1話 ムーロペルフェット
この世の中はつまらない。故に俺の存在意義がわからない。故に生きる意味なんて無いのではないのだろうか。
何事もなくつまらない日々を過ごしていた俺は、毎日家の自分の部屋に引きこもってアニメを見たりゲームをしたりと完全に引きニート生活を過ごしていた。
だが、今日は月に一度のお楽しみ、スマホゲームの課金デーである。
俺はいつもより少しだけ気分を上げて自転車にまたがると、学校に行く時よりもスピードを上げて近くのコンビニへと向かった。
俺の家からコンビニまでの道は車通りが多いくせに歩道が無く、自転車に乗っていると横を通っていく車がやけに怖い。いつ突っ込んでくるかわからないし、もしかしたら耳を持っていかれるかも、なんて恐ろしい想像をしてしまう。
その点について注意しつつ、俺は急いでコンビニへと向かう。
何事もなくコンビニに到着し、無事に課金できた。
本来ならすぐ帰るのだが、今日は三ヶ月に一度の特別なガチャデーでもあったのでそれを引いてから帰ることにした。
「⋯⋯はい?」
眉をぴくぴくさせながら俺は怒りを堪えた。
「一万も課金したのに、なんじゃこの結果はー!?」
大爆死だった。そのせいで俺はムカムカしていた。
学校が終わって家に帰る途中にコンビニに寄ろうと思っていたのだが、なにか考え事でもしていたのか、完全に忘れていた。家に帰ってから来たので、空は闇に呑まれつつあった。
俺はイライラしながら帰路についた。
そんな状態で自転車を猛スピードで漕いでいると、突然、左から明かりを感じた。そしてその後に続いてくるクラクションの音。
そちらの方向を見ようと首を曲げようとしたが、見る前に目の前が真っ暗になった。
俺は、高校二年の時に交通事故に遭った。そして──
命を失った。
○○○
周りが真っ暗だ。所々、波のようにうねっている模様がさらに俺に恐怖を刻み込む。
ここはどこか。俺はどうしてここにいるのか。そして──俺は死んでしまったのか。いいや、やっと死ねたのか。
全てが謎に包まれていた。ただ唯一の希望が『死ねたのか』だった。
死ねたのならあんなつまらない世界からおさらばして新しい世界で楽しくやっていこうと心に決めていた。本当にそこは楽しい世界なのかっていう不安はあるが。
でも、僅かでも可能性があるならそっちを選ぶ。
とりあえずこの訳のわからない場所にいても何も始まらないし、終わらない。
不安になりながらも俺は歩き出した。
何気なく歩いていたら突然、周りが明るくなった。
「なっ⋯⋯!まぶしっ!」
眩しさのあまり、きつく目を瞑ってしまった。
恐る恐る目を開けると眼前に広がる光景に俺はただ口をぽけーっと開けていることしか出来なかった。そこには綺麗な花園が広がっていて、小鳥のさえずりなんかも聞こえる。
その花園のど真ん中を突っ切るように一本道がある。俺は意識を戻してそれに沿って歩くことにした。
しばらく歩いていると、少し遠いところに小川が流れていた。
「あー、あれが三途の川ってやつか。まさか本当にあるなんてな。それよりも、どうやら俺は本当に死んだんだな」
やっと死ねたことを自覚し、さらにこんな天国じみたところで流れている川と言ったら三途の川以外思いつかない。俺は正真正銘の死者だ。
川のさらに奥を見るとなんだか明るく光っていた。
それを見ているとだんだんと体が軽くなってくる気がした。──あっちにいけば楽になれる。つまらない日々から解放される。そんな気がした。
俺は光目掛けて全力疾走した。
ちょうど川の手前にたどり着いたあたりで
「!⋯⋯ってぇ⋯⋯」
何かに激突した。しかし、どこを見ても何も無い。ただ花園が広がるのみだ。
俺は何も無いところで何かに派手に跳ね返された。
早くあっちに行きたいのになんだよ、とイライラしながらその『何か』に何度か挑んでみたが、全然進めそうにない。イライラの相乗効果で俺はそろそろマジギレしそうだった。
「⋯⋯っち、なんだよこれ!早くどけよ!」
怒りのあまり叫んでしまった。
当然、誰もいないそこに返事はない。
俺はその後も『何か』に挑み続けた。これは楽になるための最後の試練だと思って、何度も何度も挑んだ。
あれから何分経っただろう。俺は遂に限界を迎えてしまった。
「はぁはぁはぁ。んだよったく!」
これは完全に負け犬の遠吠えだ。それが一番悔しくて涙が出てきた。
「あらあら、随分とお見苦しい姿ですわね」
どこか遥か遠くから声が聞こえた。上空か?
