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第2話

 鳥のさえずりが森の中に木霊する。左右には4階建てのビルに匹敵する木が立ち並び、木々の隙間から微かに陽の光が零れ落ちてくる。その眼下を二人は歩いている。

 

 並び歩くアイに尋ねる。

 「聞いていなかったが、これからどこに向かうんだ?」

 アイは人差し指を顎にあて、少し間をおいて答える。

 「一先ず、杏様の家を目指しますの。……杏様の家といいましても、前世のあなたの家なのですが」

 家という言葉に思わず体が反応してしまった。アイは手を後ろに組み、前屈みになり、覗き込むように見上げて微笑んでいる。アイが揶揄しているのがわかり、恥ずかしくなって目を逸らした。いや、違うか。その笑顔が可愛かったからだと気付いた。しかし、帰る場所があるという事実は、心に小さな羽を生じさせた。

 「そんな顔でこっちを見るなよ。恥ずかしいじゃないか」

 その一言でアイは更に上機嫌になった。囁く声で、今度の主は可愛いですわ とニヤニヤしている。大きく一息深呼吸し、話題を変える。

 「家に向かうのは分かった。具体的にはどの様な経路で向かうんだ?」

 アイは少し悩み、夜になると光り輝く街灯の様に顔がパッと明るくなった。左手を眼前の空間を撫でるように右から左に動かす。そうすると、目の前にパソコンの画面の様なディスプレイが生じた。

 「えっ!?一体何をしたんだ!?」

 その問い掛けにアイは眼を丸くし、キョトン としている。その姿からアイにとっては当たり前の事だとわかる。

 「だから、その画面は一体どうやってアイの前に生じたんだ?」

 アイは手を、ポンッ とついた。

 「これは魔法の一種で、魔法名をレプラといいますの」

 魔法。本や伝承の世界のみで使われる不思議な力。誰もが一度は憧れる力。

 「……魔法か。俺にも使えるのだろうか?」

 左手を握りしめ、その拳を見つめた。誰かを守りたいと願ったが、果たしてそれを実現できるのか改めて不安になる。

 「きっとすぐに使えるようになりますの」

 不安そうな顔していたのだろう。アイが優しく微笑んでくれた。

 「では続けますの。これがファフニールの世界地図なんですの」

 飛び出す絵本の様に立体的な映像が浮かび上がった。その地図を見て、喉に魚の骨が刺さっているような感覚に見舞われた。

 「緑の楽園。リデ・ルタス」

 しかし、思い出す前にアイの言葉に呼応し地図が拡大され、全体像がわからなくなった。画面の中央には、アイに似た小さな人形が表示されている。

 「ここが今私たちがいるところです。次に向かうのは、この街です」

 人形が森を抜け、目的地の街らしき建物まで動いた。口がファスナーの壊れたズボンの窓の様に開いたままになる。俺の世界にもAndrodorid という携帯に地図の機能があったが、この魔法はその機能をはるかに上回る技術だろう。

 「この様に森を抜けて街道に出れば、一本道ですので迷う事はありませんわ」

 アイが手を叩くと、目の前の画面が消えた。それが合図となり、再び歩みを進める。


 相変わらず草木がうっそうと茂った森を歩いている。時折茂みが揺れ、その揺れに心音が同調し、シャツが背中に張り付くのを感じる。

 「大丈夫ですの。この森に凶暴な魔物はいませんので」

 その後に何かを続けたが聞き取ることができなかった。しかし、相変わらず俺の心を見透かしてくる。それほど顔に出る方ではないと思うのだが、アイにはわかってしまうのだろうな。

