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お姉ちゃんがやってきた

 日本には古くから神を祀るという信仰がある。八百万の神とか便利な言葉を使い、なんでも神秘的な方向へ繋げようとする。とりあえず崇めておけみたいな風潮なのか、よくわからん新興宗教は一般に認知されていない団体を含めればキリがない。

 そこまで大々的にはならなくても、家系に根付いた信仰もある。我が家は代々ナントカの神に仕えており、朝廷の命を受けて祭事を仕切った神官が先祖でどうのこうのってやつだ。山奥の田舎に行けば多く見付けられそうな気がするが勝手な思い込みの域を出ない。

 一方、俺の家はそれほど田舎には位置していない。県庁所在地に近い住宅街の片隅で、庭付きのそこそこ広い一軒家に住んでいる。金持ちというよりは、地元に深く根付いた組織と言うべきか。少なくともその辺にいそうな小型成金でないのは俺がよく知っている。

 住宅街と言ったが、周りがコンクリートジャングルというわけではない。むしろ逆で、緑に恵まれた景色が広がっている。ただし、それは木々の葉による色彩ではない。もちろん多少はそれなのだが、大多数を占めているのは竹だ。

 この一帯はかつて竹林だったようで、周辺地域を治めていた大名が狩りとか馬術の練習とかで使っていたらしい。その大事な竹林の管理を任され、同時に位の高い役職まで与えられた幸運な人物がいた。

 それが俺のご先祖様である。人に取り入るのが上手なお方だったようで、次第に領地や名字まで賜るようになったんだとか。一時期は多数の小作人を抱える豪農にまでのし上がったらしい。

 難しい歴史の話はこの辺にしよう。そんな伝統があったおかげで、我が家は代々竹を家系の原初として崇めている。竹に関する名字を貰ったのが理由としては大きいんだとか。

 それに付随してか、笹森家の面々には名前にも竹に関連した言葉が使われている。もちろん俺も例外ではない。

 笹森竹流ささもりたけるという読み方が多少特殊だったりする名前だが、今時の若者としては無難な部類だと思う。今時のキラキラした感じではないことにひっそりと感謝。最近の奴らときたら、半分くらい初見じゃ読めない名前だし。これも時代ってやつだろうか。仕方ないな。

 諦めも必要だろう。いくら願っても叶わない夢なんてものは、その辺にゴロゴロ転がっている。現に俺も、そんな非生産的とも言える妄想を抱き続けているわけだし。

 それがどのような絵空事かといえば単純明快。姉が欲しい。その一点だけだ。

 年上の威厳で正しい道への指導を下しながらも、抜群の包容力で俺という存在を受け入れてくれる。厳しい面を見せたかと思えば、表情を緩めて穏やかな言葉を囁く。

 そんな理想の姉ビジョンは常に脳内で繰り広げられている。昨夜は膝枕をしてもらいながら耳かきをされたらどうなってしまうのかというシミュレーションが捗り、気付けば一時間を布団の中で費やしていた。そのせいで少し寝不足気味だ。

 しかし悲しいことに、姉という存在はどれだけ強く願っても簡単に現れてはくれない。これが弟や妹なら両親の仲と判断次第で期待できる。その過程や詳細は絶対に想像したくないけど。

 一方、姉はそうもいかない。それこそ親が再婚して血の繋がらない姉が六人できるとかの奇跡が起きない限り。残念と言ったら不謹慎かもしれないが、俺の両親は適度な距離感を保ちつつ平凡な家庭を築いている。なんだかんだで仲良し夫婦なので、現状では崩壊する要素が見当たらない。

 そんな絶望的とも言える状況だが、別に俺は悲観などしていない。そもそも俺が姉という存在に夢を見始めたのは、二次元世界に触れるようになったからだ。つまり、それが非現実的な妄想の産物であることは理解している。よく実際に姉妹がいる奴は変に夢を見るなと声高に主張するが、まさにその通りなんだろう。

 この世界に希望なんかを求めちゃいけない。もっと自らが夢中になれるものへ熱意を注いだ方がよっぽど有意義ってもんだ。

 ──おっと。もう着いたか。

 学校からの帰り道で俺最強的な妄想を繰り広げていると時間の経過が早いな。生まれた時から見続けている庭の竹たちが、風に揺れて俺を迎えてくれる。慣れ親しんだ緑の香りも一緒だ。

「ただいまー」

 鍵を開けて、ようやく学校からの帰宅を果たす。この時間なら母さんは奥の部屋で洗濯物を片付けているだろうから、俺の声は届いていないだろう。無視すると後でうるさいし、声をかけておかないとな。

