第十二話『よみがえりしものたち(前編)』
「……いい風だ」
縁側に腰掛けた機十郎がしみじみと呟く。その視線の先には、白いシーツをかぶせた戦車がある。
「鉄の棺桶とは……よく言ったもんだ」
砲塔と車体を白い布で覆ったその姿が、まるで大きな棺のように思えた。
機十郎は小さくため息をつくと、目を閉じて深呼吸をした。
しばしの間、風が運ぶ木の葉の香りを楽しんでから、機十郎は後ろを振り返った。
「楓ちゃん、手伝ってくれてありがとう。もう座ってて」
「そうか? また手伝えることがあれば言ってくれ」
台所では由機と楓が食器洗いと片付けをしていた。
機十郎は二人の背中に優しく微笑むと、再び庭の戦車に視線を移した。
「さて……どうしたものか」
顎に手を当てて、やや困り調子で呟いた。
「お祖父様。エンジンと駆動系のメンテナンスはしないのか?」
楓が機十郎の隣にしゃがんで声をかけた。
「やめておこう。二人だけでやれば朝までかかる。今は工具もないしな」
「そうか……」
楓はやや沈んだ声で返事をした。
「……楓。あの戦車……チハのことは何かで調べたのか?」
やや間を置いて、機十郎が戦車に目を向けたまま問いかけた。
「お祖母様の遺品整理をしていた時に、鹵獲戦車についてのレポートを見つけた。中でも、九七式中戦車と九五式軽戦車のレポートはかなり詳細なものだった。今は家に置いてある。後でお祖父様にも見せよう」
楓は嬉しそうに言うと、自らも機十郎の隣に腰を下ろした。
「なるほど。ナターリヤは鹵獲戦車の評価試験部隊にいたからな。それにしても、軍機扱いの書類を自宅に隠し持っていたとは」
「それだけお祖母様は戦車が好きだったのだと思う。お祖父様と同じだ。だから私も戦車が好きになった」
楓はそう言って機十郎に微笑みかけた。
「……お前があいつを見ても驚かない理由は、それだけか」
機十郎は楓の視線を赤い瞳で受け止めながら、言葉を投げかけた。
「お祖父様……」
楓は一瞬だけ寂しげな表情を見せた後で、庭の戦車に目を移した。
「あの戦車……いや。お祖父様がこうして蘇ったのは、きっと――」
「二人とも! 西瓜を切りましたよ」
会話の途中で、由機が居間から声をかけた。
「おっ、ありがたい! 楓……さっきの話は、また後でな」
目を泳がせる楓の肩を優しく叩き、機十郎が腰を上げる。
「……はい、お祖父様」
機十郎に促され、楓はゆっくりと立ち上がった。
機十郎の背中を見下ろして、楓は初めて自分が祖父より長身であることに気づいた。
自分の方が恋人より三センチ背が高かった――そう語るナターリヤの笑顔を思い出した。
「それで、あの戦車はどうするんですか?」
西瓜の種を几帳面にスプーンで取り除きながら由機が尋ねた。
「……あ、やっぱり聞くのか」
機十郎はきまり悪そうに呟くと、扇形に切られた西瓜にかぶりついた。
「当り前じゃないですか。あのまま置いておけると思ってたんですか?」
由機は呆れ顔のまま、大口にならぬよう品良く西瓜の上端部をかじった。
「思っちゃいないさ。だから点検をしていたんだ。幸か不幸か、主砲も機銃も錆びついて発射不能だ。銃刀法には抵触しないかも知れん」
「それじゃ、警察に……あの拳銃も、遺品整理をしたら出てきたと言えば問題にならないと思いますから」
由機の発した『警察』という言葉に、楓が小さく眉根を寄せた。
「ふぅむ……警察か。軽い気持ちで届け出ても、いいことは何もないぞ。人相の悪い連中に根掘り葉掘り聞かれて、厭な思いをするだけだ」
身に覚えがあるのか、機十郎はうんざりしたような声で言った。
「えっ……でも、物が物だけに……隠しておくわけにはいかないでしょう?」
由機が僅かに表情をこわばらせる。
