表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

お姉ちゃんは実在しますか?

 我が家は代々竹を信仰してきた。それは最初に説明した通りだ。

 だが、現在それがどのように形を変えているのか、ということまでは触れなかった。ここでは、その未開の領域を暴いていこう。

 ご先祖様が作り上げた地位や土地を守り続けてきた我が家系は、最初の頃こそ真面目に各々の領地でささやかな活動を進めていた。

 だが、時の流れは人の心を変える。やがて現状に満足できなくなった一派が現れ、それぞれが自分の信じる方法で資産の拡大を目論むようになった。土地転がしのようなことをしたり、金貸しを始めたり、竹細工を作って商売を始めたりと、様々な試みが行われた。

 その中には成果を収めて巨万の富を作り上げた者もいるし、没落して日陰すら歩けなくなった敗北者もいる。そして、前者にあたる人物の中に我が家系の源流がある。俺のところは、いわゆる分家みたいなものだと考えてくれればいい。

 その分家当主となったお方が何をしたかと言うと、笹森家に元々あった信仰を基礎として新興宗教を始めたのだ。その名も笹森教。偉い人に貰った名字をそのまま流用するという無礼千万なことをしているが、逆にそれがネームブランドの効果を発揮したらしい。どこかの集会場で開いた初回講演には、事前の宣伝効果で千人近くが詰めかけたんだとか。

 宗教は金になるという話は本当で、開祖たるご先祖様には湯水のごとく金が舞い込んだ。追い風となったのは、当時地域を治めていた大名一家までもが入信したことだった。お偉い様からの保護を受け、笹森教は息の長い教団となった。現代においては宗教法人登録も済ませており、幅広い活動に日夜勤しんでいる。

 察しのいい悪いに関係なく気付いているだろうが、つまり俺は笹森教の大切な一人息子ってわけだ。ちなみに親父が法人代表で、母さんは元信者だ。いや、今も信者だから元ってのはいらないか。わかりやすく言えば親父が信者を見初めたってことだ。つまみ食いかどうかは知らないし知りたくもない。

 新たに家族となったお姉ちゃんは、タケノコから姿を変えたと言っていた。そんなことを知れば、親父が教団の顔として起用しようと熱烈なラブコールをお姉ちゃんに送るのも当然と言える。ちなみにその計画は、お姉ちゃんによる思考操作でなかったことにされた。祭り上げられる当人が乗り気じゃなかったのもある。

 あの日──かぐやお姉ちゃんが現れた日、親父は教団の重役たちが集まる会合を強引に抜けて帰宅したらしい。それが許されるほどのカリスマと人心掌握術を持っている証拠だろう。さすが教祖なんて役職をやっているだけある。家だと風呂上がりにパンツ一丁でうろつく普通のおっさんなんだがな。

 どうして急にこんな話をしたかって理由は、これからのことに必要だからだ。だが、今は同時に別の話も進めさせてくれ。これも大切なことなんだ。お姉ちゃんがいなくなる理由と原因が読めてきたんだから。

 気付いたのはふとした瞬間だった。部屋に置いていたアロマポットを見てみたら、既にオイルが空っぽになって意味を成さなくなっていたのだ。前回新しく使い始めた日を思い出して逆算してみると、効力が尽きてから一か月くらいってとこか。月日が流れるのは早いな。

 一か月前といえば、お姉ちゃんが来てから少し経った頃だ。お姉ちゃんと過ごした時間って、まだそんなものだったのか。まるで生まれた時からずっと守られてきたような気分だ。それだけ濃密な時間だったってことか。

「どうかしましたか?」

 ひょっこりと顔を出すお姉ちゃんの可愛さに当てられつつ、役立たずとなった容器を振る。

「これが中身なくなっちゃってるみたいでさ。新しいの貰わないと」

「そういえば、家中にこれと同じ物が置いてありますよね。お気に入りなのでしょうか?」

「うん。それに特別なやつでね。我が家になくてはならない物なんだ」

 いい機会だし、これがなんなのかをお姉ちゃんに教えておこう。ある意味では無関係とは言えない間柄とも考えられるし。

 これはその辺に売ってるような一般向けアロマではない。笹森家に伝わる由緒正しい精油を使っているのだ。日本独自の精油蒸留技術は一般に広まらなかったという過去があるが、ご先祖様は先見の明を発揮して技術の入手に尽力したらしい。

 そうして作られたのが、竹や笹から抽出した秘伝の精油だ。強い芳香を放つわけではないが、ふと思い出したように香っては気分を平静へと導いてくれる。特に夏場では効果が絶大で、竹林の中でそよ風に吹かれているような涼しさを感じさせてくれるから手放せない。

