6話
魔道具の性能やそれに関する質問に、長々と答えること数分。現時点でかなり時間も経ってしまい、それなりに重大な情報も明かされている。皇帝陛下も皇后陛下も、ルリミアーゼ殿下もなかなか口を開き辛い沈黙が漂ってしまうが、皇后陛下はずっと何かしら考えている様子。
とりあえず皇后陛下が聞きたいことは、一段落したと考え、次は皇帝陛下に声をかける。
「ローグウェン陛下は、何かお聞きしたい点などございますか?」
「…ふむ。では差し支えなければでいいのだが。」
そう言うと皇帝陛下は少し考えるそぶりを見せ、すぐに口を開いた。
「君がその魔道具でネリシア導師に取り入り、またその成果をもってルリミアーゼにも取り入ろうとしている、と私が考えていることに対して、何か思うところはないかね?」
「…そう思われても仕方ないかもしれませんが、私としてはそのようなことをする必要がないと考えております。」
「なぜだね?」
「ネリシア導師は今でこそ発言力は強いですが、体質改善の依頼を受けるまではルリミアーゼ殿下と同様、表舞台に立つ者としての発言力はありませんでした。結果的に彼女の悩みを解決することで私が王宮で働けるようになった、という部分はありますが、彼女を利用する意図はなかったことだけは確かです。
また、彼女を利用して王宮での発言権を得ることが目的であれば、ネリシア導師の推薦を受けて低位でも貴族位を授かるなど、呪い師よりも発言力の強い立場に就くはずです。私自身貴族の位は身に余ると考えておりますし、彼女の推薦なども受けていません。
そしてルリミアーゼ殿下についてですが、そもそも私は殿下に取り入るためにここに来たのではありません。ルリミアーゼ殿下が王国への留学をお考えかどうかの確認を行い、必要であれば可能な範囲で援助してほしい、という王太子殿下からの依頼を受けて参上した次第です。魔道具の詳細な情報について開示したのは、王国所属の術士として可能な限り援助するという誠意と受け取っていただければ。」
「では君の作る魔道具が、ルリミアーゼにとって害でないことについて証明してほしいと言われたら、どうするつもりかな?」
「…ご確認が必要であれば、ネリシア導師にお渡しした魔道具と同性能のものをお渡しいたします。お渡しした魔道具が原因となりルリミアーゼ殿下に害が及ぶようであれば、信頼のおける魔道具職人に同系統の魔道具作成をご依頼いただきたいと思います。」
「ふむ。…魔道具を献上するつもりがあるのであれば、それだけで援助として申し分ないように思う。君がルリミアーゼに関わる必要はないと思うが、そこはどのように考えているのかな?」
「皇后陛下への回答で少しだけ触れましたが、現時点で魔道具の性能に一番詳しいのは私ですから、調整を自身で行うのであれば短い時間で対応可能であることと、少なくとも王国において私の魔道具の解析に成功した者がいないことから、私自身が調整することになると考えております。」
「…それは事実かね?」
「はい。防衛機構の一つとして基幹部分に私の固有魔法を組み込み、魔道具の安全性を高めるとともに複製や解析などを阻害しております。ただし私の固有魔法に関する情報開示については、私自身の身の安全などの観点から、承りかねます。」
「…まぁ、術士としてそれは当然だが、ここは皇国だ。君が望まないことを強いる場合もあるかもしれんぞ?」
「申し訳ありませんが、その時は手段を選ばず全力で逃げさせていただきます。」
やはり色々と考えるところはあるのだろう。一触即発の雰囲気を漂わせながら確認してくる皇帝陛下に、内心ヒヤヒヤしながら応対する。
皇帝陛下は俺の発した、万一の時には逃げるという答えを聞いた後、しばらく考えるように顎に手を当ててこちらを見ていたが、不意に皇后陛下の方に目をやり、皇后陛下がうなずくと再度こちらに話しかけてきた。
「とりあえず、君の言うことを信じてもいい、という程度には君の話を聞けたように思う。ただ、それがルリミアーゼのためになるかどうかについてはまだ確認ができていない。
まずは、魔道具を見せてくれ。その後、念のため性能を確認した後、ルリミアーゼに効果があるのかを確かめたい。」
「かしこまりました。しかし魔道具をお渡しする前に、ルリミアーゼ殿下に魔道具職人として確認させていただきたいことがございます。」
「…私たちでないのは、なぜかね?」
「魔道具は主にルリミアーゼ殿下が使うもので、両陛下に必要なものではないからです。」
再度緊迫した空気が漂うが、ここの確認点は譲れないものだ。これを確認できないなら、最悪皇国強制脱出も考える必要がある。
