【第三章】第十五部分
「亜里栖、こんにちわ。オレ、ここでバイトしてるんだ。」
「し、知ってるわよ。さっき聞いたんだけど。どうしてウチでバイトなんかするのよ。」
「それは深いワケがあってだな。」
「深いも不快もないぐらい不快感満載・おばさんざい状態だわ。どうしてこんなことするのよ。アレはなんだったのよ。それに連絡もくれないし。」
「いや連絡するヒマがなかったっていうか。って、そんなこと話してる場合じゃない。早く仕事しないと。」
秀太郎は店先に用意されたテーブルに付くと、すぐにイベント開始を宣言した。
「それじゃあ、始めますので、みなさん、一列のまま、前の人が動いたら、ゆっくり進んでください。」
並んだオバサン一人目。中年らしいふくよかな体型、別名中年太り。胸元が見えるような深紅のワンピースに、かなり濃い化粧をしている。目が波打ち、口からはわずかに涎が垂れている。
「秀太郎ちゃん。いつも応援してるわよ。生で初めて見たけど、かわいいわね。これあげるわ。」
いかにも高価そうなオメガの腕時計をプレゼントしたオバサン。
「ありがとう。時計を見るたびに、キミのことを熱く思い出すよ。でもそれはボクの時間を奪わっちゃうよ。ハハハ。」
営業スマイルの秀太郎は、微妙な流し目をオバサンに当てた。
「キャーキャー!秀太郎ちゃんに、見つめられちゃったわ。」
両手をアゴに当てて、年甲斐もなく、萌えポーズを作ったオバサン。
さらにオバサンは両手を広げて、秀太郎にハグを要求。
「焦らなくてもボクはキミから逃げたりしないさ。いや追いかけてやるさ。ガバッと、ガバナンス。」
『ガバガバハグ』を実行した秀太郎。オバサンは口から泡を吹いて卒倒した。
亜里栖は秀太郎を見て、唇を噛んでいる。
「秀太郎は完全に王子様気取りじゃない。超ムカつくわ。」
亜里栖の言葉を無視するように、秀太郎はオバサンたちを次々とガバガバドリルしている。ハグ後のオバサンたちは魂を抜かれたようにふらついて帰っていく。
「もう、ガマンできないわ。秀太郎をとっちめてやるわ!」
ついに亜里栖は自分で列に並んだ。意外に律儀である。
そのポジションは会長の真後ろだった。
「これはこれは一本木さんじゃありませんか。お元気そうでなによりですけど、どうしてここに並ぼうとしてるんですの。店員さんは店内で指をくわえて涎を流すのが仕事じゃなくって?」
「アタシだって、店の外に出ればただのモブ庶民なんだから、ささやかで儚い市民権を主張することは可能だわ。」
ずんずんと進んで会長の横に並んだ亜里栖。