第六話 事実
入れ替わりが起きてから一カ月が経ってしまうと、二人は入れ替わりが起こる生活に完璧になれてしまっていた。
互いが互いを完璧に演じ、学校中の誰をも欺いていた。
――だが、そんな二人にあるピンチが訪れる。
季節は六月半ばの梅雨。直人たちの学校では二週間後から水泳の授業が始まろうとしていた。
「で、どうするよ?」
放課後。学校近くの喫茶店で直人と柚姫は水泳の授業について相談していた。
直人は最近癖になりつつある内股にならないように足を組むと天井の方を見つめる。
「流石にこの状態で水泳の授業を受けるわけにもいかないし、そろそろ元の体に戻る方法でも考えるか。お前だって裸見られたくないだろうし男の裸も見たくないだろ?」
直人は上を向いていた視線を柚姫の方へ向ける。
柚姫はその視線から逃れるように外を歩く通行人たちを眺めながら口を開く。
「え、ええ、そうね」
心なしか柚姫の顔は少し赤くなっている。
「それはそうと戻る方法に何か心当たりでもあるの?」
「いや、それがいくら考えてもなんもないんだよなー。そっちはなんかある?」
「んー。特にないわね」
二人してうんうんと頭を悩ませていると、
「何を言っているんだい。君たちは既に心当たりがあるはずだよ」
と、小学生くらいの少年がこちらに声を掛けてきた。
それと同時に周囲の動きは止まり、辺りは静寂に包まれている。誰もが止まっている中動けるのは直人と柚姫と少年だけだ。
「誰だあんた?」
二人の前に立った少年に向かって直人はそう尋ねた。
少年は異様な雰囲気を醸し出しながらにこにこと二人を観察している。
「僕は所謂神様さ。君たち二人の中身を入れ替えたね」
少年のその発言に直人と柚姫は驚き、固まってしまう。
「あれれ? どうしたんだい。何も不思議なことじゃないだろう。神様が願いを叶えることなんて」
「願いを……?」
少年の言葉の意味が分からず、直人は聞き返した。
「本当に分かっていないのかい? 君たちは、『自分ではない誰かになりたい』……そう願ったから僕がその望みを叶えてあげたんだよ」
「……そんなこと願ってなんか」
口ではそう言いつつも、直人と柚姫には心当たりがあった。
「そ、それでもなんであんたは今更俺たちの前に現れた? もう入れ替わりが起こってから一カ月も経っているのに」
「ああ、それはね、もう君たちを見ているのが飽きてしまったからね。そろそろ次のステージへと上がってもらおうと思ってね」
「飽きたって……あなたは自分が楽しむためにわたしたちを入れ替えたって言うの!?」
ここまで黙っていた柚姫が声を荒げて、少年に問いかける。
「いやいや、神は人の願いを叶えるが何も選んでいるわけじゃない。君たちの願いが叶ったのは偶然だよ。ただ、その願いに興味を引かれた僕が勝手に見て、楽しんでいただけさ。なんたって神様っていうのは退屈だからね」
さも当たり前のように少年は人間には理解できないことを語る。
「それで次のステージってのは何なんだよ?」
「そう急がなくたっていいじゃないか。久々の人間との会話を楽しませておくれよ」
「俺らはお前となんか話していたくねーんだよ」
「もう、つれないな。まあいいだろう。僕もそれなりに楽しんだ。今日の本題に移ろう」
そのセリフに直人と柚姫は息を呑む。
「次のステージとは半永久的な入れ替わりだよ」
「「なっ!?」」
少年のその発言に直人と柚姫はお驚きを隠せない。
「今回の入れ替わりは本当に入れ替わるかどうかのお試し期間のようなものさ。もし本当に人生をやり替える気があるならその意思をもってしてこの場所に現れるといい。そうすれば君たちの願いをちゃんと叶えてあげるよ」
そう言って少年はその場から消えた。
その後二人は、特に会話もなく店を出て、それぞれの家路についた。
――今は考えなくてはいけないことが多すぎる。
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