第5話 ホームセンター到着
「ふー、なんとか撒いたみたいだな」
近所の家の庭の物陰に隠れた俺達は、デカイゴブリンが居なくなるまでじっと息を潜めていた。
「いやー、まいったまいった。危なかったなー」
ジロリと真澄が俺を見る。
「お前な、危なかったのはこっちだよ! いきなり攻撃仕掛けるなんて何考えてるんだよ! まだ俺達ゃロクな武器もないんだぞ!!」
「いやー悪い悪い。だってさっき倒したゴブリンみたいなヤツに似てたしさ、消火器で倒せたからアイツも倒せると思ったんだよ」
「それで倒せなかったからこうなってるんだろ! 多分お前が倒したのは一番弱いザコモンスターなんだろ。で、さっきのがそれより強い上位モンスターなんじゃねーのか?」
マジか。俺達は緒戦で運よく最弱モンスターと戦えたって事か?
まぁRPGでもフィールドに出るとその地域の最弱と遭遇するか最強と遭遇するかはランダムだもんだ。
どっちかって言えばRPGよりはハンティング系だな。
「となると装備を整えてレベルアップしてからリベンジした方がいいな」
「だな。次からは戦闘は極力避けていくぞ。武器もなくしちまったしな」
見れば俺の消火器だけでなく、真澄もモップを無くしていた。さっきのデカイゴブリンから逃げるのに邪魔だったから捨ててしまったみたいだ。
デカさのわりに結構早かったからなアイツ。
そう考えると消火器が噴出して転ばせる事が出来たのは不幸中の幸いだったのかもしれない。
◆
「居るなー」
「ああ、居るな」
俺達がホームセンターに到着すると、入り口周囲と駐車場にはモンスターがウロついていた。
駐車場には複数の車とモンスターの姿。そして赤い水溜りとその中央でおかしな方向に曲がっている人影。
恐らくモンスターの存在を理解できずにいるうちに殺されちまったんだろうな。
けどモンスターがいるのにも関わらず車が結構あると言う事は、恐らくだが不幸な犠牲者がモンスターに殺される光景を見て慌てて逃げ出したからだろう。
それを証明する様に店の周囲には食料の入ったビニール袋が散乱していた。
駐車場を徘徊するモンスターの中にはそうした食料を齧っている奴もいる。
「どうやって中に入る?」
「道路側からフェンスを登って店の敷地内に入ろう」
「OK]
俺達はモンスターに見つからない様、物陰に隠れながら道路側のフェンスを登り、ガーデニング資材置き場を通りホームセンターの中に入る。
店内に人の気配は無い。恐らく従業員も逃げ出したのだろう。
「お陰で代金を支払う心配がなくなったな」
「魔物を倒して出世払いとさせて貰おう」
今は緊急時だ。生き残る為には金が無くても武器が必要なんだよ。
「まずは農耕具のコーナーに行くぞ」
「応!」
真っ先に農耕具コーナーに向かった俺達だったが、既に先客がやって来ていたらしく、めぼしい装備は根こそぎ奪われていた。
「くそっ! チェーンソーも鉈も鍬も鋤も斧もないな」
戦闘で使えそうな農具は影も形もなくなっていた。
「同じ事を考えるヤツがいたんだろ。他の所を見ようぜ」
俺達は工具、そして台所用品のコーナーへと向かう。
◆
「バールもノコギリもハンマーも無い」
「台所コーナーの包丁もないな」
「ドリルや釘打ち機といった電動工具もない。漫画や映画で出番のありそうな装備は全部持ってかれてる」
本当に手当たり次第だった。
「ちょっとフィクションに毒されてるヤツ等多すぎね?」
「俺等もだろ?」
武器として使えそうな道具がなくなっていて俺達は途方に暮れてしまった。
「ご丁寧に蛸足から延長ケーブルまでなくなってる。多分外でコンセントを使う為に持ち出したんだろうな」
コンセント付きで闘うとか何処のアニメだよ。
「こうなったらありモノで闘うしかないな。少しでも使えそうなモノを探すんだ」
◆
10分後、俺達はホームセンターの床にへたり込んでいた。
「マジで何もない。なんで何もないんだ?」
俺が大の字に寝転びながら呟くと、真澄が難しい顔で答える。
「買占めかもしれない」
「買占め?」
「ああ、この世界はゲームになった。だが現実である以上ゲームとは違う所がある。それは商品の在庫だ。ゲームなら武器を買うのはプレイヤーだけだ。けど現実世界なら何百何千といった人間が武器を求める」
「だから誰かが独り占めしたってのか? 何の為に? 転売か?」
世界がゲームになっちまったんなら転売も無理だろ。宅配便に持ってくまでにモンスターに襲われるだろうし、等の宅配便がモンスターに教われないとも限らない。
「いや、違う。買い占めたヤツの目的はレベル上げの妨害だ」
「妨害?」
「そうだ。俺達も体験したろ? 手持ちの装備が貧弱じゃあ勝てない相手を」
その言葉にさっき闘ったデカイゴブリンの姿を思い出す。
「そういう事か」
つまりそいつの狙いは、自分以外のヤツ等が強い装備を手に入れるチャンスを奪い、レベル上げできないようにしたいって訳だ。
「どうする? 他の店に行くか?」
「いや、多分無理だ。他の店も先回りされてる。相手は恐らくチームだ。車を運転出来る奴が居る」
