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お百度参り  作者: に*か
ある日の木漏れ日
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ある日の木漏れ日4

 少女の父親が帰ってきた。


 母親が亡くなったのは、つい一か月ほど前のことだった。母親を医者に見せるための莫大な金を持って、父親は少女の前に現れた。

 

 そんな父親を前にして、少女は顔面蒼白になりながら、母親が亡くなったことを告げた。

 振り下ろされる拳。吹っ飛ぶ少女の体。それだけでは止むはずもなく、父親は今までで一番ひどい殴り方をした。

 腹を蹴り、頭を殴り、地面に叩きつけ、足で踏んだ。


 ウチ、しんじゃうんかなぁ。

 

 少女の中にある感情はいたって穏やかなものだった。


 この後、じーさんのところまで、行けるやろうか。


 前に、じーさんを終焉と名付けたことを忘れたわけではないが、少女は今までどおり、終焉をじーさんと呼んだ。

 少女がじーさんを終焉と呼ぶことは最期までなかった。


「おとうちゃん、おとうちゃん。ごめんな。ウチが守るって約束したのに守れへんでごめんな。おかあちゃんな、最後に、菊とおとうちゃんが大好きよぉゆうて亡くなりはってん。笑って逝きはったんよ」


 少女は泣きながらそう告げた。父親の動きが止まった。


「……き」

「き?」


 父親が何かを聞こうとしていた。少女は必死に父親の声を聞きのがすまいとした。


「……菊とおとうちゃん言うたんか? おとうちゃんと菊、やなくて?」

「は?」


 何を言い出すねん、おとうちゃんは。――意味が分からなかった。

 それ同じやんけ。


「おらぁ二番け? 菊の次なんか?」

「し、知らん。どっちでもええやんそんなんは」

 少女はおかしな気分になりながらも真剣に答えた。


――――――――ウチの父ちゃんアホやもしれん。


 そんなことを思いながら、少女はいつもと違う感覚に気が付いた。



父親の声が、ひどく()()



 代わりに聞こえてくるのは、鈍器で殴られるような騒がしい轟音だった。おかしいなぁと足を動かそうとしたら、全く動かなかった。腕も、手も、顔でさえも。

そういえば、痛みを全く感じない。


 視界が遠のく、意識もぼうっとしてきた。やがて、目の間にいるのがじーさんか、父親かわからなくなる。


 あぁ、ウチとうとうか。


 少女はじんわりとそんなことを思った。



――――カッコイイ決め台詞でも考えときゃあよかったなぁ。


 視界が――――暗転する。


「じーさん……あり……が…と……う」



 少女はくたりと力を無くすと父親の腕の中で崩れ落ちた。







underlineunderlineunderlineunderlineunderlineunderlineunderline


 男は死体を大事そうに抱えて、そこを訪れた。

終焉がいつも通り、ぼうっと川の流れを見つめていた時だった。


 その男は、少しばかり川の水量を増やしに来たようだった。

瞳から、ハラハラと水を落としている。


 ――――――あの少女はいつも、笑っていたなぁ。そう思いながら、終焉は驚いたように男を見つめた。


 


 男には少しばかり、石が大きすぎるように見えた。

 男は河原に腰を下ろすと、終焉に話しかけた。あまりに青年が凝視してくるので、なんだか何かを喋らなければならないような気がしたのだ。


「そこの、若いの。ウチの娘がいつもこの辺で一人で遊んどったんや。お前さんには、うちの娘がなぁにをしとったんけ、分かるか?」


 終焉は驚いて、男の腕の中を覗き込んだ。


「おれにはわからん。アホやけえな」


 終焉は男の腕の中にある、見覚えのありすぎる顔を見て、言葉を失った。言葉など、初めから持っていないに等しかったが。


「あぁ、若いのんは死人(しびと)を見るんは初めてけ?」

 終焉のあまりの驚きように、悪いこたぁしたなぁなどと言って男は立ち上がった。


「そいでもコイツはここが好きみたいでのう。ほぼ毎日、一人で遊いでたんや」


――――一人で? 終焉は首をかしげた。今はもう、色を失った世界になってしまった視界の端に少女を入れながら。


「ちょーっとばかし失礼。……お、俺が、おれがな、なぐり殺してしもたけぇ綺麗にな、そんな資格ないんやがな、そいでもおいらぁがせなあかん。コイツも嫌がるやろうけどな。しゃーなしや」


 男は自身の顔面を涙と鼻水で汚しながら、少女についた血と泥を冷たい水で洗い流した。


 終焉は考えた。

 目の前の男が、どうやら少女を殺したらしい。あの優しい笑顔を、消してしまった本人だとわかった。


――――けれど。


『アンタを見る寂しい人間の世界が終了するその瞬間まで、終焉は、何にも影響を与えることなく、自身が影響を受けることもなく、ただその寂しい人間に寄り添って、そばにいたあげて』


 少女の言葉が頭から離れない。


 こんなあやふやな存在に、生きる意味を与えてくれた少女だった。


 男は少女を洗い終えて、川をあがると、失礼したなと言って背を向けた。

 終焉は慌てて、立ち上がる。

 冷たい水に手を突っ込んで男の背にぶっかけた。


「なにすんねんアホンダラぁァァァ!」

 激高した男の顔を終焉は指さした。


「お、…………おぉぉ、そうやおいらぁも汚いな。みっともない姿みせてすまんのう。俺ぁ反省もでけんアホなんやぁ。どうしようもないアホ屑や」


 そう言ってうなだれる男に、終焉は再び指さした。少女の顔を指さした。

男は終焉の指を追うように顔を動かし、少女の顔を覗き込む。


「あれま、笑っとる」


 少女は目を細くして、笑っていた。終焉も、嬉しそうに笑った。そんな二人の笑顔を見て、男は汚い顔面をさらに汚くして、――――――――笑った。


「また、ここに来てええかのう?」


 終焉はうなずく。


「もしかして、ウチの娘はおまいさんに会いにきとったんけ?」


 終焉は首を横に振った。


「そうか。いーつも楽しそうやったから、ちょいとばかしそんな気がしたんやが、気のせいか」


 終焉はうなずいた。



 いい母親と、アホな父親を持つお前の娘は、寂しい人間ではなかったよ――――そんな思いをひそかに込めて。

 

 



 男が礼を言って去ると、終焉は誰にも気づかれぬように、一人で川の水を増やす仕事に精を出した。


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