もちろん、そこを見ても誰もいない。
「なんでこういう時に空耳なんか⋯⋯っち、とりあえず休むか」
「まっこと、あんな羞恥晒しておきながら、のんきなやつですわねー」
すると、さっきと同じ声が後ろから聞こえた。びくっ、としてから俺は恐る恐る後ろを見ると、そこには長髪で黄色を基調とした派手なローブを身にまとった美しい女の人がいた。歳は多分、俺とそんなに変わらないと思う。見た目だけでそう判断できる。
「うわっ!誰だおまえ!てか、いつからいた!?」
「わたしはペルセポネと言いますわ。冥界の女神をやっていますわ。いつって、うーん⋯⋯あなたがこの花畑に来てから、ですわね」
「ですわね⋯⋯じゃねーよ!なんでもっと早くから声かけなかったんだよ!」
「それが私目の務めですので仕方ないのですわ」
上品に話しているが、中身はさっぱり意味がわからない。話しかけないのが仕事?そんな仕事あったらぼっち最強じゃん。
俺は自分から進んでぼっちになっていた。人と関わることに何の意味もないと悟り、周囲の人間との間に壁を隔てた。ただただ無駄に神経を使うだけだ。そうわかっているのに何で自らそうなろうとしなければいけないのだろうか。そんなことに何の意味も無い。俺はぼっちの道を進んだ。
「それで、このタイミングで俺に話しかけてきて、まさか、からかう目的とかじゃないだろうな?」
「んー、少しそれもあるかもですわね」
ぴくっ、と反射的に眉が動いた。
「ぶっ飛ばすぞ⋯⋯」
「そんなことより!」
「そんなことって⋯⋯」
今度は三度、眉が動いた。
「あなた、名前は?」
「ん?あー俺の名前か。俺の名前はマサトだ。よろしくな」
「マサト⋯⋯いい名前ですわね!」
目を輝かせながら俺の名前を称賛してくる。
「あー。俺も結構気に入ってる。──気に入ってた」
「あら?どうして過去形ですの?」
そんな、理由なんて、一つしかない。
「俺はもう、死んじまったんだからな」
「ほーん。あなた、自分が死んだともう気づいておられんですわね?」
少し驚いているようだ。悪いが、俺は察しのいいニンゲンなので。
「なんとなく、そんな気がするからな」
「勘のいいお方ですわね」
ニコニコとした顔で心の底から敬意を示していた。この笑顔に嘘はない。あってほしくない。
「話を戻しますわ。あなたも察している通り、あなたは先ほど死んだのですわ。原因は事故死。車にぶつかられた衝撃であなたは吹っ飛ばされ、地面に身体を強く打ち付け、内臓破裂で即死でしたわ」
「なっ、即死⋯⋯」
痛みを感じずに死ねたことを喜ぶべきだろうか。
「そうですわ。それで、あなたはこの後、天国的存在の場所に行くか、地獄に行くか決めなきゃいけないのですわ。一つ言っておきますけど、天国的存在はあなた方ニンゲンの思っているような極楽などという場所とは程遠い存在ですので、そこのところをよろしくですわ」
一気に声の温度が下がった。怖い。
「⋯⋯そ⋯⋯それで、地獄、とは?」
