第10話 幼女の目覚め
真澄がスキルを取得したところで俺達は食事の用意をする事にした。
幸いここには携帯コンロや食器も豊富だ。
念の為寝ている少女の姿を確認できる位置で調理を行う。
「ホームセンターに来たのは大正解だったな」
「ああ、けど何時でも脱出できる様に必要な物はまとめておいた方が良いだろう」
もしもの時の為か。考えすぎだとは思うが、映画やゲームだと大抵こういう所はゾンビとかに突破されちまうのがお約束だからな。
食事が済んだら脱出用の荷物をまとめるとしよう。
◆
「よし出来た!」
俺達の前には殺人的に凶悪な匂いを放つカレーが、俺達の食欲を刺激していた。
つっても、レトルトカレーをチンしただけですが。
「それに惣菜コーナーのエビフライを乗せてエビカレーだ!」
「俺はソーセージを乗せてソースをかける」
真澄がソースを楕円状にたらーりとかけていく。
「真澄、ソースは戦争が起きるぞ」
「心の狭い事を言うな、チーズかけるか?」
「かける」
真澄が粉チーズを手渡してきたのでそれを受け取ってカレーにかける。
「「いっただっきまーす!」」
「モグ!」
口の中にカレーのスパイシーな味が広がる!
重労働して疲れた身体には尚更染みるぜ!
香辛料タップリのルーによって爆発しそうな口の中で、白いご飯が必死の抵抗をするものの、寧ろ白米はカレーの辛さを引き立たせてしまう最悪の結果を招いた。
いかん、このままでは白米が負ける! ここは福神漬けを呼んで援護をしてもらわなければ!
「ラッキョウ開けるぞ」
真澄がラッキョウのビンを開けてカレー容器の淵に並べていく。
むぅ、新たな戦いの火種が生まれてしまうぜ。
しかし……
「ちょっと辛いな」
今回用意したカレーは、いつもなら買う事の無いちょっとお高いカレーをチョイスした。
食べ慣れないカレーは意外に辛く、俺の舌が水を求める。
「み、みずを……」
「ミミズは無いが麦茶とコーラならある」
定番の駄洒落を言いながら真澄がペットボトルを差し出してくる。
「お茶で」
俺は受け取ったペットボトルの蓋を回し、その中身で口の中を冷やしていく。
「ふー、口内で暴れていたカレー共が水攻めで大人しくなったぜ」
「おとなしくなるの?」
ん? なんか急に真澄の声が可愛くなったような?
ちらりと横を見ると、そこには小さな女の子がじっと俺の顔を見ていた。
「……って起きたのか!?」
そう、この子はゴブリンの襲撃を受けて亡くなった女の人の娘だ!
さっきまで眠っていたが、何時の間に起きたんだ?
「おいしい?」
女の子は俺のカレーをじっと見つめている。
「……あー、食うか?」
俺はスプーンでカレーを掬い少女に差し出す。
「んっ」
少女がパクリとスプーンを咥え、カレーを食べる。
「……かりゃひ」
どうやら辛かったみたいだ。
「ほら、これ飲みな」
少女に麦茶の入ったペットボトルを差し出してやる。
「んく、んく……」
ペットボトルを抱えて必死でお茶を飲む少女。
「ぷはー、カラかったー」
ほっとした顔を見せる少女が可愛らしい。
「この子には甘口の方がいいだろ」
何時の間に取ってきたのか、真澄は子供用の甘口カレーを持って来ていた。
「ほら、これはあんまり辛くないぞ」
レンジでチンしたご飯に甘口カレーをかけて女の子に渡す真澄。
妹が居るだけに子供の扱いはお手の物だ。
「ほら、頂きますしないと駄目だぞ」
そのまま食べようとした女の子に頂きますをさせる真澄。
お前は教育ママか。
「いただきます」
もぐもぐとカレーをかけたご飯を食べる女の子。
「辛くないか?」
「だいじょうぶ、おいしいよ」
「そうか」
コレだけ見てると兄弟みたいだな。
……っと。
俺は女の子に見られない様に手斧を工具袋に入れると、そっと立ち上がる。
「ちょっとトイレに行ってくるわ」
「……わかった」
真澄が自分の工具袋に手を当てる。
俺の言いたい事を理解してくれたみたいだ。
んじゃ、汚物を処分しに行きますか。
◆
「ギャギャギャ」
スーパーの野菜コーナーにゴブリンが居る。
どうやら店の奥に侵入していたヤツ等が残っていたみたいだ。
レベルアップの影響で身体能力が上がっていた俺は、モンスターが鳴らした音を聴きつける事が出来た。
こりゃあ一度スーパーの内部を全部調べないといけないな。
もしコイツ等があの女の子を襲ったら大変な事になる。
「まずはコイツ等を狩りますか」
幸いにも、まだ俺の姿はゴブリンに気付かれていなかった。
俺は手斧を構えて後ろからゴブリンに手斧を投げつける。
「ゲギャ!?」
ゴブリンの後頭部に手斧が突き刺さる。
レベルが上がっている影響か、手斧はゴブリンの頭部に深々と刺さっていた。
一応長柄鎌でつついてゴブリンが本当に死んでいるか確認する。
「ちゃんと死んでるみたいだな」
さて、既に入り口は封鎖している。となるとこのゴブリンの死体どうしようか?
