【第三章】第十部分
テンカウントを数えてから数分後、ようやく立ち上がった秀太郎。
会長と亜里栖はすでに制服姿に戻っていた。秀太郎も服を整えて、会長に向かった。
「一本木さん、気づかれたようですわね。ならばもう用済みですわ。副会長の顔も立てて、帰宅していただきますわ。」
「こんなにアッサリでいいのか。」
「構いませんわ。アレ以上はワタクシがもったいない気がしますし。」
「そうだな。モッタイナイ、モッタイナイだ。じゃあ亜里栖、一緒に行こう。会長も自分を大事にしろよな。」
「さよならですわ。道中とそれ以後も十分気をつけて。でも無理かもですけど。」
「何か言ったか。」
「何でもありませんわ。」
遠ざかるふたりの背中を見つめる会長。
生徒会室を出て、校門前に来た秀太郎と亜里栖。
「亜里栖。体は何ともないか。大丈夫か。」
「うん。ずいぶん長い間、眠ってたみたい。寝起きなんだけど、すごく眠たいわ。」
「そうか。ならば早く家に帰ろう。お父さんも心配してるだろう。」
「でもお父さんはニセ札を受けっていたわ。そんなところに帰るわけにはいかないわ。もうあのスーパーにアタシの居場所なんてないわよ。」
「そのことなんだが、君のお父さんは考えがあってのことのようだぞ。オレも詳しい事情はわかってはいないが、不正を単純に受け入れたということだけは確かだ。」
「そんな説明で納得できるっていうの?あり得ないわ。」
「きちんとした説明はいずれできる時が来ると思う。それまで待ってくれないか。まずは家に帰って、お父さんを安心させることが先決だ。」
「そんなこと言われたって、ダメなものはダメよ。人間は脳が理解しないと筋肉に情報が伝達されず、行動に移せない動物なのよ。」
「そうか。そうだな。ならば、本能に訴えることしかなさそうだな。こうだ!」
秀太郎はいきなり亜里栖を抱き寄せてキスした。
亜里栖は唇から秀太郎の熱い体温を感じて、全身が痺れていた。
「い、今のって、いったいどういう意味なのよ。」
唇に指を当てて、俯いて話す亜里栖。秀太郎の顔を見てはいない。いや見ることができないのである。
「論理的な説明はできない。ただ、オレは自分が本気だということを伝えたいだけだった。」
「こ、こんなことするなんて、まさか、秀太郎は、ア、アタシのことが好きなの?」
「そんなことを答える必要はないだろう。オレは無感情にキスしない。いや初めてだったんだから。」
「アタシも初めてだったわ。」
それ以後は言葉が続かないふたりだった。