第2話 世界はゲームになりました
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ピローン!
メールが届いた音がした。
俺、須藤巧のスマホに見知らぬ誰かからのメールが届く。
しかも送り主は【神】
間違いなくイタズラメールだ。
そう断定した。
「なんだコリャ、神?」
俺の前で菓子を食っていたクラスメートの横沢真澄にも同じメールが届いていた。
「なにこれ? 神?」
「何だ? ミュートにしてたのに音が鳴ったぞ?」
真澄だけじゃない。クラスの全員が自分の携帯やスマホを取り出している。
どうやら全員に同じメールが配られているらしい。
それどころか、教室の入り口から見える廊下や、放課後の校庭を突っ切って帰ろうとしている生徒達も携帯を取り出してみていた。
ここまで来ると気になる。
一体どんなメールなのだろうか?
よくネットを騒がしている外国のハッカー軍団の仕業だろうか?
興味が湧いてきた。
なに、最悪の場合は電源を切ってショップに持っていけばよい。
見られて困るようなデータはない。
強いて言えばこの間始めたばかりのスマホゲーのデータくらいか。
けどそれも課金はしてないから大丈夫だ。
「よし、開けてみる」
俺はスマホを操作してメールを開く。
「おお、勇者だな」
真澄がイスから立って俺のスマホの画面を眺める。
俺達の会話が聞こえていた近くの生徒達も何事かと寄って来る。
こういう時、勇者の行動は輝くのだ。
「なになに?『世界はゲームになりました』?」
「なんだそりゃ?」
真澄だけでなく、近くの生徒達も首をかしげる。
「続きを読んでみるわ」
俺は画面を指でスクロールして続きを読む。
「神様は欲望のままに生き、信仰を無くした人間達の姿にとても悲しんでおられます。それゆえ、神様は人間に試練を与える事になさいました。それがこのワールド・エンド・ゲーム。この世界はゲームになりました」
途中までメールを読んだ所で真澄を見る。
「新手のゲームの宣伝か?」
まぁそう思うわな。
「でもそれにしてはやりすぎじゃない?」
そういったのは長い髪が背中まで伸びるボインだった。
間宮栄子、クラスで3番目の巨乳女子だ。顔はそこそこで性格は普通。
女子バレー部に所属しており、彼女のボインがダンスする光景を見る為に覗きに向かう勇者達の数は多い。なお、バレたら生徒指導のゴリラにみっちり叱られる。
「知らない会社からメールが届いたらおかしいと思うよ。個人情報保護法違反なんじゃないの?」
まぁ、言わんとする事は理解できる。
けど情報の流出なんて今更だよなぁ。どうせそこら辺もコミで炎上商法なんじゃねぇの? それかゲーム会社の親元が電話会社そのものとか?
その辺りの詳細を知る為に続きを読もうとしたその時だった。
「キャァァァァァァァ!!!!」
校庭から、悲鳴が響いた。
「なんだ!?」
全員が窓によって悲鳴の主を探す。
声の主はすぐに見付かった。
校庭の真ん中、陸上部の走るトラックのラインの三番目、そこに真っ赤な染みが出来ていたからだ。
染みの真ん中には歪んだ白い点が見える。
部分的に肌色も見える。
そしてその直ぐ傍に緑色の服を着た人間の姿。
いや、それは服じゃなかった。
デコボコしたその姿は服では無い。
「なんだありゃ? コスプレ?」
そう思うのも無理は無い。
だってその姿は前身が緑色の肌をしており、上半身裸で下半身に黒っぽい布を巻いているだけの姿なのだ。しかも頭はボコボコと歪んでいて、手には茶色い棒を持っていた。
真澄が言ったように、まるでゲームに出てくるゴブリンのようだ。
何かの宣伝だろうか?
