2話
「頼みたいことというのは、ウルに王国への留学生を案内してもらいたいんだ。」
「留学生?…あぁ、もうそんな時期か。」
「そうだよ。ウルが学院に来たのも、今くらいの時期だろ?」
「そうだっけか。まぁあまり覚えてない。」
断言する俺、苦笑するリディとクスクスと笑う姫殿下。リディは仕方ないとでも言うように話を始めた。
「ウルには馴染みがないかもしれないけど、普通の貴族はこういう場合、一ヵ月くらい前には人員を送り込んで、色々下見をしておくんだよ。早めに人を送り込んでおくと、親しい貴族の子供同士での顔合わせや、コネ作りに有利だからね。」
「あぁ、そういう方向でか。皇国出身だから、姫殿下との顔合わせもしておきたいと?」
「そう考えている者もいるかもね。でも皇国出身者として、そこは自力で切り開くべきだとは思うから、面会の申し入れは断ってくれていいけど。」
「ミミィ、まぁそんな邪剣にしなくてもいいじゃない。友達が増えるのは良いことだろ?」
「それはそうだけど。」
姫殿下の持論をなだめるリディに苦笑するが、そうなると皇国の人間を王国の人間が迎えに行くことに違和感を感じてしまう。
「迎え、必要か?聞く限り、皇国の人間なんだから皇国がきちんと送迎すべし、って思ってるんだろ、姫殿下は?…姫殿下が皇国にいた頃に付いてた傍付きも、一人くらいは残ってるだろ?」
「そうなんだけど、この間シャルティに届いた手紙を見るに、ちょっと複雑そうなんだよ。」
王国と皇国は、立場の近さという面もあるが、国の推奨する戦闘形式が片や魔術、片や体術と根本的に対立関係にある。魔術は大規模だが消費する魔力量が多く、体術は自分の身体周辺にしか作用しないが消費する魔力量が圧倒的に少ない。長年、どちらかがどちらかを貶しては水掛け論になっていた、国としての戦術の根幹となる方針の争いである。
しかし、魔導技術の発展と共に、そんな争いに転機が訪れた。魔術が得意なら王国で学べばいい、体術が得意であれば皇国で学べばいい、という風潮である。つまり、得意とすることを学んで重用される方で貢献すれば、必然的に誰もが幸せになるだろうという風潮だ。
当然この考えは瞬く間に広がり、王国と皇国は秘密裏に人材のやり取りについての協調路線を歩み、適齢期くらいの年の子供の適性を見ると、どちらの方向に歩んでいきたいかを相談するようになった。
さすがに王太子や皇太子など、継承権第一位ともなると留学は好ましくないとされたが、第二位以降の子供については比較的自由に留学先を選べるようになった。その考えに基づいて、王国と皇国は互いに子供を留学させあい、お互いの技術発展のために互いに鎬を削っているのだ。
そしてリディ曰く、今回の事態についての話は数年くらい前までさかのぼるらしい。
リディの妹君であるシャルティ姫殿下が皇国に留学した際、本当は入れ替わりに一人、王国に留学する予定だった皇国の姫君がいたらしい。
姫君は昔から王国の魔法技術に強い興味を示しているものの、皇国の姫としては珍しく病弱で、なかなか外に出ない生活を送っていたのだそうだ。
しかしながら転機となる出来事が、昨年起きた。勇者たちによる、魔王討伐の達成だ。その話がその姫殿下の耳に入るや否や、彼女は大きく衝撃を受けた。
自分と同じ症状をもつ者が、魔王討伐に貢献し、自分と同じ症状でありながら、自分が絶対に立てない場所に歩みを進めている。そのことが王国の魔法技術にことさらに強い興味を持たせた。
「…リディ。話の腰を折るようで悪いが。」
「…わかったろ。彼女、アルビノだよ。ネリシアと同じ。」
「…あー、なんとなく理解した。俺を呼ぶ理由も分かった。」
具体的には、ネルが皇国の姫殿下のように影に籠っていない理由が知りたい、あわよくば自分もそういう技術の恩恵に与りたいと思った。その結果何かしら探りを入れて、何かしらの情報を得られて、最終的に皇太子殿下から妹君へ、妹君からリディに情報が来たのが数日前だったということだろう。
「ただ彼女も、なんでネリシアが外に出ても大した影響を受けないのかまでは、探りきれなかったらしい。ネリシアに聞いても、大切な人との約束を破るわけにはいかない、と断固拒否されたみたいだ。」
「まぁ、公言するなと言ったからな。…姫殿下に問い合わせは?」
「自分で調べて、と返したから。」
「…相変わらずだよなぁ。仕方ないけど。」
