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お百度参り  作者: に*か
お百度参り
2/8

彼女という始まり

 

 神様。私は、いつも一人ぼっちです。どうか、どうかあなただけは私を見捨てないで。



 人間なんていざとなったらいつも一人だ。一人きりだ。信用なんてできるはずがない。本当に助けて欲しい時に、人はいつだって私を見捨てる。それも簡単に。


 彼女は毎日神社を参っていた。神様なんているようには見えない、ボロ神社。人気のない寂しい神社。

 だからかもしれない。彼女は毎日、恥ずかしげもなく自分を愛してくれるようお願いをした。

 

 いつからだったろうか。

あぁ、そうだ丁度三ヶ月前くらいだった。この神社に、神様が宿ったのは。

 いつもと雰囲気が違うな、とその日、訪れた彼女は不思議に思った。

何か、温かかったのだ。まるで、心が宿ったように。神社が、優しさに包まれていた。


 彼女はなんとなく嬉しくなっていつもより大きな声で、お願いをした。


「わたしを愛してください」


 すると慌てたような返事が返ってきた。

「あ、あいにくここの神様は居留守だ! 今は私が住まわせてもらっている」

 う、嘘。誰? ……というか聞かれてしまった。

「名を終焉という!」

 実際には声には出さなかったのだが、心が通じたのか、また返事が返ってきた。

 どこにいるのだろう。彼女は羞恥に悶えながらも、僅かに瞳を動かして探す。

 姿が、見えない。

 その日、結局彼女は何も言葉を発することが出来ずに家に帰った。

「ぁあ……でも本当におかしな名前」

 彼女は帰宅の途中笑みを零すと久しぶりに軽い足取りで帰路を歩んだ。


 翌朝、登校途中にいつも通り神社へ参った。


「あぁ、女に嘘をついてしまった。きっと女はここの神に懸想けそうをしていたに違いない。本当は消えてしまったと、そこのたぬきに聞いていたというのに……」

 たぬき!? いるの? ここに!?

思わず彼女は辺りを見渡した。――気配はない。

 「な。女がいる……聞かれた!?」

 依然として姿は見えなかったが、終焉の方は彼女の姿が見えたらしい。思った以上にパニックに陥っているような声が聞こえたので彼女はなんとなく聞こえなかったふりをした。

 すると、安心したのか、大げさなため息が耳に入った。

 彼女は思わず吹き出しそうになる。

「耳が、悪いのか。……可哀想に」

 何ですって!?

言われようのない同情に思わず腹が立って言い返しそうになる。

 けれど、――本当は聞いていたと知ってこの声が悲しそうに沈むのを聞きたくなかった。

 彼女が終焉に返事をすることはない。





「神様、わたしを愛してください」

「あいにくここの神は居留守中で――」

 何度目だろう、このやりとり。でも、私はとっても心地ここちが良いわ。


 それから何日も経って終焉は一向に返事をよこさない彼女の耳が不自由だと確信したらしい。

 一度、ものすごく大きな声で叫ばれてさすがの彼女も少し驚いた。

心臓がドクンと、変に跳ねる。

 ――瞬間、可愛らしい小鳥の声が耳に入った。


彼女は、言ってしまった。


「……ぁあ、きれいね。きれいな声ね」



 終焉の中で不自由なはずの彼女の耳が、小鳥の声は捉えたということ。

少し遅れて彼女はハッとした。

 ……しまった。

「……なんだ、私だけか。女は私の声だけ聞こえないのか」

 あんなに聞きたくないと願っていた沈んだ悲しい声。彼女は焦ったが、声も出ない。

 今更―――私に何が言えるの。

 それからしばらく、終焉は彼女に話しかけてこなくなった。それでも彼女は、ここに来てくれた神様に、毎日お願いをする。

 

