第25話 即席軍師
何時も応援と誤字脱字の指摘をありがとうございます。
「スライムが塀の中に侵入して来たのよ!」
美香に叩き起こされた俺は、衝撃の報告を聞く事になった。
「ど、どういう事だ!? 塀が破壊されたのか!?」
まさか、あの塀は一部土を使っているといっても上に人間が見張りとして動き回れる厚みが在るんだぞ。たとえロックスライムがぶつかっても簡単には破壊できない筈だ。
「染み込んできたのよ! 塀の土からにゅるーって!」
「染みたぁぁぁ!!!?」
マジか! スライムの体ってそんなに応用が効くのかよ!
ゲームじゃそんなスライム見た事もねぇぞ! いや、ゲームが現実になったからか。
土の攻撃魔法で塀を作ったり、水魔法で飲み水を確保する。そうしたゲームでは意味が無いからと採用されなかった表現が、現実の世界では魔法の戦闘以外の利用法として形に出来る。
だからスライムもただの液体生物なんかじゃなくて、その体の特性を利用した戦い方が出来るって事か。
「どうするの!? ドンドンスライムが中に入ってくるよ。 このままじゃライオンの檻の中に入れられた餌だよ!!」
「塀の外は!?」
「駄目! ものすごい数のスライムが押し寄せてる! それになんでか硬いのよ! 一発で倒せたブルースライムも何発か攻撃しないと倒せないの!」
隼人が気になっていた事は事実だったのか!
どうする? このまま逃げ出しても塀の周囲はスライムの大群に囲まれている。
けどこの中にいてもスライムに囲まれて殺される。
スライムに囲まれて殺されるとか笑えねーなぁ。
Lv2魔法を取得して威力を上げるか? 全員の魔法の威力が上がれば倒せ、いや威力が上がればMP消費も増える。
何か作戦がいる、誰かいいアイデアは……っ! そうだ!
「ねぇ、どうすれば良いの?」
美香は完全にパニックに陥っている。
安全だと思っていた場所が安全ではなくなったのだから当然か。
「まってろ、すぐに策を考えるからさ」
俺はスマホ取り出しスキルを取得する。
【戦術Lv1】のスキルを。
戦闘を有利に進める為の知恵のスキルを。
取得の際に本当に取得しますかのポップアップが出る。
YESをタップする。
その瞬間、頭の中がすっきりした感覚になった。
「全員塀の上に登れっ!!!」
俺は近くで戦っていた連中にバリアフリーを登って塀の上に上がる様指示を出す。
「急げ! 塀の上に行け!」
スライムの群れから逃げ出す為、イベント参加者達が急いで塀の上に駆け上がっていく。
「巧さん! 皆上がってきてどうするんですか? スライムも上がってきますよ!」
先に塀の上で外周のスライムと戦っていた皐月ちゃんがMPポーションを飲みながらこちらにやって来る。
「それで良いんだ! バリアフリーを登ってくるスライムの最前列を狙って闘うんだ。そうすれば後ろにいるスライムは前列のスライムが倒されるまでは登ってこれない。他の連中は上からレッドスライムを集中して倒してくれ。MPポーションを量産するんだ! 魔法じゃなく水を優先して使え! 最前列と闘ってる奴のMPが切れたら別の奴と交代しろ! 全員で闘うな。夜が明けるまで敵の力が強化されている! 交代で休みながら闘え!!」
「おお、何かエラく頭いいじゃねぇか」
隼人が関心した様に俺を見る。
まぁ戦術スキルのお陰だけどな。
攻撃魔法を持っている連中がバリアフリーを登ってくるスライム達を攻撃していく。
後ろのスライム達は前の仲間が邪魔で動けない。
だがその中でレッドスライムの様な凶暴なスライムは仲間を飛び越えて攻撃してくる。
「飛び越えてきた敵だけを狙う部隊を作れ! 自分の魔法と相性の良い属性の敵を
攻撃しろ!」
全員の動きが少しずつ変わっていく。
コレまで闇雲に目の前の敵と戦っていた連中が、他の奴と交代して敵を選んて闘うようになっていく。
「キャアァァァ!!」
「今度はどうした!」
俺は悲鳴を上げた場所に向かって声を投げつける。
「スライムが、スライムが地面から湧き出てきたの!!!」
「「「「っ!?」」」」
横にすり抜けれるなら上にすり抜ける事も出来るのは当然か。
「地面を氷魔法で凍らせろ! すり抜けが出来なくするんだ!!!」
