3話
結局会って話さなければ何もわからない状態にあることが原因ということで、俺は今皇国に向かう道中にいる。一昔前なら馬車で何日もかかる道程だが、今は一昔前と違い、便利な交通手段がある。
「皇国まで、一人です。荷物が多少かさばります。」
「かしこまりました。中央3番車、B号にお座りください。」
そう。魔導列車である。
これは外見だけなら巨大な鉄の塊なのだが、過去に出現した勇者殿や過去の呪い師、錬金術師、魔術師たちの英知の結晶ともいうべきもので、様々な魔導技術が互いの研鑽を行った結果、多種の技術の粋を詰め込まれた、連結型の巨大な馬車である。
馬車と言っても、この列車に馬は必要ない。蒸気機関の原理を応用した原動機を積むことで、これまで何ヵ月もかかっていた王国と皇国を一日とかからず、また大陸の端にある海国から大陸最高峰の聖山近辺たる森の国まですら、最速で二日程度で走破してしまうというのだから、魔導技術も進んだものである。
この列車は基本、朝と晩に一本ずつ海国から森の国までを荷運びのために往復、また昼前に一本、昼過ぎに一本、人の行き来のために走るのだが、列車の運用費用の多くが国や大商会などの援助で賄われていることもあり、一般の人間でもチケットを買えるなら乗れるという点が大きい。
もちろん、災害級の魔物の出現などに際して止まる場合もあるが、鋼鉄でできた何トンもの塊が高速で突っ込んでくる事態に際して普通の魔物がまともな対応など取れる訳がない。並大抵なら跳ね飛ばしてしまう辺り物騒ではあるが、交通の利便性に比べれば安い代償である。
勇者殿の魔王討伐の道中は、魔王の治める国まではさすがに徒歩だったと聞くが、海国から森の国までの列車が走る区間は確か勇者特権で乗り放題だったと聞く。
ネルを連れてきていれば関連した他の話なども聞けたと思うのだが、今回は魔導師としての仕事が忙しかったようで、抜けられない状態にあったらしい。うまく仕事が片付くことを祈りたい。
ということで俺は王国にある魔導列車の駅から、皇国の駅までのチケットを買い乗り込んだ。列車の内部はいくつも連なる小部屋と、それを繋ぐ通路という構成で、客側が簡易な魔術を使えば部屋への侵入も部屋で起こる騒音なども遮断できる。
部屋にある大きめの窓からは少し高い所から街や道中の風景を見渡せるということで、一般の者たちにはかなり人気が高く、一度は列車に乗って旅をしたい、という風潮は強いらしい。俺も探索者として動いていた時期、魔導列車に乗れるようになったらエースの仲間入り、と先達が言っていたことを覚えている。そのころから比べれば、俺も変わったものだ。
とはいえ、今の俺はそんな感傷に浸れる余裕などない。目下の心配事はまず皇国のアルビノ姫(俺が勝手に呼んでいるだけだが)、ルリミアーゼ殿下用の魔道具調整であり、もう一つはネル用の通信用魔道具に関連する魔術回路の調整。どちらも時間がそこまでない分、少しでも時間があれば細かい部分まで詰めていきたいところだ。
差し当たって必要となりそうな、ルリミアーゼ殿下用の魔道具調整に着手するが、気分的にはどうにも乗らない部分がある。
まず俺自身、ルリミアーゼ殿下やリディの正妻であるミミルーシャ殿下の親、現皇帝閣下と皇后閣下を知らないため、推測を立てようにも立てられない部分がある。
今回は皇帝陛下と皇后陛下に直接会う事態は避けられるとのことだし、皇国は実力主義の風潮が強い。今の時点で何らかの実績を作れていないであろうルリミアーゼ殿下に、なにか積極的な後押しをする人物ではない、とミミルーシャ殿下は言っているが、それでも実の親という立場から心配はしているだろうし、何らかの教育は受けさせているはず。
その教育がどういうものかによって、俺に求められる対応というのは本当にいかようにでも変わってくるのだ。
まず、家から出すのかどうか。嫁に出すのか、それとも独り立ちさせるのか。これはどのように生きていくのか、という意味で、ルリミアーゼ殿下に判断してもらう必要があるが、これだけでも方針の違いという意味でかなり必要なことが変わってくる。
まず、皇国では実力主義の風潮のもと、女性でも貴族位を認められることが多いので、独自に活躍し爵位を得るという方針で動けば、王国よりは独り立ちが容易な面がある。ただ、それもそれに伴う実力があればの話で、実力がなければ他の方向で生活していく術を身に付けなければならない。
辛うじてルリミアーゼ殿下は王国の魔法技術に興味があるということだけは聞いているが、それも本当に魔法技術だけなのか、それとも錬金術や呪術、魔道具の作成技術といった方向なのかもよく分かっていない。加えて、戦闘用なのか、非戦闘用なのかすらもよく分かっていないのが現状だ。
戦闘で使う魔法・魔術の多くは典型魔法として同じような様式、同じような威力で具現化されるものも多いし、魔術に憧れるという意味では一般的に魔術師と言われて思い描くのはこちらの方向性だが、ルリミアーゼ殿下が自立するに当たり、錬金術や呪術、魔道具の作成といった、自身の体質をカバーできる術をまず身に付ける必要がある。