 そんな夢のようなアロマオイルだが、もう一つ重要な効力がある。ご先祖様の技術は代々受け継がれてきたが、その中によからぬ考えを持った者がいた。自分の手で、更なる技術の改良を成し遂げようとしたのだ。

 試行錯誤を重ね、ついに不届き者は禁断の精油を作り出すことに成功した。人間の精神に作用し、強制的に興奮や幸福を引き出す成分──一般的には麻薬と呼ばれる、人道を外れかねない悪魔の道具だ。

 ちょっと大層な言葉を使ったが、依存性が高くて禁断症状により精神がボロボロになるなんてことはない。脳に対する影響が他のアロマよりも数段階強く、一時的に心地良い高揚感や幻覚に浸れる程度だと考えてくれればいい。過剰な使用をしなければ、特に問題のある副作用が起こることもない。

 精油の詳細な成分表を見ても、法律で取り締まりの対象となっている名称は一つも入っていない。つまり合法なのだ。少なくとも今は、という限定付きだがな。

 そして、その特殊な精油によって笹森家は更に財政事情が潤うことになる。そんなに稼いでいるなら、なんで家が豪邸にならないのかと不思議に思われるかもしれないが、大半の資産は教団の活動費として使われているのである。竹林保護とか、新しい支部の設立とか、事業活動とか、用途は無数にあるらしい。我が家に入ってくる余剰金は、毎月多少の贅沢ができるくらいだ。

「ふむ……よくわかりませんが、竹流くんにとって大切な物なのですね」

 お姉ちゃんには、こんな複雑な事情は話さずに要点だけ伝えたつもりなのだが、それでも完全な理解には辿りつけなかったようだ。大切な物だって認識で間違いはないけどね。

 そんなに重要なアロマがなくなっていたことに気付かなかったことを指摘されると痛い。だが、家の各所にも同じ物があって多少なりとも効果を得られるおかげで、つい自室のチェックを怠ってしまったわけだ。

 母さんにアロマがなくなったことを伝えてしばらく待っていると、新しいオイルを持ってきてくれた。仮にもアブナイ成分が入っているので、両親しか知らない隠し場所で厳重に管理されている。多分、玄関に近い和室の押し入れが保管場所なんだろうけど、下手に首を突っ込んで面倒事になるのは勘弁なので正式な手続きを踏むことにしている。

 こうしてめでたく自室のアロマは生まれ変わったわけだが、そろそろ本題に入ろう。

 新しく交換したその日から、お姉ちゃんが突然消えるという現象が起こらなくなったのだ。お姉ちゃんをずっと見ている俺だから気付けた。ナルシストっぽいかもしれないが、信憑性は極めて高いだろう。

 そこから導き出される仮定は一つ。かぐやお姉ちゃんは、アロマの作用によって俺が見ている幻覚ではないか、ということだ。考えてみれば、お姉ちゃんが消えるタイミングには規則性があった。俺が自室に長くいたり外出から戻ってきた時に消えていた。それはつまり、俺の体からアロマ成分が抜けている時間を示している。

 両親にも見えているというのが引っ掛かるが、同じ香りの中で生活しているから、集団催眠のような状態になっているんじゃないかと思う。俺たちは一日中あの香りに包まれているわけだから、それだけ影響は強く受けているだろう。

 お姉ちゃんは幻。なんとなくそんな気はしていた。あんな理想の塊みたいなのが実際にいるってこと自体おかしかったんだ。文字通り妄想の産物ってわけだ。

 わかってみれば実に単純なカラクリだ。やはり薬物は人の心を惑わせる。そんなことを思いながらも俺はアロマの点火をやめられない。この香りがないと落ち着かないし、なによりお姉ちゃんが消えるのは避けたい。どうせ幻なら、とことんまで楽しんでやる。

「竹流くん、眠っちゃいましたか?」

「ん、起きてるよ」

 お姉ちゃんに膝枕されながら、俺はそんなことを考えていたのだった。こうして甘えさせてくれるお姉ちゃんが本当は存在しないだなんて……。



 ん? 待てよ。なんかひっかかる。

 もう一度考え直してみよう。今までお姉ちゃんと過ごした日々を思い出せ。

 きっと、お姉ちゃんが本当に存在するという証拠があるはずだ。

 お姉ちゃんがあのアロマによる幻覚なら、当然それを日常的に使っている人物しか認識できないはずだ。それに当てはまるのは、俺と両親、そして笹森教信者のごく一部だ。アロマ使用は希望した信者だけがやっていることなので、全員が使っているということはない。

 つまり、第三者がお姉ちゃんを認識しているという事実があれば、俺の仮説は脆くも崩れ去るわけだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