「分かった!!」
氷魔法の使い手が足元を凍らせていき、そこに他のメンバーが逃げ込む。
「巧君、僕みたいな特定の敵に効果を及ぼせない人間はどうすれば良いんだい!?」
恭一郎を始めとした特殊属性の使い手は特効攻撃を出来るスライムが居なくてチーム分けに参加できないでいた。
「特殊属性の持ち主は苦戦しているチームの救援をする遊軍になってくれ!」
「分かった!」
後は……
「大歳坊のオッサンは身体強化魔法を生かして囮になってくれ! なるべく同じ属性の敵を集めて攻撃を集中させ易くしてくれ」
「承知した!」
一切反論せずに大歳坊のオッサンが下に降りていく。
「クハハハハハッッッッッッ!!! スライム共! こっちだこっちだ!!」
同じ色のスライムを行きがけの駄賃とばかりに殴りながら走り出す大歳坊のオッサン。殴られたスライム達は怒ったのか大歳坊のオッサンを追いかけていく。
そうしてあっという間にスライムトレインの出来上がりだ。
なおトレインとはネットゲームにおけるモンスターを引き連れて走る行為だ。
これはヘタをすると他のプレイヤーに大迷惑をかける危険行為だが、今回は全員が生き残る為の作戦なので有りと言う事で。
そして大歳坊のオッサンが逃げる先にある塀の上には、追ってくるスライムを効果的に倒せる属性の魔法を使える参加者達が待ち受けていた。
「「「「「ファイアアロー!!」」」」」
同一属性の攻撃を纏めた絨毯爆撃を受けてスライム達が全滅する。
「見事っっっ!!! では次のスライムをおびき寄せに行くか!!」
Uターンで新しいスライムトレインを作りに行く大歳坊のオッサン。
自分で頼んでおいてなんだが、元気だなぁ。
「MPが切れる! 交代を頼む!」
「任せろ!!」
役割りを決めて動きがスムーズになった参加者達が俺の指示が無くてもチームを回すようになっていく。
だがまだスライムの脅威は終わらなかった。
「うわぁぁぁ!!!」
「今度はどうした!?」
声のした方向を見れば、誰かが血を流して倒れている。
すぐに回復魔法の使い手が治療をするが、倒れたショックで意識を失ってしまったらしく戦線復帰は無理そうだ。
「何があった?」
近くに居た奴に説明を求める。
「ブルースライムが突然口からすごい勢いの水鉄砲を打ち出して、アイツがそれに当たっちまったんだ!」
ここに来て新しい攻撃だって!?
「キャァァァ!!」
今度は向こうの女子か! だがその傷はブルースライムにやられたものとは違う。アレは火傷か?」
「何があった!?」
「レ、レッドスライムが炎を吐いて来て……」
「退いて! ヒール!」
後ろからやってきた回復班に追い出されてしまった。
しかしレッドスライムもか?
これはまさか、いやそうとしか考えれない。
俺はスマホを取り出して時間を確認する。
現在の時間は23:01。
間違いない。
「皆気をつけろ! 時間が一時間経過する度に敵が強くなるぞ!!!」
「え? 何? えっ?」
「強くなるってどう言う事!?」
恭一郎が下にいるスライムに攻撃をしながら質問を投げかけてくる。
「メールにスライムは夜に強くなるって書かれてた! 実際攻撃を複数回当てないと倒せないブルースライムも出てきてる。けどそれはただ強くなるだけじゃなかったんだ! コイツ等は時間が経つに連れ、少しずつ強くなるんだ! 今は23時! 朝日が昇るまでコイツ等は強くなり続けるぞ!!」
ソレが俺の出した結論だった。
事実敵の攻撃パターンが複雑且つ凶悪になってきている。
火を吐いたり高出力の水鉄砲などの遠距離攻撃を行ってきた。
何とかしないといけない。
強化凶暴化したスライム達を何とかする為の策を考えないと!
「休憩しているヤツ等は現在のスキルポイントと取得できるスキルについて見せてくれ!」
今の戦力じゃ駄目だ。新しい戦力を得る為に全員を強化しないと。それも無作為な強化ではなく、全員を統制しての強化だ。
「おい、そこまで指図を受ける義理はねぇぜ!」
「そうだそうだ。俺達はもう数時間頑張れば逃げ切れるんだ」
どうやら夜中にイベントに参加した連中も居たみたいだ。
「ならアンタ等はどうやって夜のモンスターをやり過ごしたんだ!?」
何か情報を持っていないか?
