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N.S.A.  作者: 齋藤冬樹
3/3

一番乗り

「なんか今日習ったんだけど」


と<へる>。<へる>の話はいつも唐突である。親に似ているのかもしれない。


「知ってる? 選挙の時ってさ、最初に来た人がやらなきゃいけないことがあるって」


知らないなあ。想像もつかない。

こういうの知っているのは大抵<にね>である。


「<にね>、知ってる?」


「知ってる、ていうか。うん、<ちたへー>さんに聞いてみてよ」


「<ちーた>、は知っているの」


と<ちた>に聞く<へる>。正直予想の斜め上の答えだった。


「うん。実は、投票一番乗りしたことが二度ある」


「なんですとー!」


驚く<へる>と僕。


「実はその時の体験を文書にしたんだよね」


「え、なにそれ。読んでみたい」


「いいけど、随分前のものだからすぐ見つかるかな」


そういってごそごそ PC を探していて、ほどなく見つけてくれたものが以下の、「夢の一番乗り」「孤高の戦い」という題名の二つの文書である。

一読して、思いました。


なにやってんだか。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

夢の一番乗り


◆ ◆ ◆ ◆

(一)


選挙などでその会場での一番初めの投票者にはある仕事が課せられる。


それは投票箱が空であることを確認することである。よく考えればこれは非常に重要なことである。


空でなかったらまずい。空でなかった時に怪しげな別室につれていかれる、なんてことが起きたら大問題である。


私はこの話を聞いた時に是非自分でもこの仕事をやってみたいと思った。ここだけの話だが、私は好奇心旺盛でとりあえず何でもやってみたがる性格があるらしい。


一つ問題があった。投票は朝はやくから行われる。大体六時位である。高校生の時までは夜九時に寝て朝四時に起きるという生活をしていたが、選挙権が得られた頃はすでに五時間くらい後ろにずれていた。またたとえ起きたとしても、あるいは徹夜していたとしても、投票会場が遠いのでいくのが臆劫になり、また寝てしまうのだ。


そのため何回かあった選挙はすべて失敗した。


ところが、引っ越して状況が一変した。今の住所だと投票会場は家の目の前にある小学校なのだ。しかもこの会場ならば、家にいながらにして、人の集まる状況とかを確認できるのだ。


これを逃すことはない。


◆ ◆ ◆ ◆

(二)


ということで、一九九七年七月六日に選挙があった。前日から準備しようと心に決めた。


問題は早起きである。投票は六時半からである。並ぶこともあるかもしれない。


どこぞのお年寄りは実は一番乗りすることを生きがいとし、いつも一時間前くらいにはならんでいる、ということも予想される。うわ、何か本当にいそうだよ。


ということで行動開始は五時にしよう。目覚ましをかけ、タイマーでラジオが鳴るようにセットし、そして自己暗示をかける。「五時に起きる、五時に起きる..........」


しかしこんな時に限って眠れないものだ。


眠りたい。しかし眠られない。そういっているうちに一時間たち二時間たち..........


気がつくとすでに午前二時を回っている。これは死ぬ気で寝ないとまた失敗する。


羊を数えるか。数字を数えるか。息を止めるか。ホーミーの練習をするか。


馬鹿なことを考えているうちにいつの間にか眠りについた。


◆ ◆ ◆ ◆

(三)

............. ふと時計を見る。


五時だ。成功したようである。だが体がまだ睡眠を求めているようである。しかしここで諦めたら好機を棒に振ることになる。


体を起こすとまだ少しふらつくが、大いなる目的の前だ、気合ですっきりさせよう。


何度か体を揺り動かし体操をする。うん、目覚めてきた。


表の様子が気になるので玄関から投票所の方を覗く。


え、

な、

みゅ、


なんと人がいる!


まさかこんな時間から....... ま、負けた........


結構沢山いるぞ。なんてこった。


◆ ◆ ◆ ◆

(四)


ん? ちょっと待てよ。


良く見ると集まっている方々は投票所の係の方のようだ。皆さん椅子を用意したりうろついたりしている。投票所の内外をせわしなく動いている。どう見ても係の人だ。


なんだ。びっくりさせないでくれ。


よかったよかった。辺りを見ても投票者らしい人はいない。そりゃそうだ。まだ五時なのだ。こんなに早くから投票の準備をする人はいない。いるはずがない。


ちらちら様子を見ながら準備をする。いつでも出られる状態にしなくてはならない。


そうこうしているうちに五時四十分くらいになった。通りに人影が見えた。小さい子供をつれた女性である。これは出るべきであろう。


◆ ◆ ◆ ◆

(五)


そそくさと部屋を出て、少し小走りになりながら会場へ向かう。一番乗りである。だが当然会場はまだ開いていない。玄関の前に係の方がおいたのであろう椅子が三脚ある。


その女性は玄関の前までは来たが、椅子のところまでは来なかった。花壇のところで子供をあやしている。


五時五十分頃なぜかお年寄りが多く来た。やはり年寄りは早い。でもまだ三十分以上もあるのに。皆一番乗りを狙っているのか。


いや、どうやらそうではないらしい。お年寄り同士の会話を聞くと皆さん六時だと思っていたようである。そうすればまあいい時刻である。


私を含めて誰もならんでいない。何人かは先ほどの子供をあやしている。また花壇でお話している人もいる。


とりあえず私が一番入口に近い。油断はできないが、もし並ぼうとしている人が来てもさっと入口の前に立つことはできるだろう。間合いを測りながら考えていた。


◆ ◆ ◆ ◆

(六)