当然、それに伴って必要となる知識は増えるし、戦闘用の魔術に比べて覚える手間も応用範囲も格段に広い。純粋な知力や機転などと言った頭の使い方で躓き、錬金術や魔道具職人といった職を諦めて戦闘寄りの魔術師になっていくことも多いのだ。
そして魔道具職人や錬金術師といった方向に進めるなら、ルリミアーゼ殿下の独り立ちは非常に容易なものとなる。ある程度腕を身に付ければギルド経由で仕事は入ってくるし、腕前次第ではかなりの確率で自分の店を持ったりすることも可能なのだから、皇国で爵位を得るという方向性でも十分にやっていける目算が立つだろう。
ただ、ルリミアーゼ殿下が戦闘向きのお人だった場合はネルという叩き上げの先人の影に隠れざるを得ない。必然的に、探索者として普通に名を上げるしかなくなるが、そこは覚悟してもらうしかないだろう。
そして一番厄介なのは、ルリミアーゼ殿下が常人並みの魔力容量しか保持していなかった場合だ。この場合、魔術師として名を上げるのも、探索者として名を上げるのも不可能になる。
まず、ルリミアーゼ殿下がなかなか外に出ないという話だったため、体力面で同程度の探索者を上回れるはずがない。また、リディの妹君と入れ替わりに留学予定だったということから、十五歳前後の年であることは間違いなく、その年で大人の探索者と肩を並べられるはずもない。
そうなると当然競う相手は同年代以下の探索者となり、その年齢の探索者は何よりも体力・筋力がものをいう依頼が圧倒的に多いので、体力がある者、魔術や体術などで魔力を使って体力を強化できる者が圧倒的に有利となる。
この場合ルリミアーゼ殿下に必要なのは、その状況で自分の生活手段を、ためらいなく動くことで確保できるよう努力するという、泥水を啜ってでも生き延びる覚悟である。
最終的な結論としては、ルリミアーゼ殿下が自立するに当たって、自身での研鑽が不可欠なのだ。その辺りをこなしていく覚悟があるかルリミアーゼ殿下にきちんと確認できなければ、手助けなどしても結局無駄になる。
溜息を吐きつつ魔道具を調整し、ネルの時に行った調整や細かな記憶を思い出しながら作業をしていると、いつの間にか時間が経っていたらしい。列車職員が小部屋に来て、皇国に着いた旨を伝えてきたので、俺は荷物をまとめて魔導列車を降りた。
皇都ナザレアにて都市の門兵に、皇宮への通行許可と皇族への面会の予定を確認すると、リディから渡された紹介状に従い、日程通りに訪れ、正門の案内所に紹介状を渡せば、その通りに案内されるとの通達を受けた。リディとの話し合いの結果、実際にルリミアーゼ殿下に会うのは明日になるらしいので、俺は先にデザートリザードの皮についての情報を集めるため探索者ギルドに寄ることにする。
探索者ギルドの正面の扉をくぐり、受付に向かうと何やら進むごとに注目を集めている気がする。奇妙には思うが無視しつつ、受付を担当しているであろう壮年男性に声をかけた。受付に女性がいる方はそこそこ人が並んでおり、壮年男性の方はちょうど対応が終わったところだったからだ。
「先日、デザートリザード変異種の皮について連絡した者です。直接入手しに来たんですが、デザートリザードの変異種について情報の更新はありますか?」
「…あぁ、少々お待ちを。すぐに確認します。」
要件を話すと受付の男性はすぐに奥に引っ込んだが、代わりに近くに数人の探索者が寄ってくる。何をしてくるつもりか怪しんだが、話しかけてきた内容で合点がいった。
「旦那、デザートリザード変異種の討伐なら、オレら“至高の鋼剣”に任せてくれれば仕留めてやるぜ?ちょっとお代は高くつくがな。」
「アンタはすっこんでなよ。旦那、うちの“紅の剣舞”なら手ごろな値段で安心して討伐可能だよ?」
要は、探索者ギルド所属のパーティで、デザートリザード討伐のために出張っていた連中らしい。変異種ともなれば物珍しさから需要が多いから、協力して仕留められれば儲けも大きい。
とはいえ、変な相手に不利な取引をしていては身がもたないため、先に依頼主を押さえて色々と討伐に条件を付け、有利な取引条件を付けられれば探索者としてやる気が出るということだろう。
気持ちはわからないでもないが、正直微妙ではある。俺が必要な量の皮は一人分の鎧に満たない程度で、それ以上の依頼金を手札から出すつもりもないのだ。寄ってきた探索者には悪いが、そんなに大金を持っているわけでもない。
「悪いが一匹分の代金をすべて出せない。俺が欲しい量は少しだから、前払いや追加報酬が欲しいなら他を当たってくれ。ギルドの依頼を受けられない場合も、手に余る。」
「…なんでぇ、随分としみったれた依頼者サマだな、オイ。」
「報酬弾んでもらえるのかと思ったけど、とんだ期待ハズレだね。」
俺に近寄ろうとしていた探索者たちは好き好きに席に戻り、席を立ってギルドから出ていく者も出始める。やはり探索者は玉石混交だな、と思いを改め、受付の男性が戻ってくるのを待つと、すぐに戻ってきた。