「そう、『物が物だけに』な。考えてみろ、昨年の夏には長野、今年の春には東京で毒ガスを使用したテロ事件があったばかりだぞ。警察はまだ神経質になっているはずだ」
西瓜をかじろうとしていた由機はその言葉に驚き、左手前に座る機十郎の顔を見た。
「毒ガスや細菌兵器の製造に、それを散布する為の軍用ヘリの購入。自動小銃の密造……まるで映画やスパイ小説に出てくる悪の組織だな。テロの実行犯もまだ逃亡を続けている。この状況で戦車が見つかったなんてニュースが広まれば、大変な騒ぎになるぞ」
「……どうして、その事件を知って――」
言いかけて、由機は戦車の中から現れた機十郎が発した言葉を思い出した。
――久しぶりだな。由機……九年ぶりか――
目の前の青年は……今が一九九五年だと知っていた――。
「お祖父様。お祖父様は……どれだけ今の世界のことを知っているのだ?」
由機の疑問を楓が代弁した。
「何でも知っているわけじゃない。国際情勢や世界各地の戦争と紛争に関する情報が、一通り頭に入っている程度だ」
由機と楓は手にしていた西瓜を置き、機十郎を見た。二人に促されていることを悟った機十郎が、更に言葉を続ける。
「冷戦も終わり二十一世紀も間近だというのに、世界は平和とは程遠いな。ソ連軍が撤退した後も、アフガンでは未だ内戦が続いている。ソ連は崩壊し、ロシアは民族紛争を抱え込む身だ。イランとイラクの戦争は終わったが、イラクはクウェート侵攻で国際社会の反発を受け、アメリカ中心の連合軍に敗北した。バルカン半島では民族主義が過熱化しユーゴスラビア連邦が崩壊。紛争はあと五年は続くだろう」
そこまで話して喉が渇いたのか、機十郎は麦茶を一口含んだ。
「ふぅ。アジアに目を向ければ、インドとパキスタンは戦争一歩手前だ。パキスタンは北朝鮮・イランとミサイルや核の技術を提供し合っている。これらの国々が核武装をするのも遠いことではあるまい。朝鮮半島では軍事的緊張が続き、中国では『民族自治区』と称する支配地域で少数民族への弾圧が続いているようだな。アフリカの混乱は変わらず、アンゴラやソマリア、シエラレオネの内戦は終わる気配を見せない。昨年はルワンダで戦後最悪規模の大虐殺が起きた。そして日本は相変わらず中国にロシア、北朝鮮から矛先を向けられている状態だ……情けないことに、北方領土と竹島は奪われたまま。ざっとこんなところでいいか?」
由機は思わず唾を飲み込んだ。居間に置いてある新聞や本を読んだだけで、これほどの知識を得られるとは思えない。
「話を戻そう、由機。世間はお前が思っているほど優しくはないぞ。何か騒ぎがあれば渦中の人間とその周囲をあれこれ詮索し始める。『火のないところに煙は立たない』と考えてな。報道関係の奴らは更に厄介だ。お前だけじゃなく、友達や学校、近所にも迷惑がかかるぞ。これまで通りの日常を失いたくなければ、警察に言うのはよせ」
機十郎は話に水を差されぬよう一息に言い切って、再び西瓜にかぶりついた。
「うむ、甘くてうまい」
「友達……」
由機はそう呟きながら、横目で楓の様子を窺った。楓はそれを待っていたかのように、口を開いた。
「私のことは心配いらない。だが、君には生徒会や文芸部の活動があるだろう、ユキ」
「うっ……」
初美や麻衣子達の笑顔が由機の脳裏をよぎった。
「それじゃ、どうすれば……」
由機が見せた困惑の表情に、楓も表情を曇らせる。
二人が黙り込んだことで、居間には機十郎が西瓜をかじる音だけが響き渡る。
「お前も、見てみるか」
「え……?」
機十郎はティッシュに西瓜の種を二、三粒吐き出してから、由機の目を見た。
「あの戦車……チハさ」
「チハ……?」
由機は戸惑いの表情を浮かべながら聞き返した。力強さに欠けるその名は、戦争の為の道具としては、およそ似つかわしくないように思えた。