「おかえりなさい、竹流くん」

 と思ったら聞こえていたようだ。こちらに向かってくる足音がする。出迎えなんて大げさだな。いつもはそんなことしないくせに、今日はどういう風の吹き回しだ。

 ……ん? そういえば母さんにしては声が若かったような気がする。それに俺のことをくん付けで呼ぶなんて。そんなの俺の記憶にはないぞ。

 疑問を膨らませていると、横の扉からひょっこりと声の主が現れた。

「いつもより遅いから、帰ってくるのを待っていたんですよ? お姉ちゃんを心配させないでください」

 ……誰この人。それにお姉ちゃんって、おい。

 俺は一人っ子だったはずなのだが。知らぬ間に家庭が複雑な事情でも抱えてしまったのか。

「どうしたんですか? 玄関で棒立ちなんかしちゃって」

 ちょこんと傾げた首に合わせて、彼女の長い黒髪が揺れた。上方でまとめてポニーテールにしているようだが、それでも結びきれずに残ってしまう絹糸のような髪が肩や背中に流れている。薄型レンズの眼鏡から覗く二重瞼の瞳が、身長の高さもあって俺を見下ろしている。

 それは紛れもなく、さっきまで俺が妄想していた理想の姉像そのものだった。

「いや、あなた誰ですか?」

 突然の来訪者に圧倒されながら、なんとかそれだけ口にした。途端、自称お姉ちゃんの眉が下がって悲しそうな表情になる。

「お姉ちゃんですよって言ったじゃないですか……竹流くん、お姉ちゃんが欲しかったんですよね。だから私がこうして来てあげたんです」

 こいつは一体何を言っているんだ。

 そりゃ確かに姉が欲しいと昔から考えてたし、さっきも帰宅がてら妄想を膨らませてたけど、それらは決して繋がらない別問題じゃないだろうか。

 あれか、俺っていつの間にか空想具現化っぽい能力でも習得していたのか。そしたら一億円くらいポンっと出せないかな。えい。おら。出てこい。

「竹流、遅かったわね」

 なんか違うのが出た。

 声がした方を見ると、姉っぽい人が登場した後ろから母さんが顔を出していた。洗濯物はもう片付け終えたのか。心ここにあらずって感じだけど大丈夫か。もちろん例の人物も視界に入っているはずなのだが、全然動じている様子がない。

 これは何か知っている証拠だな。早速探りを入れてみよう。

「母さん、この人ってさ」

「こらっ、なんですかこの人とは。失礼でしょ」

「……は?」

 なんで俺が怒られなきゃならないんだ。訳がわからん俺を置いて、二人の女性は話を進めていく。

「いいんです。私は竹流くんのお姉ちゃんとして生まれたのですから、くだけた言葉遣いの方が私も嬉しくなります」

「そうおっしゃられましても、やはり」

「お母様も、そんなに畏まらないでください。私を娘だと思って、普通に接していただけませんか?」

「とんでもない! そんな恐れ多いこと」

「これから同じ屋根の下で暮らす家族になるのですから」

「そんなことおっしゃらないでください。こうして私の前に現れてくれただけでも光栄なことなのに」

 いえいえ、とんでもない、しかし、けれども。終わりの見えない譲り合いに苛立ちが溜まっていく。そろそろ状況説明してくれないか。

 その時、俺の後ろで勢いよく扉が開いた。何事かと振り向いたら、転がり込む勢いで入ってきた新たな参戦者がそこにいた。

「おい! 神様がいらっしゃったって本当か!」

 肩で息をして汗だくになりつつ、親父は俺の横をすり抜けて母さんに詰め寄った。

「ほら、あなた。こちらが」

 何を血迷ったのか、お姉ちゃん型不審人物を神様として紹介し始めた。おいおい、なんだ神様って。そんなスピリチュアル世界じゃあるまいし。

「おお、こちらが! 私のような者の前に顕現していただき、光栄の極みでございます!」

 血迷った人がまた一人。親父はスーツ姿のまま玄関にひざまずき、薄くなり始めた頭を床に密着させようとしている。おそらく、仕事を早退して駆け付けたのだろうが、それが土下座をするためだったなんて人を俺は初めて見た。こういう反応を見せてしまうのも仕事柄なのかな、とぼんやり思う。

「そ、そんな。頭を上げてくださいお父様」

「お父様などと、とんでもない。あなたから見れば私はチリ同然なのですから」

 またしても収拾がつかない状況に陥っている。そろそろ俺、考えるのやめていい? さっさと風呂入って無心になりたい。

「とにかく! こんなところでは落ち着いて話もできません。皆さん、居間の方へ移動しましょう」

 そう言って場を仕切ろうとする謎お姉ちゃんは、大げさに頭を低くしている両親を連れて奥に向かって歩き出した。

「ほら、竹流くんも来てください。ちゃんと説明しますから、考えるのをやめないでください。お話の後すぐにお風呂を沸かしますからね」

 ……えっ?

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