1話
2章書き終わったので更新します。
月曜ぐらいまで連続で。
それはある日の日常の中に舞い込んできた頼まれ事だった。頼まれ事と言っても断るという選択肢が実質ない、理不尽なものではあったが。
しばらく前に受けた公爵閣下からの依頼について、すごく厄介な事態に発展したことのお詫びおよびその解決に尽力してくれたお礼としての私的な贈り物を受け取ったのが数日前。それに伴ってまだお礼の品が届いていないよ、というネルからの遠回しな催促を受け、お礼として考えている通信用の魔道具の材料がまだ揃っていないからもう少し待ってくれ、と返したのが一昨日。
揃えたいと思っている素材を供給する魔物が、友好国の一つであるガードラント皇国の付近に出現したとの情報があったため、素材を直接購入もしくは自身で討伐して素材を確保しようと、遠出する旨を関係各所と王城に申請したのが昨日。
その申請の許可に伴い、王太子殿下直々に話したいことがあるとの伝令を受けたのが今朝で、現在はその王太子殿下の書斎に向かっているところである。話し合いとしてはおそらく、許可を出す代わりに何らかの頼まれ事をこなす必要があるのだろうとは思っているが、現在皇国とは関係良好で、経済的な外交上のやり取りの類はともかく表面上はうまくやっている状態のはず。
たしか三年くらい前に王太子殿下の妹君が皇国に留学した際にも、妹君が皇国の皇太子殿下に惚れて手紙をやり取りする仲になったという話以外は平和なものだったはずで、今日に至るまで妹君は頻繁に皇太子殿下と手紙をやり取りしていることも検査の際に確認している。内容は妹君のみぞ知るというやつだが、たしか数日前にも皇国から妹君宛で王城に手紙が届いていたはずだ。
差し当たって皇国と仲良くやっていることは確定のはずで、王城の下働きに近い立ち位置の俺に頼み事が発生することもないだろうという目算が外れた辺り嫌な予感はするが、ともあれ王太子殿下からの頼まれ事である。
まずは話を聞いてから、と改めて気持ちを切り替え、王太子殿下の書斎に着くと、王太子殿下は現在中庭で姫殿下と歓談中とのことだったが、俺の要件については話しに来てもらって構わないとのことなので案内してもらうことになった。
「王太子殿下。呪い師、ウルタムスです。皇国に向かう申請についてのお話を賜りたく参上しました。」
「あぁ、ありがとう、ウル。誰も来ないから砕けた口調で構わないぞ。」
「かしこまりました。…姫殿下、失礼します。」
「えぇ、久しぶり、ウルタムス。」
中庭でメイドに取り次いでもらい、リディアル王太子殿下に声をかける。王太子殿下は気兼ねなく話せる間柄だが、彼の正妻であるミミルーシャ殿下と俺自身は直接の交流があまりない。最初の一言だけ少し遠慮が入ってしまうが、仕方ないであろう。
「で、リディ。皇国に行くのに待ったが入るって、どういう状況?」
「お願いしたいことも一つあるけど、まず出不精のウルが皇国まで行くのってどういうこと?」
「デザートリザードの変異種が皇国で出たらしいから、皮を集めに行く。」
「あぁ、そういうこと。今から行っても狩られてるんじゃない?」
「素材として欲しいんだよ。ギルドには狩られたら皮だけ買うと連絡を入れておいた。あまりに状態が酷かったら他を探す羽目になるけど、鎧一つにも満たない量だからすぐ集まるだろ。」
なるほど、とうなずくリディ。次に声をかけてきたのはミミルーシャ殿下だ。
「デザートリザードは、皇国の特産品の一つだしね。でも、変異種ともなればギルド側も確保しようと思うよ。そんなに急ぎで必要なの?」
「できれば急ぎで欲しい。必要な量はそこまででもないけど、どうしても質にこだわりたいから。」
「そうなんだ。何に使うの?」
「ネリシア…ネルへのプレゼント。通信用の魔道具が欲しいらしいから、今作ってる。」
「ネリシアかぁ。ウルは昔から仲良かったよね。そういえば彼女、卒業式までいなかったんだっけ?魔王討伐パーティに大抜擢されて。」
そうなのだ。ネリシアが学生時代、当初は目立った成績を収めてはいなかったものの、ちょっとしたことでその才能が明らかになり、最終的に魔王討伐パーティに大抜擢された。
その結果魔術師としての実力的にも申し分なかったことから、ネルは特別措置として学院を早々に卒業し魔王討伐パーティに同行したため、俺とリディが学院を卒業する年には学院に居なかった。