そう思ったのは、俺の手に握られたスマホに届いたメールの文章。
『この世界はゲームになりました』という文章を見たからかもしれない。
「きゃああああああ!!!」
突如新たな悲鳴が響き渡る。
「廊下のほうから聞こえたぞ!」
真澄が野次馬根性を全開で廊下のほうに走っていく。
「おい、危ないぞ!」
自分でもなんでそんな事を言ったのか分からない。
けれども、俺の頭の中には警鐘が鳴り響いていた。
危険だと。何か起きていると。
この平和な日本で何を言っているのか、自分でもそう思った。
だがこの危機感に従わずにはいられなかったのだ。
俺の脳裏にはさっき見た校庭の真っ赤な染みの色がフラッシュバックする。
まるで血のような赤。そんな筈はないと理性が否定する。
だが、そのまさかという危機感に従って、俺は何か武器になるモノが無いかと視線を彷徨わせた。
「うわ、なんだお前!? う、うわぁぁぁぁぁ!!!」
「きゃぁぁぁぁぁ!!!」
真澄達の驚く声が聞こえる。
やはり何か起きている。
教室を見回す。
視界に入ったのは消火器。
避難訓練でおなじみのアレだ。
俺はとっさに消火器を持って廊下に飛び出す。
そこで見えたのは、先ほど校庭でうごめいていた緑のコスプレと同じ姿だった。
いや違う、これはコスプレなんかじゃない。
緑色の肌、額から伸びた短い角と下あごから生えた鋭い牙。
その目は白目まで真っ赤に染まった赤い穴の様な眼球。
子供みたいな体型だが、確かな筋肉を纏った肉体。
そして赤色に染まった棍棒と言うのに相応しい太さの木の棒。
そしてその足元には、血に染まった真澄の姿があった。
「真澄ぃぃぃぃぃ!!!」
俺は消火機を振り回しながら緑のバケモノに殴りかかる。
「ギギィ!!」
甲高い声を上げながらバケモノが棍棒で受け止める。
俺は何度も消火器を振り回して攻撃を続ける。
「ギィ!!」
俺の攻撃に業を煮やしたバケモノが棍棒を振り回して対抗してくる。
ブォン!
俺の髪の毛を棍棒の風圧が過ぎる。
その風を感じた瞬間に俺の意識が一気に醒める。
これを喰らって真澄は怪我をした。
喰らうのは不味い。
俺はバケモノから距離を取る為に後ろに飛ぶ。
「ギギッ?」
突然距離を開けた俺に首をかしげるバケモノだったが、その顔が笑いに染まる。
「ギャッギャッ!!」
俺を見て笑っている。
バケモノは面白そうに棍棒を振り回しながら俺にゆっくり迫ってくる。
俺が臆したのを感じ取ったのだ。
我知らずに後ろに下がる。
バケモノが前に出る、俺が後ろに下がる、バケモノが前に出る、俺が後ろに下がる。
背中に硬い感触が当たる。
振り向けばそれは廊下の壁。
そこまできて俺は自分が怯えて下がっていた事を自覚した。
「ギャギャギャッ」
バケモノが追い詰めたぞといわんばかりに笑う。
周囲には誰もいない。
皆逃げてしまったのだ。
俺を置いて。
絶望感。
誰も彼もが俺を囮にして逃げ出した。
俺も殺されるのか? 真澄の様に。
身体が震える。
闘わないといけない。
だが身体が上手く動かない。
こんな状況で一度覚えた死の恐怖を振り払うなんて、ただの学生の俺には無理難題にも程がある。
「ギギィ!!!」
バケモノが棍棒を振り上げ、大きな声で叫ぶ。
攻撃してくるつもりだ!
俺は反射的に身を竦める。
「ギギャァァァ!!!! ッギギ!?」
しかしその声が突然驚きを混ぜたものに変わる。
目を開けるとそこには血まみれの真澄に羽交い絞めにされたバケモノがいた。
「巧! いまだ!!」
何をとは聞かなかった。俺は身体が動くのに任せて駆け出し、消火器を振り上げ、思いっきりバケモノの脳天に振り下ろした。
「ゲピャ!!」
バケモノの悲鳴が上がる。
だが俺は手を休めない。
殴る殴る殴る!!
ひたすらに消火器でバケモノの頭部を殴り続けた。
何度も何度も。
そして……
『パララッララー!!!』
ファンファーレが鳴った。