 あいにく、ここの神は居留守で――という言葉が返ってくることはなかったけれど、終焉がそこにいることだけは分かった。

 だって、神社が温かい。依然として、優しさに包まれている。



 私に嘘をついたという事実を私が知っているということ。

あなたの声を無視していること。

あなたの声は本当はしっかりと届いているということ。

 この事実を知ったらあなたは、傷つく? ――――私にはわからない。でも、ひとつだけ思うことはある。


私はあなたを、傷つけたくはない。

 

 それでもあなたがいるこの神社に参ることをやめられない。

私はとっても、あなたのことが愛しい。



 終焉が再び語りかけてきたのはそれから一週間経った頃だった。

終焉はポツポツと自分のことを呟いた。

 自分は体を持たない思念であること。

何となく彼女は住職か神官かの何かだと――まさか人間ではない何かだとは思ってはいなかったのでその事実に少なからず驚きを覚えた。

 終焉はいつから自分が存在しているのか、どうやって生まれたのかわからないと言う。

 

 それからしばらく心地のよい声と、お話に心を揺らしていた彼女は、終焉の声質が昔を懐かしむようなそれから僅かに変わったことに気づいた。


「そんな私がなぜ、終焉という名前を持つのか。私のことが見えたらしいそいつは、私のことを“終焉”と呼んだ。あやつは、――人間だった」

 彼女はハッと息を呑む。

終焉の声は嬉しそうに弾んでいた。

「私は驚いてしまって、腰を抜かして――、結局最後まで一度もそいつに話しかけなかった」

 僅かに滲んでいる悔やむような声に、彼女は息もつけなくなった。


――その人は、女の人ですか?

 

「だが、それでよかったのだ。だってどうせ――――私の声は届きはしないのだから。女、お前の前に行けば、声は聞こえずとも姿は見えるのだろうか」


 ぁあ、あなたはずっと隠れていたのね。

 姿が見えないと最初の頃は思っていたけれど近頃は、全く気にしなくなっていた。

 私は、そんなことも考えないほどあなたの声に聞き惚れていたのね。


「ほかの人間は私のことを見なかったが、あいつと、あやつの父親だけは私を見た」

 静かに語る終焉の声は、ひどく心地が良かった。


 あぁ、学校に行きたくないわ。ずっとあなたと一緒にいたい。


 次第に家を出る時間が早くなっていった。彼女は、終焉に会いたくて、声が聞きたくて、何時間も神社で朝を過ごした。

 そんな彼女を、母親は非行の始まりだと思ったようだが、神社へ行っていると知ってからは何も言わなくなった。

 


「あいつは喋らない私のことをヨボヨボのじいさんだと思っていたようだが――終焉とは言い得て妙だなぁ」

 もうすぐポックリ行くとでも思ってたのだろうか、などと思案するような呟きが彼女の耳に入る。

 おじいさん!?

なんか、地味にショックとか、思ってないわ。ええ。けっして。


 そろそろ学校に行かなければならなかった。終焉も毎日同じ時間に神社を出る彼女を分かっていたので、しばらくの沈黙が二人を包む。


「さて、もうそろそろね。行かないと」

 彼女は独り言のように呟いて、いつも座っている賽銭箱から立ち上がった。罰当たりかもしれないけれど、賽銭箱に座っている時が、一番終焉の声がよく聞こえたのだ。

「あぁ、いってらっしゃい」

 彼女の独り言は、毎日、終焉の返事によって会話になった。

彼女はこの言葉を糧に毎日生きる。


 

「明日も、絶対にここへ来て欲しい」

 終焉の声が追いかけてきた。 

思わず、反射で立ち止まりそうになる。

「……絶対に、来て欲しい」

 明日、何かがあるのだろうか?

彼女は不思議に思ったが、心の中で返事をした。

 

 行くわ。約束する――絶対よ。


優しい話が好きです。


温かいお話が大好きです。


いつか、光が溢れているようなお話が、書けたらいいな。


 にか


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