タイムマシンのコピー
男は、もう一度、タイムスリップした。
タイムスリップと言っても、30秒先の未来だった。過去ではなく、未来の場合、自分自身に出会うことはない。
過去に帰ってきた時、彼は仲間の研究者達に、偽者だと疑われた。
「なんで生きてるのかって言われてもな…」
男は嘆息した。なぜ、あの研究者達は、驚いていたのだろうか、と考えた。
「あの焼け焦げた遺体…俺にそっくりだった。なぜ、俺は、生きてるのに、過去の俺が死ぬことになってるんだ」
男は、機内でそんなことを考えた。それから、ゆっくりと、出口の扉を開けた。
研究者達の反応は、一様に驚いていた。
「なんであなたがいるの⁉︎」
急いで、室内を見渡すと、タイムマシンのものと思われる残骸が、あった。そして中央に、焼け焦げた自分の死骸もあった。さっきと同じ光景だ。
「ど、どうなってるんだ。わけがわからない」
男は、わけがわからなくなってパニックになった。周りにいる研究者達も、わからない感じの仕草をしていた。
「ねえ。どうして生きてるの?」
研究者の一人が男に質問した。
「わかんない。どうして、過去の俺も未来の俺も、死んでしまっているんだ。しかも、未来の俺は、タイムマシンに乗っている間は、存在しないはずなのに…」
「それは、違うかもしれん」
研究所所長、と呼ばれる年老いた人間は、言った。
「それは、いったい何が違うんです?」
「お前さんは、タイムマシンについて、なにか先入観を持っているのではないかね」
「先入観…」
「そう。先入観じゃ。タイムマシンは、高度な、次元を超える能力が備わっておる。しかし、その次元に『行く』のは誰でも構わんとは思わないか?」
「誰でも構わない?」
「そう。タイムスリップは別にお前さん自身でなくてもよいとは思わんか? お前さんの『分子レベルで同じ個体』を、未来や過去に行かせる方が、効率的な方法だと、わしは思うがな」
「では、あなた方からすれば、俺は、過去の自分の『コピー』でしかないと…そういうことですか」
「…気持ちは察するが、これが、現実じゃよ」
男は、焼け焦げた自分自身の遺体を、抱きしめ、何回も、何回も後悔した。そして、号泣した。それは、過去の自分自身に対して、申し訳がない気持ちや、死んでしまったことに対する、悲しい気持ちから、こみあげてくるものだった。
「う、う、うぅ、ぐ」
うずくまる、そんな姿を見て、博士は、軽く背中をさすってやった。
「俺は、これからどうやって…生きていけば、いいんですか。こんなの殺人と一緒です。今までタイムスリップを繰り返す度に、俺は、俺自身を…」
「心配するな」
所長は、諭すように、言った。
「『運』が悪かったものじゃ。交通事故と一緒じゃよ。運が悪ければ、誰だって死んでしまう。事前に避けられる不運と、避けられない不運があるがのう」
「2%…ですか。そんなの成功するわけ…」
「ふっふ。実験に失敗はつきものじゃよ」
にこりと、所長は笑った。
2%で成功すれば『コピー』されることはなかった。それは、彼にとって、喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか、自分でも理解できなかった。男にとって、自分は唯一無二の存在であり、この数十年間、生きてきた記憶も引き継いでいる。
それはもう、ほぼ、完全に、本人といえるかもしれなかった。
「所長。もしかして、最初っから、気づいていたのですか…?」
「最初…とは?」
「最初ですよ。あの、死刑囚がタイムスリップに成功した時だって…」
「ん。どうじゃろうな。だいぶ昔のことだからな。ヴァルフン。彼は今頃、何をしているんじゃろうか」
「…その彼の乗った、タイムマシンはどうなっているんでしょうか」
「ん。それは、お前さんが乗ってきた奴じゃが?」
男は、驚いて、タイムマシンの方を振り向いた。
しかし、すでに、跡形もなく、この世界から姿を消していた。
ズゥ…バン‼ ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド‼
いつの間に、誰が、乗ったのか。それは、誰も知らなかった。もしかすると、神のみぞ知ることかもしれなかった。