9話
デザートリザードは、小さいものだと一メートルに満たない程度のトカゲ型の魔物だが、年を経るごとに少しずつ大きくなり、十年もすれば体長五メートルほどの体格を持つ。食性は肉食と思われがちだが雑食で、特にこの時期は花をつけるサバクハスを食べに、よく人里近くに出没するのだそうだ。
今回変異種を実際に見たのはサバクハスを運搬中の商人で、おそらくまとめて運んでいるサバクハスが魅力的に映り、襲ってきたのであろうとのこと。体格は逃げながらだったので詳しくはわからないが、荷を運んでいる馬車を襲われたらしいので五メートルクラスの大物であろう。商人は護衛と共にすぐさま逃げたので命は助かったが、運搬していたサバクハスはすべて食べられてしまったらしい。
サバクハスを運搬している商人は最近多くなってきているものの、まだデザートリザードの討伐の報はないとのことなので、場合によっては近くにいて、サバクハスを運ぶ者を狙っているかもしれない、という情報を得たうえで、俺は今砂漠をうろついているところだ。
現時点で各種の探知魔法を使い、オアシスからそこまで離れているわけではない地点を歩いているので迷子などの心配はないが、いかんせん今の時期でも、昼間に出歩けばそこそこ暖かめの気温である。じっくり時間をかけられるわけでもない以上、早めに目星だけでも立てておければ、後から再度依頼達成のためにこの辺りに来ることも可能なのだから、差し当たって周囲を一回探るだけでもしておこうと足を速める。
デザートリザードの生態としては、基本的には常に地中の浅いところに潜み、近くを餌になりそうなものが通った際に襲い掛かるという待ち伏せを主としているが、餌となりそうな匂いが周囲にまき散らされると大小問わず近付いて来て、場合によっては襲い掛かってくるという。
小さいデザートリザードは小動物や昆虫を餌としており、襲われるものの規模が小さいためなかなか討伐対象にはならないのだが、年月を経て大きくなり、子供やペットが襲われ始めると危険度は跳ね上がる。
体長が二メートルを超えるとデザートリザードの鱗も皮もかなり硬く分厚くなるため、ちょっとした刃物程度では仕留めることが出来なくなるのだ。そのため並の探索者が下手に一人でデザートリザードを狩ろうとすると、一匹目に対処している間に血の匂いを嗅ぎつけた二匹目三匹目に襲い掛かられ、八方から肉を食い千切られるという有様となってしまう。
探索者がデザートリザードを狩る際に多くの報酬を得ようとするのは、基本的にこれが原因だ。まずは獲物をあぶり出さないといけないため、デザートリザードを誘い出す餌として、適当な餌を持った探索者が囮となる場合も多いのだ。当然命の保証はないし、もし囮に反応した獲物が探索者側でそろえた員数で対処できなかった場合は撤退しかなくなる。
次に、危険度の上がったデザートリザードは、場合によっては数打ちの剣程度ではその鱗や皮を傷付けられなくなる。必然的にそこそこしっかりした武器を用意する必要があり、そこにもやはり経費はかかる。弓矢などはまず刺さらないし、一番効率がいいとされるのは槌などの打撃武器や体術を主体とするもので、他の地域で名を上げた探索者がこの地域では役に立たない、などと言うのもよく聞く話だ。
魔術師としては使える魔術への影響自体は少ないのだが、基本的に魔術師は己の知識量などが自身の生存に直結する性質上、体を鍛える時間が少なく、皇国付近の酷暑に体がついて行かない者も多いため、俺も含めて好んで近付こうとする者は少ない。
ただ、デザートリザードの皮は魔術への耐性が比較的低く、魔術で作った攻撃手段であれば比較的容易に貫けるため、ちょっとしたコツさえ把握してしまえば、割と狩りやすい獲物でもある。
一つは気温。砂漠地帯において、夏の気温上昇と乾季が重なる時期は、現地近くに住んでいないと水分補給などの面から様々な活動に支障をきたす、一番動きにくい時期となる。一番動きやすいのは冬を間近に控えた辺りの時期と、今のような春先頃の時期だ。
ほんの一ヵ月程だが、他の地域と大差ない気温変化の日が続くため、魔術師でなくても比較的過ごしやすい時期となる。
「…反応あり。鼻先も白いし、確定かな。」
もう一つはデザートリザードが、待ち伏せの際にとる体勢だ。
デザートリザードは地中に潜んでいる際、狡猾にも体をスッポリと地中に埋め込んでしまうため目視で見つけるのは至難の業なのだが、しょせん生物ということか、隠れる際に絶対に地中から出しておかなければいけない器官が存在する。
