第一話
異世界間移動。
この単語を初めて見たのは、漫画だったかファンタジー系RPGだったか、それともどっかのネット小説だったか――――そんな事、今になってしまえばどうでもいい話か。
天蓋付きってだけで最早「豪奢な」としか形容しようが無い寝具の上で、わたしは改めて事の重大さに頭痛を覚えると、大きく溜め息を吐いた。
何故トリップなんて事になったのか……いくら思い出してみても、さっぱり心当たりが見つからないのだ。
即死級の交通事故に会った覚えも無ければ、一見何の変哲もなさそうな扉やトンネルその他をくぐった覚えも無いし、ましてや“自称神”を名乗る存在に会った事も無い上、そもそも思い出せる限り異世界へ転生もしくはトリップを願った記憶もない。(異世界トリップものは他人事だから楽しい、というのがわたしの自論)
にもかかわらず、何で自分は中世ヨーロッパのお嬢様然とした屋敷(と思われる)の一室に(天蓋付きのベッドの上で)寝かされていた。
――何故か幼くなり、髪が白髪っぽくなって。
起きた時はわりと(というか、かなり)パニックに陥ってしまった。以下、その当時の思考を抜粋。
何ココ見たこと無いんですけど?っていうかここどこわたしだれ?バイトから帰って来てそのままベッドにダイブしたよね?そのまま寝ちゃったよね?寝て起きたら異世界でしたってパターンなら自称神様とかいるじゃんよ!じゃなくて、つかマジで何ココ。お城かなんか?いやいや一歩譲ってお城だとしよう。でもなんでそんなところに自分いるのさ?ん?よく考えると視界が低いような……もしかして縮んでる?!というか小さくなってる?!えー!うそでしょ、どうなってんの!?誰か答えて!って言って答えが返ってきたためしがないよねチクショウ!!あーもーどうしよう……そういえば何だか頭が重た――か、髪が!髪が伸びてる!?おまけに白く(?)なってる!?ちょっとー神様ー、わたしなんかしたー?!(涙目)
――という感じで混乱しながらもふと視線を動かすと、ベッド脇に水差しが見えたのでコップをどけて水差しから水を一気飲みし、ようやく心と頭が落ち着けたのが少し前の事。
「……理由はどうあれ、放り込まれたって事だよね?この世界に」
口に出して自問自答する。
世界が違うと思ったのは、最初から。
これが何かのドッキリ企画だとでも言うのであれば、髪はまだかつらだとかエクステとかで誤魔化せるが、実際に身体が縮んでしまっているので論外。
もと居た世界でアポトキシンを飲んだとか考えるよりは、異世界に来てしまったから幼児化(?)して白髪になったと考えるべきだ。
しかし一体どこの誰が、何故こんな傍迷惑な事に自分を巻き込ませたのか(それともこちらを巻き込んでくれやがったのか)は分からない。
ただ、一つだけ。確実に分かっているのは――――
くぎゅるるるるぅ~~……
「おなかすいた……」
元の世界で夕飯抜いた為に、現在絶賛空腹中だという事である。
「ああ、おなかと背中がくっつくってこういう状況の事なのか」なんて馬鹿な事を考えつつ、呼び鈴でも無いかと辺りを見回すと、水差しの置いてあったベッド脇のチェストに付くか付かないかぐらいの高さでそれっぽい紐(恐らく天井から)が垂れていた。何だかナースコールに似ている。
ベッドから身を乗り出して、紐がどこに結びついているのか確認してみると、やっぱり天井から件の紐は垂れてきている。多分、使用人室みたいなところに繋がっているのだろう。空腹で限界だったわたしは特に何も考えずに、そのままえいやと紐を引っ張った。
リリリリリーン、リリリリリーン、リリリリリーン――――
どこからか、鈴の音に似た澄んだ音が鳴り響く。
「部屋まで聞こえるって事は、意外に近かったのかな?」なんてベッドに腰掛けたまま暢気に考えていると、何か大きなものが落ちたような音(怖い事に複数回)が聞こえた後、大勢の人が急いで走ってくるような音が近づいてきた。
(しまった、早まったかも……)
なんて考えても後の祭り。
扉が吹っ飛ばされたんじゃなかろうかと思うぐらい勢いよく開かれると、メイド服を着たおばさまとかお姉さん(複数)とか小間使いっぽい少年やら庭師らしいおじさん(手にスコップ持ってた)やらきっちり執事服を着込んだおじいちゃん(息も絶え絶えだったけど)が雪崩れ込んできて、一斉に叫んだ。
「「「お目覚めですか?! お嬢様!」」」
一瞬その光景に唖然とし、お嬢様と呼ばれたことに愕然とし、あまりにも状況がつかめない事態に依然頭痛がしたが、とりあえず目の前の難事をまず解決すべきだと思い一言。
「すみません、おなかが空きました」
私の言葉を聞くや否や、もの凄いスピードで全員それぞれの持ち場に戻っていった。まさに鶴の一声。
ごはんまだかなー、なんて現実逃避気味に思っていると、さっき部屋に突撃してきたメイドのお姉さん数人が凄い勢いで戻ってきた。彼女たちの腕にはフリル満載の実に可愛らしそうなデザインのドレスに小物入れらしき綺麗な小箱が抱え込まれている。ドレスに関しては下手したら二、三十着はあるかもしれない。
早速着せ替え人形にされてしまうのかと恐れ慄いていると、お姉さんたちの奥から品の良さそうな顔立ちの優しそうな老婦人が顔を出した。お姉さんたちの主人であるらしく、気づいた人から頭を垂れている。それらにいいのよ、というように手を上げると、老婦人はわたしの方へ向かって歩きはじめたのが見えて慌てて姿勢を正した。
老婦人は目の前までやってくると、わたしの目線に合わせるように膝を折って座り、わたしの手を恭しく取ると優しく手の甲にキスを、した。
「!?」
突然の事に目を丸くしていると、驚くわたしを見て老婦人は「大丈夫」というように微笑んで、歌うように言葉を紡いだ。
「ようこそいらっしゃいました。小さな異界からのお客人。こんな可愛らしいお嬢さんに出会えて光栄ですわ。私どもブランシュ家は、あなたを歓迎いたします」
これが、後にわたしへユリスティアと名を付けてくれる老婦人――エルネスティーヌ夫人との、初めての邂逅だった。