 「そうか。ありがとう」

 アイの一言で緊張がほどけ、肩の力が抜けた。アイといると不思議と心が穏やかになる。理由を確信できないが、流体が体に流れ込む様に俺の心に沁み込んでくる。

 しかし、そんな穏やかな空気も束の間だった。


 「っつ!!」

 急に視界が90度上方に回転し、後頭部に痛みを感じる。周りを確認すると草の中に埋もれ、アイが覆い被さっていた。

 「急にどうしっ!?」

 声を荒げたが、すぐに口を手で塞がれた。急な出来事に静寂を取り戻したはずの鼓動が再び激しくなった。落ち着く間もなくアイに手を引かれ、木の陰に隠れる。

 「……何者かに狙われていますの」

 その声はいつもの陽だまりの温かさではなく、冬の夜の冷たさを帯びていた。アイは木陰から周りを見渡し、唇を噛み締めている。

 「少々面倒な事になりましたの。敵の数がわからない以上、迂闊には動けませんし。こんな時に彼女が居てくれれば」

 生唾を飲み込み込もうとして気付いた。あまりの緊張に口は砂漠の様に乾いていた。

 「安心してください。杏様はここにいて下さい」

 そう告げるとアイは木陰から飛び出した。


 ●


 「一体どこの兵ですか。久方ぶりにあのお方に会えたというのに、雰囲気が台無しですの!!」

 飛び出した同時に出た言葉は煩わしさで満ちていた。前方から5本の矢が向かってくるのを確認する。

 「ローナ!行きますよ!共鳴シンフォニー

 3等身の人形が何もない空間から飛び出し、アイの周囲を飛び舞り、胸元に溶け込んでいった。それと同時に光の粒が舞い、腕と胸、脚の局所に集まり、空色の鎧を創り出した。

 目前まで迫った矢に対して、無防備に右腕を付きだす。すると空中で矢が半分に折れ、重力に従って地面に落下した。

 「さぁ。私たちの再開を邪魔した罪は重たくってよ」


 ●

 

 異世界に来て、魔法を知って、わかったつもりになっていた。俺にも出来る事があると信じていた。しかし、目の前の戦闘を見て、足がすくんだ。心に恐怖という花の種が植えつけられていく。怯える自分とは裏腹にアイは華麗に戦っていた。

 

 アイの目前の茂みから男が飛び出し、横腹を狙った斧が横一線するが、宙に飛んで回避した。アイを追うように、その男の影に隠れていた男が背中を踏み台にしてアイより高く飛び上がり、剣を振り下ろす。

 「そんな攻撃では届きませんの」

 アイは嘲笑交じりに剣に向かい左手を突き出す。剣が見えない何かに折られた。すかさず右拳を振り下し、男が地面にたたきつけられた。しかし、アイの死角から再び飛び出す影があった。

 「これで!!」

 槍を持った女がアイ目掛けて突撃する。しかし、身を翻し、両足で空を蹴り、女に向かっていく。その結果、攻撃のタイミングがずれ、逆に返り討ちにする。鳥が水面に着陸するように、音を立てずにアイは華麗に地面に舞い立つ。

 「久しぶりの戦闘でどうなるかと思いましたが、私もまだまだ捨てたもんじゃないですの」

 久しぶりの闘いには見えなかった。蝶が障害物を避けるように、その後もアイは次々に襲いかかってくる敵を回避しながら、追撃を与え、撃退している。

 思わず拳を強く握りしめ、手のひらに突き刺さる爪の痛みを感じる。女性に守ってもらっている事実が心に雲を生み、それが集まり固まって一抹が出来た。自分に力がない事も、戦い方を知らない事も十分承知しているが、同時に助けたいという感情も生まれていた。その感情に気付いた時には木陰から飛び出していた。

 「アイ!!俺も一緒に戦う!」

 眼に映ったのはアイではなく、甲冑に身を包んだ剣士が振り下ろす刃が視界を占拠する。

 「――!」

 しかし、刃が身を切り裂く痛みを感じなかった。視界に映ったのはアイの背中。両手を交差させ、剣を受け止めていた。剣を弾き上げ、無防備になった剣士のあごを目掛けて拳を叩き込む。

 「大丈夫ですか!?」

 怒りと安堵が入り混じった声に己の行動の浅はかさに気付く。結局、俺には何も出来ない。力さえない。誰一人守る事さえできない。むしろ守られている。

 「すまない」

 「……退っていて下さいの」

 同時に腹に衝撃を感じた。アイに蹴り飛ばされ、無理矢理退避させられたのだ。


 ●


 アイは唇を噛んだ。大切な人を守るためとはいえ、蹴り飛ばした事実は消えはしない。

 「後で謝らないといけませんの」

 横目で蹴り飛ばした主を見る。怪我をしていない事に安堵するが、顔を見るのは酷く辛かった。先程の一言は心の底から嬉しかった。震える足を抑え、怯える心を鼓舞し、飛び出してくれた。胸にその優しさが染み渡る。私はその優しさに行動で応える。

