逃避行日誌 5
ジンがオーク関連の依頼を引き受けたのは此れが初の事でもない。
そもそも、受付嬢に頼まれたから引き受けたのではないのだ。
ジンはオークの巣とも云える集落ができる危険性を把握しているからこそ依頼を引き受けた。
3人の冒険者は云わば付属的な扱いだった。
先ずは有力な情報を持っているであろう3人を確保するのだから真っ先に救出に向かうのは変わりないが目的が違う。
オークの集団が居るという事態が拙いと知るからこその受諾。
ジンとして動く理由はそれが一番だった。
何故なら、オークは豚頭鬼と言われるだけあって太っているという問題がある、その個体は別段強くない、団体になったとしてもゴブリンやコボルトの集団に毛が生えた程度の相手である。
しかし、厄介な事に太っていているという事は、上級の魔物の餌として、ゴブリンやコボルトの団体に比べると狙われやすい。
しかも性質が悪い事にあらゆる動物や魔物を苗床として繁殖する。
増殖スピードでも他の魔物の追随を許さない程に爆発力が凄まじい。其れを目的として、オーガと言われる鬼種魔族から下手をすればワイバーン、果てはドラゴンといった竜種まで誘き寄せかねない。
そうなればランクSクラスのPTでの討伐どころか団体様でのお迎えが必要になる。
それまでにどれ程の被害がでるかが恐ろしい。
辺境地帯であるから、そういった魔物や竜種も存在はしている。
だが、それは村からも距離のある奥地の話であって、村に近い街道やその付近に集落が作られると奥地の上級の魔物が表に出てくる、それをジンは心配したのだ。
過去に山奥に存在した筈のオークの集落が自然災害を受けて近隣に移住し、その集落を目掛けて竜種が襲い掛かった事に出くわしたジンだからこその警戒だった。
「厄介な事になってなきゃいいが……」
これは組合の仕事の振り分けなどが問題ではなく自然災害と認識されている。
どちらかと言えばこの村の組合は辺境だけに素早い対応をしたと言える。
「うーん、竜を倒したのも情報が行ってたかな?」
このジンの推測は僅かに違うが、当たらずとも遠からずといった所か。
実際にはオークの巣を一人で壊滅させた冒険者として報告も連絡もされておりカードに情報が記載されていたのである。
竜を倒したなどとなれば、その時失恋中に関わらず寄ってくる相手などが煩わしいと思ったジンが素材丸ごとアイテムボックスへと放り込んだ事で露見していなかったのだ。
今更過ぎて問題にならないと思うし、素材を今提出してもシャロがなんとかしてくれるかな? 等と考えながらジンはどんどん森を進んでいく。
水晶と魔石を組み合わせて作ったアイテムを使っているので既に目標は捕らえていた。
何故動かないかまでは判らないが、既に3人共に生存しているのは判明している。
一応彼らの周囲に魔物や魔獣の反応も無いようなので問題は無い。
3人に関しては緊急性は順位度が低いが、先ほどの懸念があるのでジンは急いでいる。
完全に直線に走れる訳でも無く、空を飛んでいくのも何処から何が狙っているか判らないので森の木々を避けながらの疾走となっていた。
「しかしゲームの開発者って良く考えるよな、仕組みを作るのは大変だったけど」
手持ちの水晶からもたらされる情報映像は、近年のゲームで付いてないとユーザーの不満度が高まる位に標準装備のマップそのままの仕様であった。
何処の世界に脳内投影式と言えるようなマップシステムがあるか! と突っ込みを入れるだろうが、脳内投影だけじゃなくホログラム方式もとれるような魔道具でありジン自慢の一品だ。
そこまでするなら自分の脳内でやればと済む話だと思われるだろうが、脳を仕様すると言う事はそれだけ意識などの割合を割く事になる危険性がある。
一方で魔道具であれば壊れても本人製作の一品であり、魔法に割くの脳内のキャパシティを温存した上で複雑な処理まで任せる事が可能になる。
言わば機能限定の魔法式タブレットといったところだろう。
今回でいえばマップの機能と魔力探知、生命探知の同時起動、そしてその反応から魔物や魔獣、そして種族まで魔力波形からのフィードバックによってマップに投影するといった具合である。無論それだけに能力が留まっていないけど。
「うーん、生命反応が一つだけ弱まってきてるな、剣士か……」
前にも述べた通り、ジンは特殊な性癖では無く、大いなる勘違いによって野郎同士でつるむ方がいいと思っている程であり男だから助ける価値が云々などと考えない。
逆にもしかしたら「理解者ができるかも!?」などと思っているだけに、更に速度を上げるべく肉体強化の魔法を発動した。