マジか! いや、そうだよな。あんなモンスターがいる中で大量の荷物を抱えて逃げれる訳がねぇ。真澄の言うとおり車を使ったって考えた方が理に叶ってる。
「一旦家に戻って包丁なり何なりを手に入れるしかないな」
「いや、それ無理そうだぜ」
俺は店の玄関のほうから聞こえる音に全神経を研ぎ澄ませながら小声で答えた。
「くそ、マジかよ」
入り口から複数の生き物が入ってくる音が聞こえる。
恐らくモンスターだ。
出口をふさがれちまったって訳だな。
「いや、ここの建物はスーパー側への通路があったはずだ。そっちから逃げれば……」
「いや駄目だ。スーパー側の入り口はホームセンターの入り口から見える。すぐにバレて追いかけられるぞ」
母さんの荷物持ちで何度もここには来てるからな。
クソ重い米や野菜を男なんだからお前が運べとか言われてつれてこられたからなぁ。まぁ、菓子を買ってもらえたからアリっちゃーアリだけどさ。
母さん大丈夫かねぇ。
と、そこで俺は重要な事を思い出した。
「真澄、武器が手に入るかもしれない。俺に付いてきてくれ」
「マジか!?」
「どのみちここに居ても襲われるだけだ」
「……だな」
俺達は足音を立てない様に気をつけながらホームセンターのある区画へと向かった。
◆
「成程、店員しか入れないバックヤードか!」
俺達はホームセンターのバックヤードに入り、即座に鍵を閉めた。
たまに母さんがまとめ買いしたい商品の在庫は無いのかって店員に聞いてたりしたからな。
そんで店員がバックヤードから在庫を持ってきたのをたまたま思い出せた訳だ。
「ここなら武器の在庫があるかもしれない」
「よし、急いで探そう!!」
俺達はバックヤードを静かに駆け出した。
◆
『その先、次のコーナーの真ん中にハグレがいる。サイズは多分俺達が最初に闘ったヤツと同じだ。形状も同じ。そっちに近づいてくる。タイミングを合わせて不意打ちしろ』
頭に縛り付けたスマホから聞こえる真澄の声に従って、俺は武器を構える。
『いまだ!』
敵の姿がかすかに見えた瞬間、俺は構えた手斧をフルスイングした。
全力の一撃。ゴブリンの頭部が真っ二つになった。
『よし撤退だ!!』
即座にバックヤードに向かって逃亡を開始する。
後方でドサリとゴブリンが倒れた音が聞こえる。
『大丈夫だ、モンスターは反応してない。念の為バックヤード入り口近くまで後退しろ』
バックヤードで武器を手に入れた俺達は作戦を変更した。
まず2レベルの俺が前衛に立ち、真澄は警備員室の防犯カメラを使ってモンスターの位置を確認、敵の進行方向と攻撃のタイミングを俺に知らせる。
そして群れからはぐれたモンスターを一匹ずつ倒して俺のレベルを上げていく。
変更した部分は、レベル上げだ。
さっき不意打ちしたあのデカイゴブリンには、こっちの攻撃が殆ど通じなかった。
だがせっかくホームセンターとスーパーに着いたのだから、ここは拠点として確保したい。
もしさっきのデカイゴブリンみたいな強い敵が現れても、俺のレベルが上がっていれば倒せるかも知れないからだ。
つまりこの時点ではレベル1の真澄のレベル上げをするにはデメリットが大きいわけだ。まずこの拠点を確保して安全に敵を倒せるようにしたい。
その為には店内の敵をコレ以上増やさないように、今店内に居るヤツ等を始末してから入り口とガラス窓にバリケードを作って封鎖したい。
それに真澄には言ってないが、アイツはまだモンスターを殺してない。寸前で躊躇ったらそれこそ全滅しかねない。
そうして、ホームセンターを確保したら、次はスーパー側の入り口にもバリケードを作ることで、コレ以上ホームセンター内にモンスターが入ってこれ無くなくなる。
仮拠点の完成だ。
最終的にはスーパー内部の敵も一掃して入り口にバリケードを作れば完全に拠点確保である。
そうして俺達の冒険の準備が整う訳だ。
『巧、ハグレがこっちに向かってきてるがサイズが大きい。一旦バックヤードに隠れろ』
俺は無言で真澄の指示に従う。
敵に位置を知られない様、戦闘区域では音を立てないのが俺達の作ったルールだ。
◆
バックヤードに戻ってきた俺は、音を立てないように慎重にバックヤードのドアの鍵を閉める。
『目標バックヤード入り口の反対側に移動。このまま戻っていくのを待つ』
じっとバックヤードの物陰に身を潜めて隠れる。
『群れがバラけた。1体形状も大きさもさっきと同じのが近づいてくる。バックヤードを出て左へ進んで木材加工場の影に隠れて待ち伏せろ』
真澄の指示に従って木材の物影に隠れる。
『来るぞ、角を曲がって近づいてきたら一気に切りかかれ!』
真澄のナビどおり、ゴブリンがやって来る。そして俺の隠れている方向へと近づいてきた。
ゴブリンの視線が俺の隠れて居る場所から逸れた瞬間を狙って通路に飛び出す。
まだゴブリンは俺に気付いていない。
手斧を振りかぶる。
ゴブリンが視線を動かし、目の動きが止まる。バレた。
だが俺は止まらない。
ゴブリンの首を手斧が刎ねた。
よし、後はバックヤードまで逃げるだけ。
そう思った瞬間だった。
『パララッララー!!!』
「っ!?」
最悪のタイミングでレベルアップのファンファーレが鳴り響いた。