【第一章】第四部分
経験則思考を踏まえて、わざわざデカいビルの前に立つ亜里栖。
『893闇金融株式会社』という黒字に白い文字の横看板が建物の上に鎮座している。
亜里栖はビルの自動ドアを越えて、大理石を敷き詰められた玄関ホールに入った。
受付には眉毛のない30歳ぐらいの男。グレーのスーツを着ているが、ボタンを留めていないし、ノーネクタイで、胸元がだらしなく、はだけている。
どこから見ても立派なチンピラ893である。
そんな相手にまったくお構いなしに、挑みかかる亜里栖。
「ちょっと、あんた。アタシはとある銀行学園生徒なんだけど、頭取兼学園長からの命令で、うちの銀行に預金してもらうわよ。問答無用なんだからねっ。」
「これはずいぶんといきなりだなあ。普通の銀行員はアタマを下げてやってくるものなんだが。まあいい。そうだな。うちで高金利ローンを借りてくれたら、代わりに預金してやるよ。預金したら貸してやるという『導入預金』の反対だから、『導入借金』だよ。」
「導入預金、導入借金?どっちも知らないわよ。」
「こりゃ、とんでもない素人銀行員だな。というか、その金色の制服から見ると、魔導中央銀行学園の生徒だな。」
「そうよ、そこの生徒だから銀行員でもあるわ。それに素人も何も今日入行したばかりなんだから、知るわけないでしょ。」
「そういう考え方じゃ、銀行ではやっていけないぞ。知らないことは『すぐに調べて確認します。』と回答すべきだろう。」
「はいはい。これからそういう風に改めていくわよ。」
「素直さに著しく欠けるなあ。まあいいだろう。これは貸しだ。いや預金か。ほれ100MMだ。」
「100MMって、日本円でいくらぐらいなのよ?」
「そんなことも知らないのか。それは銀行員以前の経済知識レベルだな。いいか、よく聞け。これは基軸通貨がドルだった時代の基準だぞ。1MMは1ドルぐらいだ。1ドルは110円ぐらいだったかな。すると、1MMは110円だ。従って、100MMは1万1千円ということになる。」
「たったそれだけ?そんなのアタシのお小遣いレベルじゃないの・・・アタシのお小遣いはそれすらなかったけど。トホホ。」
急速にテンション低下し、落ち込んだ様子の亜里栖。
「なんだ、せっかく預金してやるって言ってるのに、礼のひとつもなしか。う~ん。これは意外にもなかなかかもな。」
やくざは猥雑な視線を亜里栖の胸に照射した。
亜里栖の制服が体に密着していることから、体形は外部から十二分に可視化されており、胸のボリュームの盛り下がりが893の眼に着いた。
慌てて貧乳を隠す亜里栖。残念ながら敢えて隠す必要性は不存在である。
「な、なによ。その飢えた野獣のような視線は!」
「別に飢えたわけじゃない。俺は巨乳好きだからな。でも売るならば、ぺったんこが趣味の中年オヤジ、じゃなかったお客様はたくさんいるからな。フフフ。」
「ちょっと、やめなさいよ。アタシは今日入行したばかりの新入生なんだから、まだ中年オヤジと遊ぶには早いわよ。」
「モノには賞味期限ってヤツがある。貧乳シュミのオヤジは大抵ロリコンだ。高校生の3年間はオヤジには実に短い時間だからな。おいしい時でないと高く売りつけられないからな。」
「売りつけとか、完全に女子高生の人権をないがしろにしてるわね。」
「ごたくはいいからな。銀行員にはカネでいたぶるのがいいだろうな。それっ。」
「痛ッ!何を飛ばしたのよ。」
床で『チャリーン』という音がした。
893が投げてきた古い硬貨が亜里栖の顔にぶつかったのである。
「これで終わりと思うなよ。それっ。」
次々と硬貨を亜里栖に投げつける893。それは亜里栖の体のあちこちに当たり、亜里栖は、その都度かわいい顔を歪ませている。
「もうこんなものは骨董品としての価値すらないからな。お次はこれだ。」
893は、茶色の布袋詰めを背負って、全力で投げた。
轟音と共に飛んだ袋詰め硬貨の塊は、ものの見事に亜里栖に激突した。
「ぐはあ!」
亜里栖は血反吐を吐いた。頭からも流血している。
「ビンゴ!こんなにきれいに当たるとか、めったにないぜ。今日のラッキーカラーは赤だったんだな。ガハハハッ。」
眉毛が生えたように見えるように額にシワ寄せして嘲笑する893。
「アタシ、こんなところで、人生終わっちゃうのかな。」
そう思うと亜里栖は泣けてきた。落ちる涙は血液と混じって、きれいな朱色のラインが頬に走った。