「そう。九七式中戦車……またの名を『チハ』という。庭にあるのは四七ミリ砲を搭載した改良型だ。今の時代じゃ『九七式改』とか『新砲塔チハ』とか呼ばれているらしいな。俺達はその主砲にちなんで『一式』と呼んでいたもんだが」
「……それを見たからといって……」
そこまで言って、由機は口ごもる。
「……ユキ」
楓が由機に声をかけ、立ち上がった。
「近くで見てから、考えてみてはどうだ」
「楓ちゃん……」
由機はしばしの逡巡の後、自らも立ち上がって頷いた。
由機は機十郎の後について、庭へと降り立った。
庭を照らす電灯の光を受け、戦車の各部にかけられたシーツがオレンジ色に染まっていた。
「本当なら、お前達を近づける気にはならないんだが。帝国陸軍戦車の車内には断熱材として石綿の内貼りが施されているからな」
「え! アスベスト……!」
戦車に近づこうとしていた由機が慌てて歩を止める。
「ははは、安心しろ。砲塔からも戦闘室内部からも、そんなものは消え失せていた。誰が取っ払ってくれたのか知らないが、親切なことだ」
由機は機十郎の言葉に安堵の吐息を洩らし、再び歩を進める。そして戦車の左側面に立つと、その全身を見渡した。
『チハ』という名前の響きもあってか、それほど大きくない戦車だと思っていたが、実際に近くで見ればその車体と砲塔は巨大に感じられる。
機十郎が主砲にかけたシーツを取り払う。由機は思わず息を呑んだ。
「これが……この戦車の大砲……」
「そう、これがこの戦車の主砲。一式四七粍戦車砲だ」
――まるで、巨人の手に握られた短刀のよう――。
砲塔に搭載された主砲――一式四七粍戦車砲。それは『大砲』と呼ぶにはいささか小さいものの、砲身の根元を覆う角張った駐退復座機カバーと相まって、一種異様な迫力が感じられた。
歩兵一人一人を相手にし、殺傷する為の武器ではない……この主砲は、人間よりも遥かに強靭な皮膚を持つ鋼鉄の猛獣――戦車を噛み殺す為の牙なのだ。
軍事的知識は皆無といってよい由機だが、この戦車が担う戦術的役割と兵器のみが持ち得る凄みを無意識のうちに感じ取り、言葉を失った。
「あまり強い戦車じゃないんだがな、こいつは」
機十郎が赤く錆びついた主砲を撫でながら、苦笑交じりに呟いた。
「そう……なんですか?」
「残念ながら、な。九七式ってのは、皇紀二五九七年……つまり昭和十二年に制式化されたってことだ。その頃ならドイツやソ連、イギリスの戦車と比較しても遜色の無い戦車だったんだがな。同じ年に支那事変で戦争が本格化してから終戦まで八年……各国が強力な新型戦車を開発し、配備してゆく中……それでもチハは第一線に立ち続けた」
機十郎は寂しそうに微笑み、ため息をついた。
「こいつは主砲を換装した改良型だが……各部隊への配備が本格化した時には、もう遅かった。アメリカやソ連の主力戦車とはまともに戦えない、時代遅れの代物になっていたんだ」
そこまで話して、機十郎は由機に振り返った。
「……すまん。退屈な話だったろう?」
由機は慌ててかぶりを振った。
「いいえ! 退屈だなんて……そんなこと、ないです」
「ははっ、無理するな。兵器の話を聞いて喜ぶ女の子なんざ、そうそういやしないってのは俺も分かってるさ……な?」
機十郎はにやりと笑って楓に水を向けた。
「……それが普通だということくらいは、私だってわかっている」
楓が苦笑しながら応えた。
由機はそっと手の甲で額の汗を拭った。
機十郎に返した言葉は、偽りではなかった。戦車という恐ろしい戦闘機械に興味をひかれる自分が……確かに存在した。
シーツの隙間からのぞく錆だらけの装甲に、由機はそっと手を当てた。
冷たく、がさがさとした手触り。その感触はお世辞にも心地良いものとはいえない。しかもその表面は、乾いた血のような赤錆で覆われている。