 「慈愛の聖弓カリティス・サクアル

 手に身の丈ほどある白銀の巨弓を握る。

 「調子に乗りすぎですのよ。穏便に済ませようと思っていましたのに、我慢の限界ですの。光矢サクタ

 野球バットに匹敵する光の矢を手に弓を構え、弦を引き絞る。不意に懐かしい感覚に襲われ、頬が緩むのを感じた。

 「総攻撃ですか。賢明な判断ですが、私はあの方のいく道を守ります」

 手から矢が離れ、空を切って一直線に飛ぶが、その先には誰もいない。その間にも敵との距離は縮まっている。

 「私の愛を受け取ってくださいですの。慈愛の伝導ラ・ディフシオ!!」

 一本の矢が複数の矢に分裂し、その一つ一つが獣の様に敵を追いかける。

 「盾で防ごうとも無駄ですの。私の愛は必ずあなたに届きますの」

 生きているかの如く盾を避け、敵を射抜く。放たれた矢はひとつも外れることなく、敵を射抜いていく。必死に防ごうとするが、どの様な行動もアイの攻撃の前には無駄であった。

 「……それにしても、大勢隠れてらしたのですね」

 溜め息交じりに目の前に倒れている敵を見渡す。

 「ですが、雑兵が何人集まろうとも所詮は雑兵ですの。大人しく引いて下さるなら命は頂戴いたしませんので、速やかにご退場願いませんか」

 蜘蛛の子の様に散り散りに逃げていく敵の背を確認して、安堵する。だが、一つの疑問が浮かんだ。

 「あれほどの兵がいたにもかかわらず、隊をまとめる者がいませんでしたの。……気のせいだといいのですが。それよりも今は杏様ですの」

 今回の戦闘で得心しましたの。後ろで待つ主の元へ駆け出す。

 「あの方は昔と変わらず呆れるほど優しいですの」

 その声は無邪気な子どものようだった


 ●


 俺はただ傍観しているだけで、アイによって敵は退却した。安堵から足に力が入らなくなり、地面に尻をつく。結局、俺は影で隠れている事しか出来なかった。死なずに済んだという安心感と何もできなかった無力感が心中をかき乱す。

 「杏様。お怪我はありませんか?」

 駆け足で俺の元にやってくるアイが見える。すでに身を守っていた鎧は姿を消えているが、いつものひまわりの様な笑顔ではなかった。そして、俺の前に来ると同時にアイの腰が折れた。

 「無礼な真似をお許しください。誠に申し訳ございませんでした」

 暗い顔をしていた理由がわかった。様付けで呼ぶくらいだから、蹴り飛ばした事に引け目を感じているがわかった。アイがそう感じているなら、やるべきは決まっている。

 「いや、謝るのは俺の方だ。隠れていれば、あんな事態にはならなかった。すまなかった」

 負けないくらい頭を下げた。

 「ええぇぇですの!? 杏様、お顔を上げてくださいまし。杏様に落ち度は全くありませんですの」

 「俺は勘違いしてたんだ。新しい世界に来て、浮き足だって、守れると勘違いして。その結果があれだ」

 「そんな事はありませんの。杏様はそれでも飛び出してくれました。恐くて仕方なかったはずにもかかわらず、私を助けたい一心で。私は、その気持ちがとても嬉しかったですの」

 アイは冬に照り輝く太陽の様に本当に温かい存在。俺の自責の念も彼女前では次々に溶かされてしまう。

 「恥ずかしいから、そんなに人の感情を読まないでくれ」

 「うふふ。本当に杏様は可愛らしい方ですの」

 顔が赤くなるのがわかった。隠れる穴があったら入りたいぐらいだ。

 「よしてくれよ」

 「仰せのままに」

 相変わらず、にやにや笑っているのが目につくが、今はその仕草でさえ俺を安心させる。

 「話は変わりますが、今日は疲れたでしょうから、この辺りで野宿にしましょうか」

 「アイがそういうなら、それが正解だろう?アイに任せるよ」

 「ええ。ありがとうございますですの」


 それから1時間ほど歩き、大きな大木の下で野宿をする事になった。


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