時刻は六時十分。何やらおじさんが近付いてくる。いやな予感がする。私は入口に一番近い椅子に座っている。常識的に考えれば、どう見ても私が最初の人の位置である。しかし、一番乗りを狙う人にとってはそうとは限らない。入口と椅子の間にまだ人一人分位のすき間があるのだ。


念のため私は立ち上がり入口の直前に立った。


おじさんは私の近くにまできたがまたすぐ離れていった。私のほかにも椅子に座っている方はいる。諦めたのだろうか。


いや、最初から狙っていなかったのだろう。疑心暗鬼になっている自分を恥じた。


係の人がドアを開ける。時刻は六時二十分。


「後十分で投票が始まります。もう少しお待ち下さい」


係の方がそっと私の方に向かっていった。


「一番の方ですか?」


や、やった。


◆ ◆ ◆ ◆

(七)


その言葉をもらえば、もう将来は約束されたものだ。


「はい、そうです」

「最初に投票する方はやらなくてはいけないことがあるのですが」


知っている、そのために来たのだ。


「最初に投票する方に投票箱が空かどうか確認して頂くことになっています」


しましょうしましょう。いくらでも確認致します。


「よろしいですか」

「はい、もちろん」


ここでやめとけば良かった。


「そのために一番乗りしたのです」


係の方は苦笑していた。あたかも「いるんだよなあこういう人。一年に一回は」というような顔をしていた。ちょっと気まずかった。


◆ ◆ ◆ ◆

(八)


先ほどの係の方はラジオを持って外にいる。どうやら時報を聞くためらしい。時刻は六時二十八分。もう少しである。


係の方が扉に手をかけた瞬間、信じられないことがおこった。


先ほどのおじさんが割り込んできたのだ。


ええ、おい、ほんとかよ、ちょっとまて...


時報がなる。


「はい、お待たせいたしました」


おじさんは扉が開くと同時に中に入り込んだ。唖然としてしまった。


◆ ◆ ◆ ◆

(九)


はっと我に帰る。そうだ。まだ勝負は終っていない。それにしてもずるい方だ。人を安心させておいて。


急いで受付を済ます。そうだ、まだ書く時間がある。おじさんよりも早く記入し投票すれば良いのだ。


現在おじさんとはほんの少しの差しかない。急いで記入だ。


早歩きのような状態で記入所に向かう。で候補者の名前を書き、箱へめがけて一直線だ。他のことは気にせずに進んだ。


後一歩だ。こんなところで夢をかなえないで負けたらどうする。ここで負けたら一生負け続ける気がする。それでもいいのか。


そして........ だれも前にはいなかった。


◆ ◆ ◆ ◆

(十)


ふと後ろを見るとおじさんがいる。おじさんは無表情だ。しかし私には悔しがっているように感じられた。そう、割り込みは良くない。正義は必ず勝たなくてはならないのだ。


投票箱の前で係の方がいう。


「それでは、確認して下さい」


両手で投票箱を持って開ける。なるほど箱はこのような仕組みになっているのか (これから一番乗りをする方のためにあえて描写しません)。


「何もありませんね」

「はい、ありません」


そして別の係の方にこういわれた。


「一番乗りしたかいがあったでしょう」


うん、うん。


「いい気分でしょう」


うん、うん。


しかし、勝負が終ってみれば、何やら虚しい.........


◆ ◆ ◆ ◆

(十一)


ということで私は長年の夢である、投票所一番乗りを獲得した。


正直にいって得られるものは少なかった。


しかし何ものにも代え難い充実感が私の心を満たしていた。


またここに戻ってこよう。何度でも挑戦しよう。係の方に「また挑戦ですか」とかいわれてもいい。顔を覚えられてもいい。呆れられてもいい。前日徹夜してもいい。


なぜ一番乗りにこだわるのだろうか。それはきっと、そこに空の投票箱があるからなのだ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

孤高の戦い ——続・夢の一番乗り——


(一)


ふと思い出す。以前の戦いは某おじさんとの熾烈な争いで得た勝利であった。そして戦いの日から既に二年近くの時が経った。


これまで何回か戦いの機会は訪れたのだが、私の個人的事情で不戦の日々が続いていた。不在者投票という形式で私は戦いを避けねばならなかった (余談だが不在者投票を主題にこのような小説を書く予定だったのだがあまりにも簡単にすんだのでドラマがなかった。「はじめての不在者投票」という題名まで決めていたのに)。某おじさんや、まだ見ぬ新たな強敵のことを思い、期せずして「勝ち逃げ」となっていたことを日々憂いていた。


そして、ついに時が来た。


一九九九年四月十日。東京都都知事および衆議院議員補欠選挙が明日へと迫っていた。


翌日の戦いを暗示するように激しい雨が降っていた。


◆ ◆ ◆ ◆

(二)