少し触れただけだというのに、指と掌には錆が付着し茶色に汚れてしまった。
「あーあ。手を洗わないとな」
その様子を見ていた機十郎がやや困り顔で言ったが、由機はそんな声は聞こえていないかのように、戦車の装甲板を食い入るように見つめ続けた。
「……これは……?」
由機は車体上部側面に文字が書かれていることに気づいた。電灯の光でうっすらと浮かび上がる白い文字は、『霊』と読み取れた。
「漢字が……『霊』……?」
「霊……何だと……!」
機十郎が、小走りで由機の隣にやって来た。
「本当だ。昼間は気づかなかったが……! 電灯の光で浮かび上がったのか」
機十郎は不意に真剣な表情になり、車体左側面を覆うシーツを払いのけた。
「……お祖父様。何と書いてあるのだ?」
楓が後ろから機十郎に問いかけた。
「……霊山」
機十郎は『霊』と『山』――二つの文字を見つめながら、やや低い声で答えた。
「リョウゼン?」
楓が耳慣れぬ言葉に眉をひそめる。
「そう、『霊の山』と書いて『りょうぜん』と読む。俺が名付けた……俺が乗っていた戦車の名前だ」
機十郎はそう言って、錆を拭うように装甲板の表面を掌で擦った。
白い塗料で書かれた文字が、はっきりと浮かび上がる。
「莫迦な……俺の戦車は満洲で撃破されたはずだ。八五ミリ砲弾の直撃を喰らって、八つ裂きにされた。それが、どうして……」
機十郎は目の前の文字を見つめながら、その場に呆然と立ち尽くした。
「お前なのか……本当に」
機十郎は震える手で、錆だらけの装甲板を撫でさすった。
「あの……」
由機は機十郎に声をかけようとして、思いとどまった。
機十郎の目に――光るものが見えた。
「霊山……お前なのか」
機十郎はまるで戦友に語りかけるように、その名を呼んだ。
「霊山……」
由機は思わず、その名を口にしていた。
――それが、この戦車……ううん。あなたの……名前なのね――。
由機が心の中で戦車に語りかけ、再びその装甲板に手を触れた、その時だった。
三人は同時に息を呑んだ。
突然、戦車が青い光を発しながら震動し始めたのだ。
「な……何?」
「由機、離れろ!」
機十郎は戦車から離れようとしない由機の両肩を掴み、戦車から引き離した。
「あっ!」
反応の遅れから足がもつれ、倒れそうになった由機の身体を機十郎が咄嗟に庇った。
「ユキ!」
楓が声を発するのと同時に戦車の震動は激しくなり、やがて閃光が三人の視界を塗り潰した。
「うっ……!」
由機は機十郎の腕の中で小さく声を発し、そのまま気を失った。
「……ユキ。ユキ」
由機は自分を呼ぶ声で目を覚ました。
「んっ……」
恐る恐る目を開けると、楓が心配そうに自分の顔を覗き込んでいた。
「お、目が覚めたか」
青年の声が、耳のすぐ近くで聞こえる。はっとして視線を巡らせると、自分が青年の腕に抱き抱えられていることに気がついた。
「ひぁぁっ!」
悲鳴を上げると、由機は機十郎の手から逃れて飛び退いた。
「……いくらなんでも、あんまりだとは思わんか? ひょっとして、アレか? 加齢臭か?」
機十郎は幾分白けた顔で、沈んだ声を発した。
「ユキ。ひどいとは思わないのか? お祖父様はちっとも臭くなんかないぞ」
機十郎に続き、楓が非難の眼差しを向けてくる。
「ご……ごめんなさい。びっくりしたものだから、つい……」
二人の視線に耐えられずに由機は目を逸らし――あることに気づいた。
「あ……あれ……?」
庭に鎮座していた戦車が、その姿を消していた。芝生の上には何枚ものシーツが散乱している。
「あの、戦車は――?」
「気がつけば消えていた。何が起きているのか、さっぱりわからん」
機十郎がため息交じりに答えた。
「私達は……揃って幻を見ていたというのだろうか」
楓はそう呟いてから、機十郎に視線を移した。
