第6話 スキル取得!
『パララッララー!!!』
人のいないホームセンターの中で大音量のレベルアップ音が鳴り響く。
店内BGMでは隠しきれない音量だ。
『なんだ今の音は!?』
真澄の驚いた声が聞こえる。
だが俺はそれどころではない。
急ぎバックヤードに向かう。
『敵がそっちに向かった! 急いで戻れ!!』
バックヤードに向かって走る。
『駄目だ速すぎる! 入る前に追いつかれるぞ!!』
「ギュイィィィィィ!!!」
後方から大きな鳴き声が響いた。
振り向けばそこには緩やかな弧を描いた角を生やした体長50cmはある大兎が居た。
その兎は鳴き声を上げるとこっちに向かって突進してくる。
『バックヤードに逃げろ!』
「無理だ!」
とてもバックヤードのドアを開けている暇は無い。
兎の速さはすさまじく、斧を構える暇もなく俺は横っ飛びに回避した。
商品に背中からぶつかる。
ドガァ!!
兎が通り過ぎた方向から大きな音がする。見れば壁際の商品コーナーの壁に兎が刺さってジタバタともがいている。どうやら壁に角が刺さって抜けなくなってしまったらしい。
俺は斧を手に兎に向かって振りかぶる。
『駄目だ、モンスターが向かってきてる。早く戻れ!』
「分かってるって!」
俺は手斧を兎目掛けてブン投げた。
手斧は兎に向かって回転しながら飛んで行ったが残念ながら兎にはあたらず壁に突き刺さる。
それを見た俺は兎のトドメを諦め、バックヤードに逃げ込んでカギをかける。
手斧を失ったが、バックヤードにはまだ予備が沢山あるし後で回収すればいいや。
『魔物が来る。念の為奥まで逃げておけ』
スマホ越しに小声で指示をしてくる真澄。
俺は無言でバックヤードの奥へと逃げていった。
◆
装備を補充した俺は、一旦警備員室まで戻ってきていた。
「お前なぁ。作戦を考えた時にバックの指示には即従うって約束したろーが」
作戦を無視した俺に真澄が不機嫌そうに怒る。
「悪ぃ悪ぃ。投げれば近づかなくてもいけるかなって思ってさ」
空手で物を投げるジェスチャしてみせる俺に真澄が呆れた視線を向ける。
「ところでさっきの音はなんだ? マナーモードくらい設定しておけよ」
「いやあれレベルアップの音」
「はぁ!? あれが!? ヤバすぎだろ!」
真澄がドン引きした顔で呆れる。
確かに真澄の言うとおり、今回はやばかった。まさかレベルアップ音で命の危険に晒されるとは思わんかったわ。
「それ音消せないのか?」
「どうだろ? レベルアップだし消せないんじゃね?」
「ゲームなんだからコンフィグで消せるだろ」
真澄が意地の悪い顔で提案してくる。
いやいや、幾らなんでもコンフィグでは消せんだろ。
俺はスマホを起動し、コンフィグ画面を開いてサウンドを確認する。
【BGM】
【操作音】
【エフェクト音】
ありましたー!!
俺達はそっと各音量をミュートにした。
◆
『モンスターの動きが変わってる。警戒して周囲を見回しながら動いてるぞ。俺達を見つけたら即座に仲間を呼ぶつもりだ』
引き続き防犯カメラを見ながら真澄が指示を出してくる。
むろんそれは俺達も理解している。だからこっちも作戦を変更した。
レベル上げはそのままだ。
違うのは攻撃方法である。
『そこで待機。もう直ぐ敵が通路に姿を見せる。形はお前が最初に倒した奴と同じ。大きさも同じ』
俺は補充した手斧を構える。
『3.2.1.いまだ!』
真澄の挨拶と共にモンスターが姿を見せる。
俺は構えた手斧を思いっきり投げた。
距離は約10m。普通に考えれば素人の投げたモノなど当たりはしない。
だが、今の俺は素人じゃない。
手斧がモンスターの頭部に命中。そのままモンスターはズルズルと倒れていく。
床に倒れた魔物はビクンビクンと数回痙攣し、そして動かなくなった。
『魔物が二体近づいてきてる。一旦戻れ!!』
真澄の指示に従って即座に戻る。
戦略を変えた以上更に慎重に行動を行う。
徹底的に隠れ、近づく事無く遠距離から攻撃する。
それを可能にしたのがスキルの力である。
今の俺は【投擲】スキルをLv1で取得しているのだ。
ゲームになったこの世界にはスキルが存在する。
スキルはゲームと同じで特殊な力を俺達に与えてくれる。
例えば俺が取得した【投擲】スキル。コイツは何かを投げる際、命中率に補正がかかるだけでなく、ダメージも上げてくれる優れものスキルだ。弓矢などの専門の飛び道具に比べれば補正は少ないが、どんなモノでも補正がかかるので低レベルの俺達にとっては非常に強力なスキルだった。
なによりこのホームセンターには飛び道具なんて売っていない。
取得するのなら投擲スキルのほうが都合がよかった。
