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お百度参り  作者: に*か
ある日の木漏れ日
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ある日の木漏れ日3

じーさんに会えるんやったら、一生不幸でもええかもなぁ。



「疲れたわ」

 少女は道端のほこらにお供えしてある、だんごをつまみながら、溜息をついた。


 少女は新たな居場所を求めて、散歩をするようになった。しかし、そんな場所はなかなか見つからなくて、少女はひげ面のおじさんに壁になってもらって、じーさんをこっそり眺める日々を送った。


 じーさんに会いたいのは山々だったが、なんとなく会えなかった。不幸な自分にしか見えないじーさん。寂しいみじめな自分に直面するのはつらかった。かといって、じーさんを見ない日々に耐えるのもつらかったため、一方的に少女は眺めるしかなかった。


 それに、少女が川に来るときは、決まっていつも傷だらけだった。まぁ、川には傷を洗って冷やすために来ているのだから、あたりまえなのだが。そんな少女を、じーさんはいつも驚いたように迎える。そして、困ったようにひそかに慌てだすのだ。ひそか、と言っても少女にはバレバレだったが。


 最初はそんな反応を、少女は面白がったが、何度会っても驚き続けるじーさんを見ているのが、いつの日からか苦しくなった。


 じーさんが優しい奴だとわかってから、その苦しさは少女を襲い続けた。


 ぼんやりと、風に吹かれて、岩に座っているじいさんの顔が悲しげに歪むのは耐えられなかった。



 少女が再び川を訪れたのは、父親が大きな町に出稼ぎに出た日のことだった。父親は近頃忙しく、少女を殴る暇がなかった。


 少女の体に傷はなくなっていた。


 少女ははやる気持ちを抑えて、川へと向かった。お腹はずっとすきっぱなしだし、けして健康と言える身体ではなかったけれど――初めて、じーさんの驚きと、困惑以外の顔が、悲しそうな顔以外の顔が、見られるかもしれないと気が付いてしまえば――――少女の行動は、早かった。


 自分の「みじめさ」なんて、どうでもよかった。



「じーさああああああああああああああん。ひさしぶりやのうー!」


 ばっしゃーんと水しぶきを上げて、少女は川に突っ込んだ。

じーさんは驚いたように、少女をみた。


 しまった。あまりに嬉しすぎて、飛び込んでしもた。

結局少女が拝んだじーさんの顔は驚いたそれだった。


 少女はショックを受けて呆然とした。


もうちょい、冷静に行かんかいアホンダラァッ! 何やってんねんウチは、アホか!


 もしかしたら、じーさんの――――笑った顔が見られるかもしれない、なんて。期待するだけ無駄だった。


 少女は亡霊のように川から立ち上がった。じーさんが岩の上に立ってこちらを見つめていた。少女は首を横に振って、心を切り替えるとニッと笑顔を作った。


「見てや!」


 そう言って、着物の袖をまくりあげて、足元の布たくしあげる。

傷跡はあるが、傷はない。


 じーさんは少女の腕と足を交互にじっと見つめた。そして、頬を見た。


 どうや、どうや。もう悲しい顔はさせへんで。

――――そんな思いで、少女はじーさんの顔を見つめた。


 じーさんの顔がピクリと動いた。


 おおっ! 期待を込めた目でじーさんを見つめる。が、しかし、少女の視線に気づいたじーさんは頬をじゃっかん朱に染めて、――――それだけだった。


 うわぁぁ、今の、今のおしかったで絶対!!

 少女は悔しさを込めて地団太を踏んだ。


あ、まずい。


 気が付いたのが遅すぎた。

 ――――刹那、水しぶきが上がる。立っている場所が川の中なのだからあたりまえだ。その水しぶきがじーさんの顔に直撃して、少女は固まった。


 これはアカン。やってしもた。笑顔を見るつもりが、怒った顔を見る羽目になるやもしれん―――――。


 そう思いながら少女は恐る恐るじーさんの顔を見上げた。

果たして、じーさんの顔は、



無表情だった。


 なんや、やっぱりそーか。と心の中で安心しつつも、どこかがっかりしている自分に気づいて少女は首をかしげた。


 じーさんはしばらくつっ立って、何もせず、いつも通り何もしゃべらなかった。だから少女は、川の中で足を遊ばせながら、なんとなく時が過ぎるのを待った。


 ややあって、じーさんが岩に座った。少女が見上げるという構図は変わらなかったが、その距離は格段に縮まった。


 ふと、少女はおかしいことに気づく。


「はて、この岩こんなに大きかったかの」


 じーさんの横には、ちょうど小娘一人が座れるくらいの場所があった。


 おかしい。じーさんが座っていた岩は絶対にこんなに大きくはなかった。じーさん一人でぴったりの大きさだった。

 あんなに通い詰めたのだから、少女には自信があった。


 ぁあ、そうか、そうか。

少女は歯を食いしばって、じーさんのやさしさを噛みしめた。


「居場所できたなぁ。あんなに歩き回って探したのに、結局ここかいなぁ」

 ――――じーさんのとなりかぁ。


 悪ぅないなぁ。


「おおきに。お礼に……そやな、じーさんに名前つけたるわ」


 何の気なしに行った言葉だった。――――それなのに、じーさんは心底嬉しそうに、頬を緩めた。少女は腕と足を見せた時にその顔を見たかったなぁ、とは思ったけれど。なにはともあれ、だ。目的は達成せしめられた。


 少女は嬉しさを隠しきれずに、口を開く。そして、一拍おいてから、言った。


「じーさんの名前は“終焉”や」


 終焉は、こうして誕生した。


「アンタが見届けるんや」と少女はまっすぐ前を見つめてこう言った。

 

「ウチの世界が終了するその瞬間まで、アンタを見る寂しい人間の世界が終了するその瞬間まで、終焉は、何にも影響を与えることなく、自身が影響を受けることもなく、ただその寂しい人間に寄り添って、そばにいたあげて」


 少女はゆっくりと柔らかく微笑んだ。


「そしたらその人間はな、アホなもんで、たったそんだけのことで、立ち上がれる。笑顔を、浮かべられるんや」


 終焉の存在意義を与えたのもまた、この少女、菊だった。


 忘れっぽい終焉は、存在意義は、もともと持っていて、名前は後からつけられたものだと記憶違いをしていたが、実際はそうではない。


 だから、自分の存在意義と、後から名付けられた(と思っている)“終焉”という名前の得てして妙な偶然を誇りに思っている終焉は、アホだ。


「その寂しい人間が、アンタを見なくなったら、そっと消えるんやで。そんでまた別の人間を探せばええ」



 終焉はゆっくりと、うなずいた。

少女は、ありがとうと呟いた。



 岩の上にちょこんと座って、ひとりぼんやりと時を過ごすほうが、よかっただろうか。 


 そう思って、少女は終焉の横顔をちらりと見た。


 終焉は、本当の人間のように、生き生きとした表情をしていた。

 少女は嬉しくなって、目を細めて笑った。



 何度、何度、さよならを言えばいい。


――――一度、救われてしまえば、何度、さよならを言おうとも、君は涙の膜の向こう側に現れる。


 辛いときに、決まって君は、現れる。


 時が経つにつれ、君は顔をうしなって、声をうしなって、いろいろ失ってしまうけれど、存在だけは、君の存在だけはいつまでも、私の前に現れる。


 少しの元気を持って君は、それを私にくれるんだ。そうして君は去っていく。


 私に元気と、その存在をしっかりと焼き付けて。


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