【第一章】第五部分
「よし、じゃあ、仕上げに服を脱いでもらおうか。商品に手を出すのはいいことではないし、貧乳には興味ないが、物件に瑕疵がないかを確認する必要があるからな。ムフフ。」
893は亜里栖の金色帽子を取る。不思議なことだが、帽子がないだけで、銀行員としての威厳が半減したように見える。
「や、やめてよ。アタシを食べてもおいしくなんかないんだからねっ。」
「そんなことはわかってるさ。貧乳は味気ないからな。これは商品出荷前の最終検査だ。ここをきっちりとやっていないと、消費者からクレームが来るんだからな。ポチッとな。」
亜里栖の青い制服の第一ボタンを外した893。
「きゃあああ~。」
亜里栖の悲鳴は事務所の天井に虚しく響く。
「さあ、仕上げといくか。ポチポチっとな。」
第二、第三ボタンを外すと、フリル付きのブラジャーが顔をのぞかせた。893の想定通り、盛り上がりには大いに欠けた。
「痛つ!」
今度は硬貨が893の後頭部に当たった。893はアタマを抱えて背中を曲げている。手にはわずかに血が付着している。
「誰?アタシを助けに来たとでも言うの?」
顔を上げることができない亜里栖は、大理石の床に声の空気をぶつけた。
「オレは魔導中央銀行学園生徒会の松岡秀太郎だ。よろしくな。そんな自己紹介より先にやることがあるよな。一本木亜里栖、君はすでに魔導中央銀行員の資格を得ているんだよ。だからできることがあるはずだ。」
「誰、あんた。生徒会の人?全然状況がわからないわ。」
ようやく頭を上げた亜里栖は、秀太郎の顔を瞳に映した。
「状況不明?そりゃそうだろう。でも魔導中央銀行員になってるということは厳然たる事実。ほらそこに転がってる硬貨があるだろう。それに触れてみなよ。」
秀太郎に言われるままに、亜里栖は硬貨を拾ってみた。
錆びて焦げ茶色だった硬貨は、眩く光って金色に変わった。
「これは昭和天皇在位六十年記念硬貨だよ。これならそれなりの魔力が発揮できるよ。」
「はあ?昭和天皇の記念硬貨?そんなの知らないわよ。」
亜里栖はじっと秀太郎の顔を見て、自分の頬が熱くなるのを感じた。
「硬貨の発行年は意外に重要だから、覚えておいた方がいいよ。でも今はそんなことより、その硬貨を拾うことだね。」
「言われなくてもそうするわよ。金色って、高価な感じがするし。」
自分の家がお金に困っていることから、人一倍カネに対する執着心を持っている亜里栖。
「その硬貨に何か攻撃的なことを念じてごらんよ。」
「もしかしたら魔法で大きくなって、このろくでなしブルースをぶっ倒すことができるとか言うの?」
「そんなアニメみたいなことは起こらないよ。今の魔力は基軸通貨なんだよ。タダのお金なんだからね。剣になったり、雷を起こしたりなどという空想的な魔法ではなく、もっと現実に即する考え方を持つべきだよ。かと言って、小さなお金が魔法で何百倍とかなることもないよ。そんなことしたらインフレを招くだけだということを経済学の基礎として、みんな知ってるからね。」
「アタシが魔法を使えるってこと?でもアタシ、魔法のことなんて、全然知らないわよ。」
「それならば大丈夫。魔法は勉強と違って本能で動かすものだから、自然に体が動いていくよ。もちろん多少のコストは払ってもらうけど。」
「コストって何よ?その説明はあとで。それより目先の案件を処理しないと。」
「そんなこと言われても何したらいいのかわからないわよ。」
「だからさっきも言ったように本能に訴えるんだよ。何も考えずに、頭に浮かんだ通りに行動することさ。」
「さっきから俺を無視してふたりで何ガチャガチャやってるんだよ。そいつは彼氏か?」
つんぼ桟敷に置かれていた893が、ようやくツッコミを入れてきた。後頭部の痛みが治まったようである。
「ち、違うわよ!」
「違わないよ。」
「ちょっとヘンなこと言わないでよ。」
「ゴメン、言い間違いしたな。アハハ。」
「な、何よ。気持ち悪いわよ。」
「ゴラァ!売り物は黙ってろ~!」
怒る893は右腕を上げて亜里栖に向かってきた。