第八話 西園寺柚姫
神と名乗る少年との邂逅の後、自宅に帰ってきた柚姫は夕飯とお風呂を済ませて自室に籠る。
食事中もお風呂の中でも神と名乗る少年の言葉を考えていたけれど未だ答えはでない。
今日はもう寝てしまおうと思い柚姫はベッドに入り眠りについた。
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西園寺柚姫という人物は優秀な人間だ。運動の方は苦手だけれど学力は校内でもトップクラスだ。
それは子供のころからも同じだった。けれど柚姫が勉強が得意なのは好きでやっているからではなく、勉強しかすることがないからだ。
子供のころから友達がいなかった柚姫は家に帰れば勉強をしていた。勉強をしていればお母さんが「えらいね」と褒めてくれるから。
そうやって育ってしまった柚姫は中学生の時あることに気付いた。それは……自分が人と目を合わせることができないということだ。
他人とほとんど関わることなく生活していた柚姫は知らず知らずのうちに対人恐怖症になっていた。
人と目を合わせるのが怖い。
そんな思いは更に柚姫を一人ぼっちへとさせていった。
本当は友達が欲しい。けれど怖くて声を掛けられない。目を合わせられない自分は相手を嫌な気分にさせてしまうかもしれない。
だから柚姫は誰かといることを諦めた。こんな自分が嫌いでここから変わる勇気が出ない自分が更に嫌いになった。
――だからなのだろう彼女が願ったのは。
自分じゃない誰かになってたくさんの友達に囲まれて楽しくお喋りをする生活を送りたいと。
そんな柚姫の願いは奇しくも叶ってしまったのだ……稲垣直人になるという結果で。
自分の望んだ自分の理想がそこにはあった。本当の友達ではないけれど友達と呼べる存在に囲まれ、楽しくお喋りをする生活。
直人の体になると不思議と人と目を合わせるのが怖くなかった。きっと自分の理想としている人物になっているから勇気をもらえたのだろう。
初めての友達と贈る青春は柚姫の心を色鮮やかに染めていった。
だからこそ柚姫は心当たりがありながらも積極的に入れ替わりから戻ろうとはしなかった。嫌いな自分に戻るのがいやだったから。学校という空間だけでもこの幸せを感じていたかったから。
だがそんな願いも長くは続かず、今日という日に柚姫は願いを叶えてくれた神様に出会ってしまった。
もう一人ぼっちの生活は嫌だ。
だから西園寺柚姫の取るべき選択肢は……。
✤
柚姫は目を覚ましベッドから上体を起こす。目覚ましを掛けた時間より五分前に起きてしまうのが習慣となりつつあった。
目覚ましを止めてしまおうと手を伸ばすが、その手は何も捉える事ができない。おかしいなと思いつつ周りを見回してみるとそこは、
「…………ここどこ?」
一度も見たことがない部屋のベッドで柚姫は目を覚ましていた。
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