「そのままですわ。針に刺されたり、舌を引き抜かれたり、石をも溶かしてしまう温度の風呂に入れられたり、重労働をさせられたりなど、とても辛い場所ですわ。実際、今までに何人かのニンゲンは地獄に行った方もいましたわね」
「まじか⋯⋯そいつら命知らずすぎだろ⋯⋯」
「ええ。その方々のうちあるお方の死因はサメに襲われるぎりぎりのところで船に逃げるという遊びを友達としていたところ、その方は逃げ遅れてサメにがぶがぶされるという惨殺でしたわよ」
「良い子のみんなは命を粗末にしてはいけませんよー!」
「何をマヌケのようなことを言っているのですの?さ、どちらに行くか、お決めください」
さて、どうしたものか。
「んー、地獄は普通に行きたくないけど、天国的存在ってのが妙に引っかかるんだよなー⋯⋯なんか怪しい雰囲気が漂っていて、こう、冒険心をくすぐられる!みたいな⋯⋯」
「フッ⋯⋯」
「ん?今何か言ったか?」
なにか含み笑いのようなものが聞こえた気がする。
「いいえ、何も言ってませんわよ」
「そうか、それならいいんだけど」
さーて、これの答えはもう出てるよなー。もちろん、天国的存在の場所に行く、だ。
「よし、その⋯⋯天国的存在の場所に行くことにするよ」
「ここで決定すると、後戻りは出来ませんわよ?」
「ああ。男に二言はねー!」
びしっ、とペルセポネを指さす。
「どうでもいい所でかっこをつけるのですわね⋯⋯わかりましたわ。あなたを異世界に召喚しますわ」
────ん?
「⋯⋯へ?今なんて?」
「異世界に召喚するのですわよ?天国的存在は異世界のことですわよ」
「かー!騙されたー!」
頭を抑えてその場で悶絶する。
「最初に言いましたでしょう?極楽みたいな場所ではないと」
ぐっ⋯⋯見えないところに落とし穴が⋯⋯我ながら不覚!
しかし、男に二言はない。ここは素直に受け入れよう。
「⋯⋯わかった。異世界に召喚、してくれ」
「あら、意外と素直ですのね。まーいいですわ。それではまずは、軽く異世界について説明をしたいと思いますわ」
「おう、頼んだ」
どこから湧いたのか、突如ペルセポネの脇に椅子が出てくる。それと同じものが俺の隣に出現していて、両者それぞれ椅子に腰掛ける。
「さて、あなたの行こうとしている世界は今、これまで支配していた世界の王が二ヶ月ほど前、急死したのですわ。死因は未だに不明。王の死は謎に包まれたままなのですわ」
「なんだそれ、チョーこえーな」
世界七不思議に数えられそうだ。
「はい⋯⋯そして、その王がいなくなったことにより、世界を動かす人物が不在になったのですわ。それくらいは理解できますわよね?」
「ああ。そんなに飲み込みの悪いやつじゃないからな」
「それは助かりますわ。王が急死し、世界の時は停滞したのですわ。そこで、次期世界の王を決めようと、王の補佐をしていた方がある宣言をしたのですわ」
「ほう。てか、その補佐が次期世界の王になればいいんじゃねーか?」
「それは亡き王が唯一残した遺言書によって不可能となったのですわ。そして、その遺言書の中身は補佐様しか知らないらしいですわ。我々には最小限のことしか教えてくれないのですわ」
極秘主義なのだろうか?