「楓、心配するな。俺は消えたりしないさ」
機十郎は楓の心を見透かしたかのように、柔らかな声で語りかけた。
「は、はい……お祖父様」
由機は二人のやり取りを無言で眺めていたが、やがて立ち上がり、散らばったシーツを拾い始めた。
「手伝おう」
楓が立ち上がってシーツを拾い始めると、機十郎も立ち上がってそれに続いた。
「あ……ありがとう、楓ちゃん。あの、ありがとうございます……」
由機は二人に礼を言うと、無言でシーツを拾っては畳んでいった。
「心配事が解消してよかったじゃないか、由機。なっ」
機十郎が拾ったシーツを丸めながら、明るい声で労りの言葉をかけた。
「はい……」
由機は、自らの声が暗く沈んでいることに内心、驚いていた。
「由機。拾うのは俺がやる。お前は座っていろ」
「え、でも……」
言いかけて、由機は頷いた。機十郎が見せた笑顔に、不思議な安らぎを覚えた。
「それじゃ、これだけ――」
傍らに落ちているシーツを拾い上げようとした瞬間、指に痛みが走った。
「痛っ!」
「ユキ!」
「大丈夫か?」
楓と機十郎が素早く由機のもとに駆け寄る。
「血が出ているではないか……待っていろ、救急セットを持って来る」
楓はすぐに室内へと取って返した。
「あ……」
その、あまりの素早さに礼を言いそびれた由機はしばし呆然としていたが、人差し指からシーツに滴り落ちる血を見て、ようやく我に返った。
「大変! すぐに洗わなきゃ!」
そう言って怪我していない方の手をシーツに伸ばそうとしたが、機十郎がそれを手で制した。
「……待て」
「何……ですか?」
機十郎が血のついたシーツに手をかける。
「由機、救急箱を持って来たぞ」
鞄から取り出した救急箱を手にした楓が二人のもとに駆け寄り、動きを止めた。
「……そういうことか」
シーツの下には、青い輝きを放つ軍刀が横たわっていた。
「刀……消えたと思っていたけど、戦車の下に隠れていたんですね」
由機が気の抜けたような表情で言葉を洩らすと、楓が優しくその手を取った。
「ありがとう、楓ちゃん」
「少し、しみるぞ」
そして消毒液を脱脂綿に含ませ、血が滴る指先に当てた。
「……違う」
「……え?」
消毒液の刺激に、僅かに顔をしかめながら由機が聞き返す。
「消えたわけでも、下に隠れていたわけでもない。あの戦車――霊山は、この刀そのものだったんだ。この刀が姿を変えたものだったんだ」
機十郎はそっと軍刀の柄を握り、鈍く光る刀身を宙にかざした。
「え……?」
由機はもう一度聞き返した。
刃渡り六〇センチ、重量一キロほどしかない刀が、どうすれば全長五メートルあまり、重量一〇トンは優にありそうな戦車に姿を変えるというのだろう?
「お祖父様……どういうことだ?」
由機の指に絆創膏を貼り終えた楓が、機十郎に問いかけた。
「由機に託したこの刀は……俺自身が打ったものだ。ナターリヤに託した軍刀の拵えに合うようにな」
機十郎はゆっくりと刀を掲げ、その刀身を見上げた。
「それと、あの戦車と……何の関係が?」
機十郎はゆっくりと刀身を下げ、二人に向き直った。
「俺の戦車――霊山はソ連軍との戦いで撃破された。俺はその破片を手に入れ……日本に帰国した後、一振りの刀として打ち上げた。それが、この刀だ」
そう言って、機十郎が小さく手首を返す。青い刀身が電灯の光を反射し、ぎらりと輝いた。
「おそらく、この刀には……戦車だった頃の記憶が残っているんだ。原理は不明だが……楓が持っていた軍刀の拵えと由機に託した刀を合わせたことで、何かが起こったんだろう」
「……まさか、そんなことが……」
由機が唸るように声を発すると、機十郎はその目をまっすぐ見据えた。
「今の仮説を疑うというのなら、まずは俺がここにいることを……疑うんだな」