皇国は体術を主に使う人が多いことによる弊害なのか、自分のことは自分でやれ、という気風が強い。胸を借り技を盗むことはあっても、自らの身を立てるために人の力をそのまま注ぎ込むことについては非常に風当たりが強い。
「ごめんなさいウルタムス。私としては妹から正式にウルタムスに依頼させたいんだけど。」
「姫殿下、大丈夫。というか、調べて俺につながる証拠は全部隠したはずだから、そのアルビノの姫が探ったところで、ネルと俺が学友だったくらいまでしか追えないはずだし。」
「そういうとこはウルらしいよな。でもまぁ、最終的にはウルの気分次第なんだよ。彼女を治すか、治さないか。」
「…治してもなぁ。最終的に、その姫殿下がどういう判断するかなんだよな。」
「…?どういうって?」
リディが疑問に思い、姫殿下の方もピンと来ていない風だったので、リディが話した内容を聞いたときに思った内容を述べていくことにする。
「アルビノって、太陽の光にはまず当たれないけど、ただ光を遮るだけだと何もできなくなるんだ。ネルに協力してもらった時に色々試したけど、最初全く何も見えない状態に陥らせて、軽くパニックにしちゃったこともある。」
そう。ネルの献身的な協力である程度形にはなったが、太陽の光を遮るだけでは自分の周りだけ夜になったかのように、ただ真っ暗になって終わりである。ある程度の光は必要で、そのためには通す光の種類をかなり詳細に設定しないといけないのだ。
俺が最初に困ったのはこの部分で、最終的にネルと相談して得た結論は、一番害のある種類の光のみ魔道具で弾き、弾き切れなかった他の種類の光は、ネル自身が身に付けた衣服で防ぐという方向性だ。
普段ネルの服はローブも含めて肌の露出をほぼなくし、帽子ですら多少の身じろぎではつばの影から顔が出ることはなく、風などで帽子が飛び素肌が晒されることも魔道具の効果で防いでいる。その反動か、そこを気にする必要がなくなる夕方遅くから夜にかけての時間帯や、日が出ない曇りや雨の日、日の差さない屋内などで俺と会う場合、かなり薄着になって目のやり場に困ってしまうが。
そして次に問題になるのが、光を防いだとして、その結果どうしたいのか。ここはネルの場合単純だったが、話に出たアルビノの姫殿下にとっては重要なポイントになる。
まず、ネルにとっては魔術を学ぶこと、それを十全に生かせるようになることが最終目的としてあったため、色々な方向で楽だった。つまり、魔術をかけた魔道具を自力で維持し、運用するだけの知識があったので、ある程度の魔道具の知識を共有すれば、簡易なメンテナンスを自力で行える状態にあったということだ。
これがアルビノの姫殿下となると話は違ってくる。まず、何をしたいかという点について、こちら側に情報がないのだ。鎧でも着て暴れたいのであれば全身鎧という手もあるだろうが、色々な弊害もあるから嫌がる女性は多いだろう。かといって魔術師として立身出世を狙いたいと言っても、彼女はネルと同じ程度の名声を得られるとは思えない。
なぜなら、同じアルビノと言っても、各地域でアルビノについての偏見は根深いのだ。多くのアルビノは、成長する前に色々な原因で命を落とす。アルビノであるという点を克服したからと言って、他の原因で命を落とすようなことがないとは言い切れない。
「つまり、表に出ないだけの普通の生活を送りたいなら、カーテン閉めて部屋にロウソク灯せば何とかなるんだ。平民だとそんな余力もないから、貴族の道楽になってるだけ。加えて、アルビノの姫殿下にはこれまでの実績がないわけだから、たとえ同じ功績として魔王討伐を成したとしても、最初にそれを成したネルの影で霞むだけだし。」
「…ネリシアにとっての普通の生活って、結構ハードル高かったんだなぁ。」
「これに加えて、ルリがどうしたいかも聞かなきゃいけないわけだしね。」
「ルリ?」
「その子の名前。ルリミアーゼ・ロクテア・ガードラント。」
あぁ、そういう名前なのか。と俺は納得したが、次の言葉で苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。
「もう適齢期だから嫁に出すほうがいいんだけど、皇国の貴族でそんな訳ありの姫を欲しがる奇特な人はいない。下賜しても角が立つだけだから、居なくなったことにすればいい、という話も出てる。…私の両親も同じなのかもしれないけど、私の妹でもあるだけに、そうなると踏み切れなくて。」
まぁ普通に考えれば、いくら実績がないとはいえ実の娘か姉妹を手にかける選択はやり辛いよなぁ。