「止まれ! 誰だ!?」
誰何したのは森林斥候の光輝人の男性だった。
「おっと、救援の依頼を受けたお仲間だ、メイさんに頼まれた」
「メイに? そうか予定より帰還が遅れたから……にしては早い到着だな」
通常の探索であれば仮に日の出と共に捜索が依頼されたとしても運が良くて夕方頃で早い程と為れば、太陽が真上を過ぎた当たりに到着しているジンを訝しむのも仕方がなかろう。
「とりあえず、状況の確認の前に、その男の手当てからだな」
移動中はアイテムボックスに放り込んでいた袋は既に取り出して腰に括り付けてきている。
怪我の具合からして特殊な薬もいらないだろうと組合から持ってきた物を与えて念の為に解毒と治癒の魔法を掛けておく。
「それで、何が原因でギルド指名を受けるアンタ達がこんな状況になった?」
ジンの疑問はそこである、ギルドが信頼をよせるPTとして依頼していた筈なのだ、少なくとも森林斥候でしかも光輝人が担当していれば腕前は相当なものだ。
「オークの集落の探索に成功した所で引き返そうとしたんだが、亜緑地竜の群れに襲われたんだが、一匹亜種がいてな」
「その時背後から来た奴に私が襲われて、庇ったイロンが」
もう、亜緑地竜まで集まってるってことは相当のでかさの集落が出来ちまってたか? とジンは次の手を打つべく質問した。
亜緑地竜は亜竜の一種で巨大なトカゲで意外程動きが早い。
「オークの集落の規模はどれぐらいだ」
その規模によっては亜竜なんて括りでは済まない奴が出てくるだろう。
「成体で200を超える程の集団だ、恐らく何かに追われて奥から固まって移動したんだろう」
最悪の事態というやつか……いや、まだ集落になりきっては居ないか、どちらにせよやらんと被害が増えるなとジンは即断した。
「取り合えず、イロンの傷が治るまでここで待機だ、その後3人を安全圏まで逃がす」
「わかった、宜しく頼む、俺はシルタ森林斥候ランクはC2だ」
「私はケイト魔術士C3です、宜しくお願いします」
「宜しくな、ジン、ソロだからなんでも有りだ、ランクはB10、暫く見張りは俺がやろう二人は休んでくれていいよ」
大体においてこのソロに何でも有りというと驚かれてしまうジンなのだが、これも致し方無い。
通常はPTを組むのが常識と言ってよい。
PTとは互いの欠点を補い安全を確保する為でもあり依頼を受けやすくする為だからだ。
PTを組みやすく円滑にするには大まかにいって、斥候、前衛、中衛、後衛と職が分かれる。
斥候
レンジャー、スカウト、特殊な所でシーフといった具合で主に罠の解除や敵の偵察、そして戦闘では罠を仕掛けたり距離を取って攻撃を得意とする。
前衛
ファイター、ソードマン、シールドタンク、滅多に居ないがナイト等もいる。敵の正面に立ち仲間を守る者やダメージソースとなる職が多い。
中衛
ファイター、アーチャー、レンジャー、スカウトなど武器が槍や弓もしくは投擲する物を得物にしているダメージディーラーが中心。稀にヒーラーでもこの位置にくる。
後衛
基本的に魔法、魔術といった遠距離で尚且つ直接攻撃に向かない職のポジションもしくはヒーラーの位置がここになる。
この様に他人に示す職があれば、自分が得意とする場所が決まりPTを組みやすいのである。
ソロのソードマンなどがFランク当たりでは普通に見かけられても、Dランクになれば滅多にお眼に掛からないのが通常の冒険者の世界である。
PTは多すぎても少なすぎても駄目であり、3~6人のPTが多くなる。時折大規模討伐などの依頼などではPTを集めて臨時の集団を作る事はあるが滅多に無い事で、早めにPTを組まなければ人員補充などの機会以外にPTに入れなくなる。
ジンの常識ではソロで活動するのも普通であるだけに意識の差は大きい。
だが先日のBランク昇格はこの場合において話を聞いた2名を安心させる材料となった。
ソロでありながらB10になったというだけで実力を証明している。
ジンは手持ちの道具から竜肝香を取り出して火をつける。結界魔術を見せるわけにもいかないので応急措置ではあるがこれで殆どの魔物は近づかない。犬が狼のテリトリーを怖がるのと同様に竜の香りがする場所に近づく魔物は居ない。
見張りを交代する前に糸で結界を作り上げる。この糸も唯の糸ではない、竜の血に浸してジンの魔力でコーティングした特別製である。
この作業をみても普通の冒険者なら嫌魔香を炊いて糸で簡易な警報装置を作っているぐらいにしか思わない。
さてどうするか、とジンはこの後の事を考えながら食事を済ませた。