うーん、仕方ない。一旦冷凍庫に突っ込んでおくか。
その後はスーパーとホームセンター内の見回りだな。眠くなる前にチェックを済ませておかないと。
しかし俺手斧使ってばっかだな。
そろそろ刀とか欲しいぜ。
◆
スーパー内部のパトロールを終わらせてホームセンターに戻ってくると、真澄が女の子と遊んでいた。
「おう、遅かったな」
「おかえりー」
「ただいま。なにやってたんだよ」
「おりがみ!」
どうやら2人で折り紙遊びをしていたらしい。女の子の前には鶴や紙飛行機などが並んでいる。
「で、どうだった?」
真澄が女の子には聞こえない様に戦果を聞いてくる。
「ゴブリンが居た。そのあとスーパーをしらみつぶしに探して兎が一体。他は居なかったがホームセンターも一度調べ直したほうがいいな」
「分かった。寝るのは鍵をかけられる警備員室にしよう」
「なにはなしてるのー?」
「ああ、大した事じゃないさ」
女の子がやって来たので話はあっさりと打ち切られた。
「そういやこの子の名前何ていうんだ?」
真澄は女の子と仲良くしてたから知っているかもしれないが、俺はまだこの子の名前を知らなかった。
「分からないらしい」
「え?」
「自分の名前が分からないといっていた」
それってまさか、記憶喪失?
「記憶喪失ってやつか?」
「みたいだ。まぁ……お陰で色々助かっているけどな」
なるほど、だからこの子は母親の行方を聞こうともせず、真澄と仲良く遊んでいた訳だ。
だがまぁ、それはこの状況では運がいいといえる。
もし親が死んでいると知ったらパニックに陥って母親を探そうと飛び出しただろうからな。
「じゃあ名前はどうするんだ?」
「……折羽って名前を付けてみた。本人は気に入ってくれたよ」
「……いいんじゃね?」
名前の由来については聞かなかった。
「お前がその名前を付けたいのなら俺は反対しないさ」
家庭の事情には首を突っ込まないのが正しい近所づきあいだ。
などと話をしていたら女の子、いや折羽ちゃんが船を漕いで眠そうにしていた。
「そろそろ寝るか」
「うん……」
「でもその前に歯を磨こうなー」
お前はオカンか。
◆
折羽ちゃんを警備員室に寝かせた俺達は、ホームセンターとスーパーを巡回して、残ったモンスターが居ないか確認した。
「どうやらモンスターはもう居ないみたいだな」
「ああ。漸く安心して眠れるな」
「つってもまだ7時だけどな」
折羽ちゃんは子供だからもう寝ちまったが、俺達はまだまだ眠くない。
寧ろこれからが本番だ。
「なぁ、上に上がって狩りをしねぇか?」
「狩りか……まぁいいか」
俺達は工具コーナーから電動丸ノコの替え刃やらを持ち出してバックヤードからメンテ用のはしごを登り店の屋根へと出る。
どうやらライトの電球交換などの為に上に上がれる仕組みみたいだ。脚立を使って上がろうと思っていたから楽が出来て何よりだ。
「いるいる」
夜間照明に照らされて、駐車場にモンスターの陰が伸びる。
数は5体か。道のほうにも何体か居るけど、むこうはちょっと遠いな。
「んじゃ早速レベル上げをしますか」
「まて」
丸ノコの刃を投げようとした俺を真澄が止める。
「武器にコレを付けとけ」
真澄が差し出したのは細いワイヤーだった。
「コレを結んでおけば後で回収ができる」
成程、回収できればエコだもんな。
「回収出来るのなら手斧を投げた方が威力が高そうだな」
俺は手斧にワイヤーを結ぶと、早速駐車場にいるモンスターを物色する。
「アイツで行くか」
俺は店に近い位置にいる兎を狙って手斧をブン投げる!
「ギィッ!」
手斧は兎に命中したものの、当たり所が良くなかったのかまだ息がある。
やはりスキルLv1じゃ精度や威力が足りないか。
ここは新たに【投擲Lv2】を取得して威力と精度を上げるべきだろうか?
仲間がダメージを受けた事で。近くに居た別の兎達が周囲を警戒する。ゴブリン達は特に反応はない。
同族の方が警戒の鳴き声に反応し易いのかな?
と、そこでダメージを受けた兎に手斧が突き刺さる。
真澄の手斧が命中したのだ。
手斧が当たった兎は数回痙攣したのち動きを止める。
「……レベルは上がってないな。もう二、三体倒す必要があるみたいだ」
スマホを見ながら淡々と報告する真澄。
「っつーかエモノ取るなよ」
親しき仲にもマナー違反だぜ。
「元々レベルは均一にする約束だろ?」
そうでした。
「レベルを上げて【魔法Lv1】と回復魔法の【ヒールLv1】を覚えたいな」
ああ、回復魔法はいいな。
それがあれば接近戦を安心しておこなえる。
「俺は攻撃手段が欲しいな。【魔法Lv1】を取得して何か攻撃魔法が欲しい」
投擲だけだと、魔法しか効果の無い敵が出そうだからだ。
ゲームだとそういう敵はデフォルトだしな。
その日の狩りで俺と真澄はLvを6に上げるのだった。
次のお話から主人公達が魔法を覚えてゲームらしくなります。