それが鼻である。遠目に見れば砂漠の砂の中に転がる石にしか見えないであろうそれが、デザートリザードの待ち伏せの成功率を高め、付近の餌の匂いを嗅ぎつける役目を担っている。しかし外に出す必要性があるという点から見てしまえば、デザートリザードを見つける際にも役立ち、見つけた後に器官の大きさから体長をある程度推測できる判断材料にもなる。
今回は見つけた鼻先の大きさや、色が真っ白であるという点から、依頼にあった変異種である可能性は高いだろう。
即座に自身の魔力容量を確認。数秒でなんとか仕留められる目算を立てた上で、剣装を展開。こういう巨大な敵相手にまともに消耗戦などしていられない。
出現した巨大な骸骨は砂漠の砂から鼻先を出したデザートリザードの頭部を一息に押さえにかかり、押さえた頭部から続く首に、容赦なくその腕に握られた剣を突き立てる。頭を押さえられバタバタと暴れていた白いデザートリザードだが、首筋を剣で貫かれた瞬間、一際大きく痙攣した後、すぐに動かなくなった。
デザートリザードが動かなくなったのを確認した後、俺はデザートリザードに近付いてある程度の検分を始めた。大きさは三メートルは大幅に超えるが、四メートルには届かないだろう。馬車を襲うには十分であろう体格、変異種との報告通り真っ白な表皮と鱗、額に露出している魔石のような器官が目に入る。目立った欠損はなし。
ざっと検分を終えると、急いでデザートリザードの首筋を氷の魔術で凍らせた後、ギルドから借りた魔法の袋に放り込んだ。現時点で魔力の残量は半分程度。オアシスの周りを回るのに、二時間に少し届かない程度探知の魔法を発動し続けて大体一割と少しを消費したと考えれば、やはり数分とはいえ剣装の起動はかなり魔力を使う。
そして俺がオアシスに戻ろうとした瞬間、探知魔法に反応。何事かと確認したが、どうやら数人組の探索者のようだ。こちらの様子を窺っているのか、あまり積極的には動いていない。
距離的には、声をかけようと思うと大声を出さなければいけない程度には離れている分、何かをしたとしても見えないだろう。ふと先程のデザートリザード撃破を思い出し、魔術師一人で討伐していることが広まれば厄介なことになるかもしれないとの考えから、立ち去るふりをして上位の隠蔽魔術を使い、足跡も消しつつ相手の視界や魔術的な探知から身を隠す。すると先程探知に引っかかった探索者が近付いてきて、近くを探るように動き回り始めた。
「…消えた?オイ、探知の魔術は!?」
「…起動してるが、反応がない。あの一瞬で立ち去ったのか…?」
「…見たこともないあんな魔法使ってる時点で、普通じゃないのは確実だろ。どうするんだ?帰るにしても、砂漠をうろついただけとか相当怪しまれるぞ?」
「怪しまれても、小遣い稼ぎくらいはできたんだから別にいいだろ。見失ったにしても術士なんだから、すぐに依頼を完了する手続きをするに決まってる。ギルドで張るぞ。」
近付いてきた探索者たち四人組は、そう言いつつ軽く周囲を探った後にすぐに立ち去ってしまう。俺にとってはいざという時のため、軽い探知程度で引っかかるような隠蔽の魔法を使わなかったのが幸いした形だが、どうにもきな臭い話だ。
噂話ではあるが、ガラの悪い探索者には他の探索者を襲い、事故を装って落命させたうえで、その成果を横取りするという者たちもいるらしい。面倒な手合いに引っかかるところだった、と安心する分には楽だが、先程相手は奇妙なことを口にした。
砂漠をうろついて、小遣い稼ぎはできたという点だ。元々砂漠は植生に乏しく、多少うろついた程度で小遣い稼ぎができるほど甘い環境ではない。となれば俺が姿を隠した途端に近付いてきて軽めの探知の魔術を使っていた点から、俺自身を見張ることで何らかの目的を達成していた可能性が高い。
何者かの依頼で、俺を見張りさえしていれば持ちかけられた依頼は達成でき、場合によっては俺を襲って成果を横取りできるという見込みだったなら、ある程度納得できる。
しかしそうなると厄介なのは、俺を見張ることで何らかの利益を得る何者かがいるということである。可能性としては、皇帝陛下からの提案として同行し、オアシスに置いてきているルリミアーゼ殿下だが、彼女には今護衛として、三人の騎士がついている。
さすがに皇宮勤めの騎士がついていて何か起こることもないだろうとは思うのだが、様子を見に帰らないわけにはいかないだろう。気が重くなりつつも、俺はルリミアーゼ殿下がいるはずのオアシスに足を運んだ。