今回の戦いは開始時刻が七時からとなり、前回よりも三十分遅くなった。そのためさらなる激戦が予想される。


ひどい鼻づまりに悩まされていた私は、良く効く薬のおかげで前日の昼から大変眠く、期せずして夕方位から睡眠をとってしまった。一度夜に起きて夕食をとり再び寝なおした。


早めに寝た上開始時刻が遅れたので寝坊に悩まされることはないはずだ。


激戦にはやる心を抑え眠りについた。外の雨が激しくなったように感じた。


◆ ◆ ◆ ◆

(三)


…………………目が覚めたら五時半であった。大成功である。


玄関から会場を覗くと、会場の準備がようやく始まった頃のように見受けられた。当然まだ外で待っている人はいない。


とりあえず十五分毎に外の様子を覗くことにしよう。


前回は投票開始五十分前くらいに人が来たのであるから、ちょっとでも気が抜けない。今のうちに着替えて万全の準備をしよう。


昨晩の雨は激しく静かに続いていた。


◆ ◆ ◆ ◆

(四)


五時四十五分。まだ大丈夫のようだ。


◆ ◆ ◆ ◆

(五)


六時。人通りは寂しい。


◆ ◆ ◆ ◆

(六)


六時十五分。おい、まさか……………。


◆ ◆ ◆ ◆

(七)


六時半。え、そんなことって…………。


◆ ◆ ◆ ◆

(八)


六時四十五分。


……………


……………


だ、誰も来ない(笑)。


……………


……………


雨は依然として降り注いでいた。私の心も流されそうであった。


◆ ◆ ◆ ◆

(九)


六時五十分。業を煮やした私は家を飛び出した (曲がった鉄砲玉というのはこのことか、どういうこっちゃ)。


玄関に到着すると係の人が出て来た。多分前回の戦いの見届け人と同一人物である。


係「えと、一番乗りですか」

私「はい」

係「ちょっとお待ち下さい。一応決まりで時間前には入れられないので」


百も承知である。


雨はそれでも降り続ける。


◆ ◆ ◆ ◆

(十)


係「晴れているとラジオ体操からお年寄りが沢山流れてくるんだけどね。あいにくの雨のせいか、来てませんね」


なるほど、そういうことか。


この時、私は心の中で、この虚しさの原因の雨を伴奏に、「ロンリー仮面ライダー」を歌っていた。


六時五十七分になってようやく二人ほど現れたが、そんなことはもうどうでも良かった。


◆ ◆ ◆ ◆

(十一)


係の方の声を上の空で聞いていた。


「最初の方には投票の箱が空になっていることを確認してもらいます」

知っている。そのために今回も来たのだ。しかしこの虚しさをどうしてくれるんだ。


「まずこちらの箱です。ご確認下さい」

確かに私は勝った。けれども防衛したことにすこしの嬉しさも感じないではないか。


「今度はこちらの箱です。ご確認下さい」

前回あれほど盛り上がったのに、結局全然劇的でないではないか。「夢の一番乗り」を好きだとおっしゃる方も多いというのに、これでは久しぶりの新作も出来ないではないか。


「一番乗り気持ちいいでしょう」

多分前回と同じ係の女性にいわれた。


「はい」

そんなことはないぞ。ぜんっぜんっ嬉しくないもんね!!!!


「次回も是非一番乗りして下さいな」


なに!?


◆ ◆ ◆ ◆

(十二)


よくいってくださりました。根が単純なせいか、私の迷いと憂いが全て吹きとんだ。


強敵は全て雨に負けたのだ。そうだ、そう考えよう。


その雨に唯一私は勝ったのだ。一見不戦勝だが、実質は私の努力で勝ちを得たようなものだ。


そうだ、また来よう。何度でも来よう。そしていつまでも一番乗りを続け、空前絶後の優勝者として名を歴史にとどめよう。


「はい、また来ます」


係の方に返事をして私は会場を後にした。


(完)


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「随分前に書いた文だから、なんか恥しいね」


「うん、ちょっとなんかいたたまれない気持ちになる」


正直に感想をいう僕、


「え、なんかすごい」


と無邪気な<へる>、そして


「なんか今読んでも呆れるわね」


と目を細める<にね>。


「実はあれ以来、結局、一番乗りしてないんだよね」


「そうなんだ。ここまで、つたないなりに盛り上げておいて」


「拙いはまあそうなんだけど。今書けばもう少しうまく書けるかな。でもその時の勢いってものがあるからね。あえて手を入れずそのままみんなに読んでもらいました」


<ちた>はそういって遠い目をした。


「多分今度の選挙でもこれに似たドラマがいたるところで繰り広げられると思う。そしてその次もその次も、毎回人と場所を少しずつ変えながら、未来永劫語り継がれていくのだと」


なにまとめているんですか。


「そのエネルギーを別のことに使ってほしいんだけど」


と<にね>。僕もそう思う。

(一部?)フィクションです、念のため。


時事ねたはすぐ廃れるのですが、予定変更して挿入しました。

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