「それはケチな補佐だな」
「恐らく、これも王の遺言なのだと思いますわ。補佐様は王の遺言によると、『この世界の次期王は私が一生のほとんどを費やして完成させたフルダイブシステムで構成されているマシン、シグマで『ムーロペルフェット』という仮想世界にダイブしてもらう。その世界のラスボスを倒した者にこの世界の王の座を渡すこととする』と書かれていたそうですわよ」
「なんじゃそれ⋯⋯その、ムーロペルフェットとかいう世界ってのは⋯⋯仮想世界なのか?」
「ええ。あなたの住んでいた世界の言葉を使えば仮想世界ということになりますわ」
「つまり、現実とは全く異なる世界ということだよな?死んでも現実には何の影響ないよな?」
「そうですわ。何をされても現実には全く影響はないですわ。しかし」
「ん?」
そこで一拍間を置いてから、慎重な口調で、
「『その世界で『三回』死んでしまうと、現実世界でも死んでしまう』そのように王は決めたのですわ」
「は?」
訳が分からず、間抜けな声が漏れた。
「ですから、三回、ムーロペルフェットで死んでしまうと現実世界のあなたも死んでしまうということですわ」
「それって⋯⋯あってはいけねーんじゃねーのか?」
ゲーム内で三回死ねば、現実でも死ぬ。
「仕方ないのですわ。王の遺言ですので。さて、時間もあまりないのでこれから詳しく説明したいと思いますわ。お時間、頂きますわね?」
「お、おう⋯⋯」
ニマリとしたこの笑い方。嫌な予感しかしない...。
○○○
「──ということですわ。これで説明は以上ですわ」
あれからどれほど時間が経っただろう──
「なげーよ!なに一時間も長々と話してるんだよ!てか何でこんなにめんどくせーんだよ!」
頭が焼き切れそうなほど事細かに説明された。
「仕方ないのですわ。これも⋯⋯これだけが私目の務めですので」
少し悲しげな表情になっているように感じるのは気のせいか。
「はぁ⋯⋯。要約すると、運営を担当している一族が定めた誓約によってこのゲームが成り立っているってことだな?」
「そうですわ。このゲームの運営は王族の血を受け継ぐ別の種族が担当していますわ。そしてその一族は『一、プレイヤーの身に何が起こっても我が一族は責任を負わない』『二、ゲームダイブ中に栄養失調などで死ぬことのないように対策する』『三、ゲーム内でプレイヤーが三回死んだ際の処刑方法は極秘とする』『四、ゲームクリアが達成された瞬間、我が一族のゲーム運営部は即時解散される』『五、ゲーム内でのプレイヤーキルは原則禁止とする。もし、発覚した場合はそのプレイヤーは即時処刑される。なお、相手から攻撃され、その反撃でキルしてしまったというのは例外とする』『六、ダイブ中に外部干渉のできない場所にダイブスポットを設けることを義務付ける。またその場所は自宅、もしくはギルドのみとする』『七、六で提示した場所以外からダイブし、外部干渉があっても我が一族は責任を負わない』『八、パーティーを組んでも可とする。その際、ラスボスを倒した際の報酬に限りリーダーのものとする』『九、結婚、離婚などを認める。なお現実に適応するか否かは当事者の判断に任せる』『十、以上を持って、ムーロペルフェットの運営にあたる。異存のない者に限りこの王選への参加を認める』ですわね」
「十もあるなんて驚いたぜ⋯⋯。そんで、誓約書みたいなのってあるの?」
「そんなものないですわ。スウェアプレイジと手を挙げて言えば誓約に誓ったことになりますわ」
英語、ではないな。
「何語だよそれ⋯⋯まぁいい。よっし⋯⋯」
俺は息を思いっきり吸い込み、目を瞑り、しばし黙考する。
──これを言ったら冗談抜きでもう逃げれない。
──これを言えば新しい世界に行ける。
──これを言えば人生をやり直せる。
いろいろ考えていたところにペルセポネの声が飛んできた。思わず吸った息を吹き出してしまった。
「あ、一つ言い忘れていましたわ。あなたの番より、転生前の記憶を持ったまま転生することが義務付けられたのでしたわ。ですので、転生前の記憶をすっかり忘れるということは不可能ですのでご理解の程よろしくですわ」
「それは助かる。あんな世界とは違うってことをしっかりと感じたいからな」
ぐっ、とガッツポーズをする。
「そうでしたか。それなら話が早いですわ。それで、覚悟はできましたか?」
「ああ。」
俺はもう一度深呼吸をして覚悟を決める。
「スウェアプレイジ!」
「マサト様の王選参加の意志を確認、承認しました。王選は明後日より開始しますので、開始まで街でしばらくお待ちください」
ペルセポネとは違う声、機械的な声がどこからか聞こえた。また上空か?
