【第一章】第十九部分
「ほほう。それはとても大切なものだねえ。そういう貴重なものをバトルの道具になんかしていいのかなあ。それってまさか、おじいちゃんの形見っていうヤツじゃないのかなあ?」
「そ、そうじゃん。だからこそ、おじいちゃんがあたいにチカラを貸してくれるじゃん。お前みたいな外道を蹴散らすチカラをな!」
いつきは竹刀を大上段に構えた。しかし、割烹着+超ミニスカ+ルーズソックスという出で立ちは不変である。
「その恰好、時代がかった竹刀に全然似合わない状態キープ中だわよ。キャハハハ。」
腹を抱えて笑い出す亜里栖。たしかに、深夜に火事になり、着のみ着のままで外に出てきたオバチャンオーラ満載である。
「ほ、ほっとくじゃん。これが本屋店員の正装なんだから。」
「ホントに正装なの?」
眉間にシワを寄せて質問する亜里栖。
「ち、違うよ。うちのオリジナル。・・・貧乏だからこれしかないし。」
急に小声になり、俯いてしまったいつき。
「落ち込んでる場合じゃないだろ。戦闘中だぞ。」
「そうじゃん。仕切り直しに一閃じゃん!」
美散の三つ編みの先から数本の髪が切れ落ちた。
「なかなか素早いねえ。髪の先が傷んでいたから、ちょうどよかったよ。」
「余裕ぶっこくのもここまでじゃん。この竹刀はそんじょそこらの安物とは違うじゃん!」
「これは少々ヤバそうだな。ちょっと不法侵入を失礼するよ。」
二階の部屋の奥に逃げ込んだ美散。竹刀を前に突き出して、美散を追いかけるいつき。
部屋はいつきの妹と共用らしく、置いてあるナマケモノのぬいぐるみを蹴とばして、窓の方に走る美散。
「ぬぬぬ。妹の大切なぬいぐるみを足蹴にして。もう許さないじゃん!」
「そういうとこには反応するんだねえ。ギャルもどきは見た目とは違って家族を大切にしてるんだねえ。」
「この割烹着は死んだ母ちゃんが使っていたものじゃん。これを着ているといつも一緒にいれるじゃん。外道銀行員にはわからないことじゃん。そんな輩には天誅じゃん。正義は常に勝つ。」
竹刀を一気に突き出したいつき。美散の喉元にそれは突き刺さった。
「ぐわああ。」
悲鳴のような大声を上げて、古い窓ガラスを破って、外に飛び出した美散。
「しまった。窓を割っちゃったじゃん。修理費用がかかってしまうじゃん。」
いきなりテンションが大きく低下したいつき。
『ドスン』という大きな音を立てて、美散は地面に転落した。
二階からとは言え、打ちどころが悪ければ、大ケガ、最悪死に至る可能性も否定できない。
「あいててて。あらら。スカートの裾が破れちゃったよ。」
尻餅をついて、腰を擦っている美散。大したケガはしていないようだ。
「外道銀行員は、心は腐ってるけど、からだは頑丈にできてるらしいじゃん。」
壊れた窓から見下ろすいつき。勝ち誇った様子は見受けられない。
「延滞しているヤツが正義をかざすとは、ほとほとあきれたねえ。しかし、正義は相対的。自分で主張するのは勝手。殺人者であっても、それを生業とする者にとっては、殺人は正義だからね。こちらには債権回収という正義があるんだから。これはどちらの正義が正しいのかをジャッジする場面だね。」
「逃げ出した割にはずいぶん強気じゃん。こうなったら、とどめを刺しに行ってやるじゃん。ドーン。」
大きな音を立てたいつきだが、別に二階から飛び降りたわけではなく、階段をしっかり降りて行った。家を大切にしているからである。
「こら。アタシを無視しないでよ。」




