【第一章】第二部分
亜里栖は父親とケンカすると、いつも頭の中で同じ回想をするのがクセになっていた。
『お父さんとはギャンブルにハマる前からよくケンカしてたわ。でもケンカの理由は今と違って、遊園地に連れて行って、というアタシのおねだりを聞いてくれないためだったわね。
お父さんのことをかつては大好きだった。でもお父さんは、いつもスーパーの仕事で忙しくて、アタシと遊ぶ時間なんてなかった。
授業参観日も来ることなんかなかったわ。絶対来ないと踏んでいたら、授業の終わり頃にやってきて、学校で野菜の即売会をやって、とても恥ずかしかった。
でも主婦たちには、普段買う野菜より安くて新鮮だと言って、けっこうウケてて、なんとなく嬉しくなる自分が不思議だった。
日曜日に出かけることができないのはガマンしてたけど、そのストレスは違う形でアタシの中に溜まっていた。
それは、お父さんが人生のすべてを賭けているスーパー経営に向けられた。弱小スーパーの経営基盤は脆弱。小売業界はほんの一握りの特別な業者を除いて、弱肉強食。残念ながら父親には才覚はなく、うちのスーパーは、ジリ貧の憂き目を見ていた。
アタシは父親に自分のややねじ曲がったストレスをぶつけてしまった。
『こんな儲からない商売するなら、ギャンブルでもやった方が儲かるわよ!』
当然経営のプロである父親からは反論があるはずだった。しかし。
「な、なんだって。やっぱりパパのやり方がダメなんだな。娘に言われるようじゃ、おしまいだな。ハハハ。」
こんな父親だから、スーパー経営はうまくいかないんだと改めて実感した。
真面目にやっていた父親がおかしくなったのはそれから。父親はギャンブル三昧に陥った。言葉の重みとはこういうことなんだと、アタシは小学校低学年で学んだ。
こんなことがあって、アタシは父親のことが好きなんだと思った一方で、反抗期に入る自分の足音が聞こえてきた。』
『魔導中央銀行学園』という銅の立て板が付いた校門の前にいる亜里栖。
「高校入学に憧れなんてなかったけど、こんな強制収容入学とは完全に想定外だわ。それにしても、かわいさのかけらもない殺風景な校舎だわね。」
校門には、『警察官常駐所』というプレートが貼られており、普通の高校とは違う物々しさを醸し出している。
亜里栖は巨大柱をものともせず、大股で中に足を踏み入れた。
「今日は入行式があるのよね。」
亜里栖の着ている制服は、金色を基調としたブレザーで短いタイトスカートから見える白い太ももが朝日を浴びてまぶしい。さらに制服と同色の帽子を被っており、見たところでは、高校生というよりお金を扱うことを殊更に強調した銀行員という出で立ちである。
亜里栖は他の新入生らしき生徒たちについていく。その先は入行式が行われる大講堂である。昔の銀行らしいエンタシスの大きな柱が建物の両サイドに立っている。
大講堂内ではズラリと並ぶ生徒たちがきちんとした列を組んで並んでいる。
その列は30列にも及んでいる。
亜里栖は真ん中列の最後尾に位置した。
「立っている生徒がずいぶん多いわね。学校は入行生徒数を間違えたのかしら?」
亜里栖の疑問はすぐに解消されることになる。