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お百度参り  作者: に*か
お百度参り
3/8

終焉という名の青年

 よりによって今朝、彼女は神社へ参ることができなかった。

初めて終焉と約束をした。返事を言うことはできなかったけれど、彼女は――確かに終焉と約束したのだ。



 だから彼女は、下校の途中で神社へ寄った。鬱蒼と茂る木々。ボロ神社にお似合いな不気味な空気が漂っていた。

 日が暮れている、ただそれだけのことで、まるで違った世界に来てしまったかのよう。


 彼女は今日の調理実習で作ったクッキーを片手に百段もの階段を登る。いつもは明るいこの階段も、今朝来なかった彼女を責めるように、暗く、深い闇で彼女は吸い込まれてしまうのではないかと思った。


 ようやく階段を登りきると彼女はいつものごとく、賽銭箱に向かって歩き出す。そして、気づいた。


――いつもと違う、そのことに。


 いつも温かかった神社は、冷たく。優しかった空気は、身を刺すように痛かった。


――まさか!


 彼女は駆け出す。走って、走って賽銭箱に駆け寄った。初めて本殿の中も覗いてみた。けれど――


 冷たかった。寂しかった。紛れもなく、神社は――空っぽだった。



 彼女は持ってきたクッキーの袋を握りしめる。今朝、一、二時間目にある調理実習の材料の調達係だった彼女は、神社に寄ることができなかったのだ。


 彼女は持ってきたクッキーを地面に叩きつけた。料理が苦手で、それでも一生懸命作ったクッキー。思念である終焉が食べられるはずもないと分かってはいたけれど、それでも――。


 いつものように彼女は賽銭箱に座って終焉と寄り添って、食べることを楽しみにしていた。


 終焉は羨むだろうか、などと考えて微笑んでいた自分が無性に哀しかった。


 彼女はそれからしばらく、賽銭箱に座って時を過ごした。

髪をくすぐる夜風が心地よい。その風は冷たく、徐々に彼女の頭を冷ましていった。


 ――ぁあ、もしかしたら、私は……夢を見ていたのかもしれない。


 ぁあ、でもそうだとしたら何て楽しくて、愉快で、残酷な終わり方だろう。


「…女!」


 おじいさんでもいい。一度でいいから私の前に、姿を現して欲しかった。こんな風に夢が覚めてしまう前に。


「女!!!!」


「え?」


 突然耳に飛び込んできた声。彼女は振り向いた。みると、数メートル先に息を切らしたうら若い青年が、立っている。


「遅い――――――――――っ!」


 彼女は目が熱くなるのを感じた。視界がぼやけて、青年の顔が歪んで見える。


――ねえ、あなたは誰?

――なぜ、あなたから終焉の声がするの?

――私には、おじいさんには見えないよ。私には――


「…誰?」

「はあっ……はあっ……名を……終焉という!」


 あの、自慢気な声で、荒い息が治まらないうちに終焉はそう告げた。

 そんなに、そんなにその名前が嬉しいの? それとも、私に会えたことが嬉しいの?


 ――その満面の笑顔はどういう意味?


「はじめまして」

 彼女は告げた。

「久しぶりだな」

 終焉は言った。


 昨日会ったばかりなのに、なぜ今朝会えなかっただけでこんなにも懐かしい――


「……お百度参り、効果があるのだな」

 終焉がしみじみとそう呟いた。


「女、私の声が聞こえるか?」

「ええ」

 ――いつも通りね。


「女、私の姿が見えるか?」

「ええ、私と同じくらいの格好いい男の子がいるわ」

 ――好きよ。


「そうか!!!」

 終焉は顔をクシャクシャにして、心底嬉しそうに笑った。


 彼女も、心の底から微笑んだ。




「……実は私はお前を探して学校とやらに――」

 終焉と彼女は賽銭箱に一緒に座って語り合った。粉々になってしまったクッキーをうまいうまいと叫びながら食べる終焉を、彼女は幸せそうに見つめる。

 結局、ほとんど終焉のお腹におさまってしまったけれど、終焉の頬についたクッキーの粉を眺めていると、まぁいいかと思えてくる。


「え、学校へ来たの?」

「うむ。どうやら私は混乱していたらしい。だが、行ってもお前を見つけることができなんだ」


 ……何してんのよ。

嬉しさ半分、呆れ半分で彼女はため息をついた。


「なぜか、私はあなたにはじめて会った気がしないわ」

 それはそうだ、終焉には毎日会っていたのだから。


「そ、そうだな」

 と、ここでようやくこれまでの自分の声が届いていなかった、ということを思い出したらしい。


 終焉は、だらだらと変な汗を流し始めた。


――もしかして。


「もしかして私はとてつもなく不審なのでは……」


 たしかに。でも、それは、本当(、、)にこれまでの声が届いていなかったら、という話。


 実際は――届いていたのだから。


「そんなことないわよ」

 彼女がそう言って微笑むと、終焉も安心したように微笑んだ。


 さて。

彼女は考える。どうやって彼に伝えようか、どうしても伝えたいことがある。


 毎日、毎朝、告げていた。もう癖になってしまった願い。はっきりと伝えていたのに、その願いが届くことはなかった。


 私の神様はいつも、言葉を詰まらせながら――



「神様、私を、――――」

 彼女は口を開いた。一心に終焉を見つめる。

彼女が言い続けて、言い続けて、祈り続けた、あの願いを。


 終焉は目を見開いた。女が何を言うのかわかったらしい。


「……愛してください」


ややあって、終焉もゆっくりと口を開いた。


「……あ、あいにくここの神様は居留守で――」

「そう」

 

 あなたは優しいのね。私の神様は、そんな優しい嘘をついてしまうほど――温かくて格好いい神様なのね。



「ねえ、終焉。居留守の意味って知ってる?」

「ん?」

 終焉は突然なんだ? という風に眉間に皺を寄せた。


「家にいながら、不在をよそおうこと、よ。あなたでしょ? 神様」


 本殿にいたのはそう、終焉だけだ。何度も交わしたあの会話。終焉は自ら居留守を宣言して自分が神だと言っていたのだった。


「初めて会った気がしないもの。きっと、あなたに私は毎日、毎日願っていた」


 きっと終焉が言いたかったのは居留守じゃなくて、ただの留守。なんて、なんて間抜けな神様。


 終焉は顔を真っ赤にすると、彼女から視線を逸らして俯いた。

 

 ……あ、意地悪しすぎた。


 ややあって、絞り出すような声が終焉の口から漏れた。


「……ここの、雨乞いの神にお前は懸想をしていたのではないのか?」

「……懸想って何?」

 ごめんなさい、私、あまり頭はよくないの。


「想いを寄せていたのではないのか?」

「私が好きなのは、あなたよ」


 だから――おじいさんだったら、困っていたわ。


すると終焉の熱を持った手が彼女の手に触れた。自然と手をつなぐ。


二人の耳は夜目にも分かるほど――真っ赤だった。



 終焉は、美代神社の神様になった。



 ――――お百度参り――――



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