まーいい、俺はこれからゲームの世界に行く。
ただ、誓約に気になるところがあったが、今はとりあえず新しい世界に行けるだけでいい。
「それではマサト、ご健闘を祈りますわ」
気軽に接しやすくしているつもりなのだろうか?
「もう呼び捨てなのな⋯⋯。ま、ありがとよ」
「最後に一つだけアドバイスをしますわ。このゲーム、単独でプレイするつもりの人もいるらしいのですが、運営をやっている一族のあるお方に聞いたところ、かなりの難易度らしいですわ。ゲーム開始まで二日あるので、それまでにいい人を探してパーティーに入ってもらうことをお勧めしますわ」
「そんなにか?一応俺は重度のゲーマーだったけど⋯⋯。んー、わかった。仲間を探してみるよ。ありがとな」
ここまで親切にしてくれるのだから感謝の一つでもしなければ罰当たりだ。
「お役に立てたのならよかったですわ。それでは、そろそろ異世界に召喚しますわね」
「待ってましたー!」
ペルセポネはゆっくりと俺の前まで来ると、俺の胸に手を当てて何か言っているようだった。しかし、俺には何も聞こえなかった。
三十秒程して、ようやくペルセポネの顔が上がると今度は耳元で、
「あなたが、この世界の王になることを祈っています。またお会いしましょう」
そう言い残すとペルセポネの姿が光に包まれて一瞬で目の前から消える。否、ペルセポネが消えたのではない。俺が消えたのだ。どこまでも続く美しい花園も無くなっている。
いよいよ新しい人生の始まりだと思うと身震いした。
○○○
ビギナーズシティ。ここはそう呼ばれているらしい。日本語にすると『始まりの街』みたいなもんだな。
幸いなことに、言語は俺の母国語、日本語だった。さらには文字まで同じという。
とりあえず、自分の家へ向かうとしよう。
思い返せばこの短い時間の間にいろんなことがあった。
まず、俺が異世界召喚されたのはどこからどう見てもトイレだった。
「あの女神め⋯⋯次会った時覚えてろよ!」
トイレを出るとそこは集会所のようだった。いわゆる、『ギルド』だ。
なんでか、とりあえず何か登録とか必要だと思ったので、受付を探すことにした。
ちょうど近くにゴッツイ男の人がいたので聞いてみる。こういう人って案外優しいよね。
「すみません、受付の場所教えてもらえますか?」
声をかけられて訝しげな表情をしていたが、俺の困った様子を悟ったのか、一気に優しい人の顔へと変わった。
「ん?おーお前さん見たことねー顔だな。もしかしてこの街の新人か?」
「まーそんなとこです⋯⋯」
「そうか⋯⋯てことはお前さんも王選に参加すんのか?」
「まーはい⋯⋯」
頬を人差し指でかきながら答える。すると、
「へっ、そんな弱っちぃ奴が王にでもなったら、死んだ愚王よりも酷い王になるだろうな!あははは!」
俺が話していた男の向かいに座っていた別の男に茶々を入れられた。と言うより、煽られた、に近い。
「おいおい、それは言うなって!本音でも!あははは!」
またまた別の男の声。もうどこにいるのかとかどうでも良くなっていた。
「なっ⋯⋯。邪魔してすみませんでした。もう行きます」
手短に礼を述べてその場を即座に離れようとする。こんなところにずっといたら俺の存在意義が揺らいでしまいそうだ。
「お、おいおい、あいつらは悪気があって言ってるんじゃねーんだよ。わかってくれよー」
「あれのどこが悪気がないって言うんですか。そこをどいてもらえますか」
男が俺を罵った男を庇ったつもりなのだろうが、今の俺には無意味だ。冷たく突き放し、自分で探そうとしたが、
「はぁ⋯⋯受付ならあそこだ」
男はため息をつき、うなだれていたが、ここで変に気を使うとさらにバカにされると思う。ここは素直に礼を述べてさっさと立ち去ろう。
「⋯⋯ありがとうございます」