ネルのためにデザートリザードの依頼だけはこなしたいから、最悪狩ってすぐ脱出して完了処理だけ王国で進めてもらう必要があるか、などと考えながら皇帝陛下を見つめるが、皇帝陛下は厳しい表情をしているものの、拒否の構えを取っているわけでもなさそうだ。
「…わかった。ただし内容が皇国にとって好ましくないものであるなら、その場で話が終わることは覚悟しておいてもらおう。」
「もちろんでございます。」
暗に、変なことをしやがったらその場で殺すと言われてしまった。
何はともあれ、許可は出たのだ。さっさと進めさせてもらおう。
「ルリミアーゼ殿下、初めまして。ウルタムスと申します。エグゼス聖王国にて、呪い師の職を務めさせていただいております。」
「…初めまして。ルリミアーゼ・ロクテア・ガードラントです。」
「今回は王太子殿下からのご依頼で、ルリミアーゼ殿下の体質改善に役立つ可能性のある魔道具をお持ちしました。」
「…はい。」
「しかし、今現在、私はこの魔道具を、あなたに渡すことができません。」
「…なぜですか?」
「私は先程、ルリミアーゼ殿下の御父上と御母上に、魔道具について説明し、協力体制に関しての確認を受けました。魔道具を与えることが殿下のためになると、殿下のご両親が判断された場合は殿下に魔道具が献上され、殿下はある程度自身の体質について悩むことが少なくなる、と考えています。」
「…はい。」
「ですが私は今の時点で、殿下のお考えを聞くことができておりません。」
ルリミアーゼ殿下は、わずかに体を硬直させたようだった。しかし、この点を確認できなければ、魔道具などあったところで無駄なのだ。
「確かに私は過去、魔道具をネリシア導師に献上し、ネリシア導師がご活躍できるようになるきっかけを作りました。ですがこの魔道具は、使えば魔術師として有名になれるものではありません。
この魔道具の基本機能はあくまで体質の改善で、魔道具を使っている限り、身に付けた者の体調をある程度管理しやすくするものです。護身用として防御や攻撃を行う機能も、体術の類の強化術すら付与されていません。」
「…そこは、わかります。お母様の確認で、性能について言及されていました。」
ルリミアーゼ殿下はそう返すが、これまで皇帝陛下や皇后陛下ばかり喋っていた影響か、殿下が何を考えているかまで読めていない状態ではある。皇帝陛下も皇后陛下もいらっしゃる以上変なことにはならないとは思うのだが、正直気後れしてしまう確認事項だ。
だが、躊躇は隠し、俺は呪い師としてルリミアーゼ殿下に確認する。
「この魔道具をお渡しするにあたり、ルリミアーゼ殿下が、どの程度強い意志を持っているかを確認させていただきたい。殿下が強い意志を持ち、ご自身の能力を発揮するために、またはご自身の叶えたい事柄のために努力できるのであれば。例えるなら、地を這い泥水を啜ってでも、ご自身の目的のために動けるのであれば、この魔道具をお渡しします。」
俺がその言葉を言い切った瞬間から、かなり重苦しい沈黙が流れる。かなり怪しい言い方だったからな等と思うと同時に、この程度はしっかり考えておかないと殿下のためにもならない、とも思う。
確認したかったのは、本当にルリミアーゼ殿下が、自分の意志で立てるかどうかなのだ。例え魔道具を渡したところで、ルリミアーゼ殿下が魔道具を使って成したいことが、庭の散歩や花を愛でること程度なら、一昔前の貴族のように奥に引きこもって身の回りの世話を次女や付き人にやらせればいい。魔道具だって、最悪買えば済む。
ただ、今は一昔前の貴族が住む世界ではないのだ。魔導技術が進むにつれ、統治も戦闘も商売すらも、次々と新しい知識が生み出され、次々とできなかったことができるようになっていく。
そのような世の中において、魔法や体術の学問としての研鑽が進んでいないはずはない。生きるためには生きる術を身に付けなければならないし、生きる術を身に付けるにあたり努力は必要になってくる。ルリミアーゼ殿下がこれまでそれに触れることが叶わなかったなら、必然これからそれを学んでいかなければならないのだ。
この確認自体は、魔道具提供者としての俺のこだわりの部分が強い。だが、ルリミアーゼ殿下が憧れたネルだって、努力もなしに今の地位に就いたわけではないのだ。今の世の中、目的のための自己研鑽ができない者から生きていけなくなる。
実力主義の皇国で、ルリミアーゼ殿下が独り立ちして生きていくのであれば、遅かれ早かれこの程度の意識は必要になる。即答こそできなくてもいいが、魔道具が欲しいならしっかり意識を固めてもらおう。