何故最初からスキルを取得しなかったのかって? それは単純にスキルポイントが足りなかったからだ。
スキルを取得するにはスキルポイントが必要となる。
レベルが1上がる毎にスキルポイントは1貰える。
投擲Lv1に必要なポイントは2ポイント。
つまり3Lvになった事で取得できるようになったのだ。
正に不幸中の幸い。
一応スキルを取得する前に真澄と相談した。
この世界はゲームだがゲームじゃない。現実なのだ。
スキルポイントを惜しんで死んでしまっては元も子もないと。
スキルを取ると決めたら次はどんなスキルを取得するかだ。
候補は戦闘系スキルである【速度上昇Lv1】【攻撃力上昇Lv1】【防御力上昇Lv1】【投擲Lv1】の4つだった。
他はスキルポイントが足りないか非戦闘系のスキルだったのでパス。
投擲以外のスキルは接近戦になるからと却下された。
兎はレベル3の俺より早い。そこに【速度上昇Lv1】を取得しても兎よりも速くなれる保障がなかった。
【攻撃力上昇Lv1】も敵が複数居る事から却下した。
【防御力上昇Lv1】はどれだけダメージが減るか分からないのでこれもパス。
回復手段が無いのにダメージを受ける気は無い。
結果、消去法で【投擲Lv1】を選択した訳だ。
理由はモチロン、ダメージを負わず、逃げやすくこちらの与えるダメージは高くなるからだ。
特にこちらの攻撃が相手に通じるのかを安全に確認できるのは本当に大きい。
さっき攻撃が通じなかったデカいゴブリンみたいな奴もいるしな。
一定の目安にはなる。
真澄がカメラ越しに敵の動きを調べ、俺が斜線の通った敵にブン投げる。
そう考えると、遮蔽物が多く、ストレートの長いホームセンター内は絶好の狩場だった。
『1体は安全距離まで移動した。兎がまだ近くに居る。さっき壁に突っ込んだ奴だ。右に進んで一旦そこで待機。走れ! よし、そこの端までいったら左を向いて構え』
まるで自分がゲームキャラになった気分だ。
今の俺は真澄というプレイヤーに操られるプレイヤーキャラクター。
いや、世界がゲームになったんだから寧ろ正しい認識なのかもしれない。
『来るぞ、3、2、1、投げろ!』
真澄の号令に従って手斧をブン投げる。
だが、ここで手違いが生じた。
手斧は間違いなく兎をの首を刎ねた。だが勢いが強すぎたのか、手斧がそのまま商品棚にぶつかってしまったのだ。
それもガンッ! っと大きな音を立てて。
どうやらゴブリンよりも兎のほうが防御力が弱かったみたいだ。
『3体来る! 後ろに走れ! そこは右に! まっすぐ! 左に曲がってまっすぐ!兎が2レーン先から追い上げてくる! このままだと併走される』
真澄のナビを聞いた俺は腰の工具ホルダーにストックした手斧を取り出し、T地通路でブレーキをかける。
『おい何を!?』
そして兎の頭が見えた瞬間思いっきり投げつけた。
距離は先ほどの兎よりも遠い。20mはあるか?
俺は手斧の行方を見る事無く、再びバックヤードへと駆け出した。
◆
バックヤード前に着いた時、兎が追ってくる気配はなかった。
ドアを開け、バックヤードの中に入った俺は鍵を掛けて真澄に連絡を取る。
「兎は?」
『……足をやられたみたいだ。ズリズリと這いずってる』
ちょっと間を置いて真澄が返事をしてくる。
「じゃあそれは真澄の分な。他の連中は?」
『お前を見失ってうろうろしてる』
「残り何体?大きさと形は?」
『怪我した兎を抜いて3体。お前が最初に倒したのと同じヤツ、大きさも同じのが2体とちょっとデカイのが一体。武器は同じ木の棍棒。あのヤバイ奴の仲間じゃないな』
ちょっとデカイのはゴブリンLv2って所か。
「分かった。ゴブリンを2体仕留めたら中ボスを仕留める」
『ゴブリン?』
「ああ、最初に倒したのじゃあ分かりづらいだろ?」
『……好きにしろ。って駄目だな。ゴブリン2体は中ボスと行動を共にしている。離れる気も無さそうだ』
ふーむ、それは参った。
ボスの随伴ザコみたいなモンか。
「となれば戦いを挑むしかないか」
ボス戦に中ボスがいるのは基本だからな。
『待て待て、そこで無謀な戦いをしたら今までも安全路線が台無しだろうが!』
スマホ越しに真澄が怒鳴り声を上げる。
「けど他に方法がないだろ。お前まだLv1だし」
そうなのだ。真澄が1Lvのままじゃ危険すぎて2対3で闘う事も出来ない。
『いや、それは出来る。役割を変えれば良い。お前がナビになってゴブリン達の進路を確認しろ。そのスキに俺は兎に止めを刺す』
む? それ大丈夫か?
『大丈夫だ。ゴブリン達の移動速度は見た。たとえ相手が走ってきても全力で逃げればバックヤードまで戻ってこれる』
成程、バックヤードでモンスターの動きを監視していたのは伊達じゃないみたいだ。