第二話 「その、わ、わたしの……ま、まままままま」
「え? うそ? どういうこと!?」
野太くなった自分の声を聴き、あるはずもない息子の存在を見てしまった西園寺柚姫は現在、男子トイレの個室で混乱していた。
「なんで……これ……男子の体……?」
ぺたぺたと体を触ると、感じたことのないごつごつとした固さが手に伝わってくる。
「夢じゃないわよね?」
右手で自分の頬をつねってみたが痛かった。
「と、とりあえず下はこう」
柚姫はぶらぶらと揺れる息子を見ないようにパンツを上げ、スラックスを上げ、ベルトを締める。
「こ、これでよし」
少し落ち着いた柚姫は何か個人情報を確認できるものはないかとポケットを探る。
するとポケットの中にはスマートフォンが入っていった。
「これなら……」
柚姫はスマートフォンのカメラ機能を使い、自分の顔を確認する。
「……稲垣くん?」
そこに写っていたのは同じクラスの稲垣直人の顔だった。
「も、もしかして今のわたしの体には稲垣くんが入っているの?」
柚姫が直人と入れ替わったのは用を足し、拭いた後だ。パンツはまだ上げていない。
「きゃああああああ!!」
柚姫は急いで手に持っているスマートフォンのロックを指紋認証で解除すると自分の電話番号を入力し、電話を掛ける。
『もしもし?』
「もしもし」
電話越しの声は聴き慣れた自分の声だった。
『えっと、君は?』
「は……」
恥ずかしすぎて声が詰まってしまうが、それでも言わなければ取り返しのつかないことになってしまう! そんな一心で柚姫は声を振り絞った。
『は?』
「早くそこから出てください! わたしの体は見ないで!」
要件を伝えた柚姫は個室を出て、すぐさま男子トイレを後にした。周りの男子から送られる奇異の視線には目もくれず……。
✤
女子トイレから出た直人はいきなり腕を掴まれ、人気のないところまで引っ張られた……自分の体に。
そして壁に追いやられた。
そして柚姫は逃がさないとばかりに壁に右手を付け行く手を阻むが……それは傍から見れば壁ドンというやつだ。
「え、えっと何でしょうか?」
直人は自分の体に壁ドンされるという不思議体験に引きつつそう声を出す。
「見た?」
「な、なにを?」
「とぼけないで! 見たんでしょ!?」
「だから何をですか!」
「その、わ、わたしの……ま、まままままま」
「ま? ま、ま、まああああああああああ! い、言わなくて大丈夫ですよ! わかりましたから! 大丈夫です! 見てないです! これっぽっちも!」
自分の顔が熱くなるのを感じながら直人は必死に弁明する。
「ほんとう?」
「…………ほんとうです」
「なによ今の間は! ほんとは見たんでしょ!?」
実を言うと直人は見てしまっていたんだが、かといってその時は足を閉じでいたし、角度的にも見たと言ってえいいものか……。
その後何分も言い合った後、直人は何も見ていないということで柚姫は渋々納得した。
「それで、ほんとうに俺の中身と西園寺の中身が入れ替わったってことでいいんだよな?」
「ええ、そうね。その認識であってるわ」
お互いの意見を交換した後、二人はこういった結論を導きだした。
現在、柚姫の体は直人の意識が動かしていて、直人の体は柚姫の意識が動かしているという状態にある。
「でも、どうしてこんな状態になったんだろう?」
「そうなのよね。そこが謎だわ。お互い頭ぶつけたなんてことはないわけだし」
頭をぶつけて中身が入れ替わるなんてことは創作物ではよくある話だ。柚姫はそのことについて言っているのだろう。
「ただお互いトイレしていただけだからな」
そうなのだ。この入れ替わりはお互いトイレをしていた時に起きたのだ。偶々起きたことなのかそれとも何者かによって行われたことなのかそれすら判断できない。
「情報が足りなすぎるわね」
キーンコーンカーンコーン。
昼休み終了を告げるチャイムが鳴る。あと五分後に五時限目の授業が始まる。
「やば! どうする? 授業始まるけどサボるか?」
「は? いやよ。出るに決まってるじゃない」
「中身入れ替わったまんまなんだぞ!」
「大丈夫よ」
「なんだよその自信」
「稲垣くんの真似くらい簡単にできるわ」
「じゃあ、まずはその女口調やめろ。俺の顔と声でやるな気持ち悪い」
「そうね……じゃなくて、おう! わかった。稲垣くんもちゃんと西園寺柚姫の真似をしろよ」
「わかったわよ。こんな感じでいいでしょ」
「うん。それじゃあ行くか!」
こうして直人と柚姫は中身が入れ替わったまま午後の授業へと向かったのだ。
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