「お、俺等が参加した時は近くにあんまりモンスターが居なかったからさ。最初の一匹でえらい苦労したから朝まで逃げ回ってたんだよ。そんで朝になったらスライム共が急に弱くなってびっくりしたんだ」
逃げの一手を選んでうまくいった訳か。
ならやっぱり全員のスキルを強化するしかないな。
「ここで魔法を渋って負けたら如何する? ゲームでも現実だ。死んだら終わりだぞ? 俺は強制はしない。お前達がこのスキルなら取得して良いと思ったらそのスキルを取得すれば良い!」
「まぁ、それなら……」
妥協点が見付かった事で俺は彼等のスマホを覗かせて貰う。
そしてMPが切れて交代した連中にも、事情を説明してスマホを見せてもらった。
◆
「よし! それじゃあ皆頼んだぜ!」
「分かった」
「やってみるよ!」
新しいスキルを取得した連中が塀の上を走って配置に付く。
「始めてくれ!」
今、俺達はスライムの襲撃を受けている。
それに対抗する為に土と岩を混ぜた壁を作ったが、ソレが災いしてスライム達は土をすり抜けて侵入してきた。
それだけならまだ対応は出来た。
だがスライム達は時間が経つ度に強化される事が判明した。
なら、方法は2つ、スライムを一気に殲滅するか、スライムに攻撃されても壊れない侵入されない基地を作るかのどちらかだ。
俺は後者を選んだ。
このイベントに参加しているメンバーは多い。全員を生かす事を考えるのなら、守りを重視する必要がある。
その為にあの湖を利用させてもらう。
「「「ストーンウォール!」」」
新しく地属性の石の防御魔法を覚えた連中が湖の底から石の壁を生やす。
石の板は幅が1m、厚みが40Cm程、そして高さが2mある。
それを50Cm間隔で湖の中心に向かって生やしてもらう。
だが湖まで距離が在るので彼等の魔法は湖の辺にしか効果を及ぼさなかった。
「大歳坊のオッサン!」
「心得た!」
即座に大歳坊のオッサンがストーンウォールの魔法を使える奴を担いで湖へと走っていく。スライムが十数匹追いかけるが、それは塀の上に入る連中が攻撃して意識をこちらへと戻させる。
その間に向こうはストーンウォールの魔法を連発。
大歳坊のオッサンは再びストーンウォールの魔法を使えるヤツ等を向こうに運ぶ。
そうして向こうに行った連中は自分達が生やした石の壁に乗りながら湖の中央に向かって石の壁を生やしていく。
しかしそこは湖。中心に向かうにつれて水深が深くなって石の壁が水面まで上がってこなくなる。
「ここでストップだ!」
「分かった! 次土魔法部隊!」
「「「おう!」」」
同様に大歳坊のオッサンに運ばれて土魔法の使い手が湖に運ばれていく。
「「「クレイゴーレム!」」」
彼等が覚えたのは土のゴーレムを生み出す魔法だ。
土製なので性能はイマイチだが、土はそこらじゅうに在る。彼等は湖の淵の土をゴーレムにして湖の中へと沈めていく。
そうして、数十体のゴーレムがつみあがっていき、ついには水上にその姿を現した。
そう、これは埋立地だ。
湖の辺から離れた位置に埋立地を作るのが俺達の目的だった。
出来上がった埋立地に石魔法の使い手が石の壁を召喚、だが湖の水に触れて居た為に、元ゴーレムだった土は直ぐに石の壁を保持出来なくなり壁を倒してしまう。
だがソレも計画通りだ。倒れた石の壁は埋立地の足場になってくれる。
「次、氷魔法使い!」
「「「応っ!」」」
今度は氷魔法使いが連れて行かれ、石畳となった石壁の隙間を氷魔法で塞いでゆく。
これはスライムの侵入対策だ。石の壁と氷でスキマをなくした埋立地なら隙間から襲ってくる事も出来ない。
彼等がそうして埋立地を開発していく俺達もスライムの数を減らす事を心がける。
あの埋立地へ向かう最中に襲われては意味が無いからだ。
◆
そうして、土魔法の使い手達は漸く十分な広さの埋立地を完成させてくれた。
向こうからも出来たとサインが送られてくる。
「よし、埋立地が完成した! 向こうに避難するぞ!」
「「「「よっしゃあ!!」」」」
攻撃魔法で湖に近い塀を崩して簡易的なバリアフリーを作成する。
「ウインドハンマー!」
隼人達風魔法の使い手が迫るスライム達を吹き飛ばし、後続のスライムにぶつけて追撃を遅らせる。
そうして、全員が埋立地へと逃げたら、身体強化魔法で筋力の上がった大歳坊のオッサンが通路として利用した石壁を思いっきり蹴り倒す。
石壁はドミノ倒しの要領で倒れていき、こちらを追おうと迫ってきたスライム達の一部を踏み潰した。
これでここは孤島となった。
「なぁ、本当にコレで大丈夫なのか?」
避難してきた一人が不安そうに聞いてくる。
「少なくとも数で落とされる事は無くなった。レッドスライムは水が苦手だからこっちに来れないし、ロックスライムは重いから、水底から埋立地を登る事はできない」
これで2種類のスライムは無効化した。今も湖の辺からスライム達が遠距離攻撃をしてくるが、ここに届くまでには攻撃の威力が落ちてしまうか届かずに湖に落下していた。
「攻撃もここまではまともに届かない。けど時間が経つと飛距離が増える可能性があるから、もう少し湖の真ん中に向けて埋立地を伸ばそう」
「「「了解!」」」
埋立地の増設工事を行っている間、皆は負傷者の回復をしたり、スキルポイントに余裕のある者は一方的にスライム達を攻撃する為に強力で遠くまで攻撃が届くLv2魔法の取得し始めていた。
「今のうちに敵の数を減らすんだ。優先するのはここにたどり着けそうな奴か攻撃が届くかもしれない奴!」
「分かったぜ!」
「敵の攻撃が不発に終わってから端に近づけよ!」
「分かってるさ!」
隼人達が早速湖の辺にいるスライム達を狩っていく。
敵の攻撃が来た時は真ん中に戻ってきて、攻撃が届かず不発に終わったら即淵に戻って攻撃を再開する。
「これなら朝まで時間を稼げるかな」
まずは第一段階成功。