ペコリとお辞儀をして俺は男に教えられた場所に足を向けた。
「すみません、王選に参加しようと思っているのですが、何か必要なものってありますかね?」
受付のお姉さんは突然声をかけられて驚いているようだ。何か事務的なことをしていたのだろうか。大量の紙束が目端に映る。
「あなたは⋯⋯この街の新人さんですね。それじゃあまずはこの街の住民票を登録してもらいます。その後でどの場所からダイブするか決めてもらいます」
一目見ただけでわかるのだろうか?しかも、淡々と話を進められて俺も多少たじろいたが、なんとか呑み込めた。
ガラス板の下の方に空いているところから紙と羽ペンが差し出される。どうやらこれが住民票らしい。
「分かりました。えーと、これをこうして⋯⋯⋯はい、住民票は書けました。それで、ダイブする場所って他の人はどんな場所からダイブするんですか?」
「ほとんどの人は自宅からダイブするらしいですよ。そうそう、今なら特別に貸家を用意できますが⋯⋯ところで、今のあなたの所持金の方は?」
「一文なしでーす」
「で、ですよねー、あ、あはは⋯⋯」
作り笑いはやめて!一番されて辛いから!
「こほん、王選の間だけ特別に無料で貸し出すキャンペーンをただ今やっていまして、王になったら返金不要。もし王になれなかった場合も王選後の月々の家賃にプラス月々の家賃の二分の一の料金を一年納めて頂ければそれでOKというキャンペーンになっています。どうされますか?」
「応募します」
即答だった。しかし、一つの疑問というより不安が募った。
「ところで、それって当選しないとできない⋯⋯とかですか?」
「いいえ、これは全ての住民が対象です。ただ、あなたのように駆け出し以外の方にとって損でしかないのであまり応募はないんです」
確かに、家を持っていればわざわざ応募して借金抱えるなんてバカだもんな。
「じゃあ応募ということで、よろしくお願いします」
「かしこまりました!」
最後に元気な返事を貰うと今度は鍵を貰った。一つくらい何かあげなきゃと思ったが、何も持っていないのでできない。王選終わって働き始めたら何かお礼としてあげるべきか⋯⋯。
そんなことを考えている俺をよそに、受付のお姉さんは話を進める。
「この地図に従っていげはあなたの家に着きます。もしわからなくなったらまたギルドに来ていただくと私が案内しますのでご安心を」
どうやら家案内のようだ。
「ありがとうございます。今後困った時はここに来るようにします」
「はい、どんどん頼ってくださいね!それでは、ご健闘を祈ります」
「ありがとうございます」
再び感謝の言葉を贈る。
傍から見れば堅苦しいやり取りに見えるだろうが、俺はこれくらいが丁度いい。
ギルドを後にし、地図に従って目的地目指して歩いていた。
そして、今に至る。
「えーっと⋯⋯あ、これかな?」
地図上にある点が示しているところに到着した。表札を見ると俺の名前が付いていた。
「⋯⋯仕事早すぎませんかね?」
流石に驚いた。たった三十分しか経ってないのにもう表札付いてるとか勤勉すぎる。
「お邪魔します⋯⋯」
自分の家なのにお邪魔しますとか言ってしまった。そして俺は部屋の中を見てさらに驚いた。病室にありそうな機材がたくさんあり、それの装着法とかが書いてある紙がテーブルの上に整頓されて並べられている。
「つまり、これをつけたままダイブしろということか」
家の中を見渡してからとりあえずどこに何があるのかだけを把握した。
一通り家の中を見終えると俺はソファに横になり目を瞑った。
明日は忙しくなる。パーティーメンバーになってくれる人を誘わねば。
そう思うと疲れと眠気が一気にのしかかってきた。
「今日はもう寝るか」
俺は目を瞑り、深呼吸して落ち着くと、すぐに眠りについた。