俺自身は学院卒業後彼女とも疎遠になると思ってはいたのだが、俺が呪い師として王宮に雇われ、昨年ネルが魔王討伐を成した後に王宮筆頭魔導師の任に就いたことで、なんだかんだと俺とネルの交友関係は続いている。合縁奇縁、とはよく言ったものである。
ちなみにリディとミミルーシャ殿下はその学院で知り合って結婚まで至っている。大恋愛だったようで、俺が王宮に雇われた最初の年から数年、検査の仕事の一つとして週に二回ほど姫殿下の筆跡で書かれたリディ宛の手紙の確認に駆り出されていたものだ。普通の人なら色々と手間暇かけて確認が必要となる案件が、俺にかかれば一瞬で終わってしまうのだから仕方ないと言えば仕方ないが。
「特別措置で卒業してたからな。それはともかく、聞きたいことはそれくらいか?」
「まぁ、目的も理由もなんとなくわかったよ。彼女も安心するだろうけど、こういう時渡すのって普通指輪じゃないの?」
「ん?彼女、婚約でもするのか?」
「え?彼女へのプレゼント、だよね?」
なんだろう、微妙に話が噛み合ってない気がする。
「ウルタムス、差し支えなければ、プレゼントのきっかけを教えてくれない?可能な限り詳しく。」
「あ、あぁ。しばらく前に、クロークス公爵からの依頼に俺の勝手で付き合わせたとき、ちょっと厄介な事態になったんだ。それでネルに迷惑かけたから、そのお礼。」
「うー…ん、ありがとう。…うん、ウルタムス?彼女もいつまでも若くないんだからね?待たせるようなことはしちゃだめだよ?」
「あぁ、なるべく急いではいるから。」
問い質してきた姫殿下に経緯をざっくりと説明すると、姫殿下から諭すような口調で言われてしまう。しかし俺自身そこまでのんびりしてはいないつもりなのだから、と返すと、微笑みながらも笑っていないような表情を返されてしまった。
「お前が悪い。」
「…理不尽だけどそれはいいとして、先に皇国に行くに当たっての話を聞かせてくれ。」
あまりに理不尽な対応に不満はあるが、差し当たって皇国に行く許可が欲しいのだ。リディも姫殿下も納得はしていない様子だったが、溜息を吐いて気持ちを切り替えたようだった。
言いたいことは分かる。リディと姫殿下にとっては、俺とネルは学生時代そこそこ付き合いの長い方だったのだ。俺とネルが結婚という形をとり、二人が王と王妃として立った後でも気の置けない味方が増えれば、城に仕える者をまとめ上げるのが容易という考えもあるのだろう。
しかし学院時代に切っ掛けを得たネルが躍進を始めた後、俺が影に潜むことが多くなったこともあり、俺としては現在の彼女の立場の高さに気後れを感じてしまうのも事実だ。俺がリディと知り合ったきっかけというのも、急に成績を伸ばしチヤホヤされ始めたネルに、リディと姫殿下が接触し、なし崩し的に知り合った部分もある。
ネルが力を伸ばさなかったら俺とリディが知り合ってすらいなかった可能性もあるのだから、俺としては正直王宮雇いの呪い師という職を斡旋された時点でリディの真意を疑ったことすらあるのが実態だ。実力的には色々あるからどうとも言えない部分はあるが、呪い師という職の後ろ暗さも手伝って、俺は彼女と釣り合う立場にはないと公には認識されている。
加えて、王宮筆頭魔導師ともなれば王宮でも指折りの権力者で、非常時には特にかなりの発言力を有する立場だ。その座にいる者が未婚ともなれば、何とかして自分の手の内にその権力者を取り込みたいと思う者は多いだろう。
そんな状態でホイホイとネルに結婚を申し込んだとして、適当な貴族の放った刺客に暗殺されそうになるのが関の山だ。仮にも王に仕える者が王宮で雇っている者に刺客を放つ意味もないが、王宮筆頭魔導師を手籠めにするにあたり排除すべき障害と思われでもすれば、万が一の事態もありうる。
簡単にやられるつもりもないが、王宮雇いの呪い師という立場はそこまで権力の強いものではないのだ。元々俺の性格的にも表舞台に立って大立ち回りを行うのは苦手だし、学院時代にやらかした結果として得たものはすべてリディに譲っているからこそ、周囲は俺の好待遇に不満があっても黙認せざるを得ない部分もある。
貴族との折衝というのは、かくもややこしく面倒くさいものなのだ。本来俺が目指していた魔導士ギルドの研究職辺りとは、見える世界が天と地ほども隔たっている感があることに溜息を吐きたくもなるが、割り切るしかないなと改めて思い、俺はリディの話を聞くことにした。




