の魔導学院のご留学に興味を持たれたのですか?」
「…そうですね、私としては、様々な学問を修めてみたいと思っておりまして。皇国の学問にも興味はあったのですが、まずは自分の見分を、近場から広めていきたいなと。」
サルビア殿下はどこかマイペースな喋り方をする人だ。割と堅実な考え方をする人だとも、割とボンヤリと考えている人だなとも取れる話し方をしているのを見る限り、ミステリアスな人だ、と評されるのも分かる。
「そうですか。ちなみに、どのような学問分野に興味がおありですか?」
「…そうですねぇ。私としては、歴史や政治にも興味はあるんですが、王国は魔法や魔道具の研究が盛んなんですよね?可能ならそちらも学んでみたいですね。体を動かすのは少し苦手なんですが、魔術は得意な方なので。」
「そうですか。王国は様々な魔術分野に対しての研究が進んでいますから、まずは幅広く学問を学んでみて、極めたいと思える魔術を伸ばしていくのもいいと思いますよ。」
「そうですね、そうしてみます。ちなみに、お勧めの分野っておありですか?」
「私は魔道具の研究関連に進んだ影響で割と広く浅く学んでいますから、お勧めできるものも色々とありますよ。講師の先生にもよりますから、どういうことに興味があるかだけでもお教えいただければ、お勧めできるものも変わってきます。」
「そうなんですか。魔道具と言えば、確か皇国でも王国でも、最近見栄えが非常に良い魔道具が献上されたとかで、あちこちで噂されていましたね。なんでも真似するのが非常に難しくて、未だに同じような魔道具を作るに至れていないとか。」
「あぁ、王国ではネリシア導師の魔道具に、確かそういう噂が立っていましたね。残存魔力量や宿している魔法の魔力質などで光り方や色が変わる、妖精のような細工物ということで、同じような魔道具を作れないかと問い合わせが多かったそうですよ。」
「そうなんですね。可能であればその魔道具を、一度見てみたいですね。出来ることならその魔道具を作成した方にも会ってみたいです。」
「なるほど、確かに一度は見て、参考にしてみたいですからね。何か、作りたい魔道具でもあるのですか?」
「いえ、今のところは。でもネリシア導師に贈られたような、一世を風靡するような魔道具の作成者ともなれれば、今後何が起きても安心して活躍していけますから。」
「それは確かに大事ですね。魔法陣や魔道具に使われる素材など、色々なことを学ぶ必要はありますが、熟知すればどんな魔道具でも自信を持って作れるようになりますよ。」
馬車の中では差し障りないやり取りをしつつ、相手の真意を窺う。どうやらこちらがどうとでも取れる言い回しをしている以上、本格的に学院で腰を入れて学びたいことがある、という訳ではなさそうだ。
魔道具の作成者、という話もあったが、ネルに贈られた魔道具が誰から贈られたものなのかを探る意図で留学してきた可能性もある。ルリミアーゼ殿下の魔道具についても知りたがっていたことから、概ね“砂煙の巨人”や“蓮華の懐刀”辺りの情報を探るためでもあるだろうか。
そうなると、この人に積極的に絡んでいては、ネルと俺の関係が露見する可能性もある。幸い俺の役目は案内だけなのだから、本当に大雑把に案内と助言だけして、後は本人の能力で追えないところまで徐々に距離を取っていければいいだろう。
そう思ったところで馬車が学院に到着し、寮まで案内しようとしたところで、彼女の傍付きが先に学院に着いているらしく、後は傍付きに話せば大丈夫とのお言葉を受け、これ幸いと今後のご活躍をお祈りし、彼女が寮内に消えたところで馬車と共に王宮に戻る。
あとは常の仕事に戻る前に、公爵閣下に一応、案内はしておいたと手紙を書いておく方がいいだろうな。そう思いつつ、俺は日常の業務に戻っていった。
しかしながら現実はそこまで生ぬるいものではなく、俺はこの日からしばらくの間、彼女に振り回されることとなる。




