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過去

……思い返すと、散々な人生だった。


「あんたなんか生まれなきゃよかったのに!!」

酒とタバコの匂いがしみついた母親の怒声。

それは、幼い私を萎縮させるのに充分だった。


虐待され、捨てられ、保護され、養子に出されて、親戚の家をたらい回しにされ……。

今思えば当時私の居場所と言えるものはなかったと思う。


(どうして私は生まれてきちゃったんだろう)

望まれず生まれた私は、生きることは苦痛としか思えなかった。


五度目の養父母が決まったと知らされた日。

どうせ今回も碌なことにならない。血が繋がった人でさえ私を愛してくれないのだから、血が繋がってない他人なんて尚更私を愛しなどしない。

そう冷めていた私の考えは、意外にも裏切られた。


「今まで、辛かったね。早く助けられなくてごめん。これからは何をしたっていい。ここには君を傷つけるものなんて何もないよ」


その言葉と共に、両親は今まで見たことのないほどの笑顔で私を迎えてくれた。

……暖かい。

気づけば涙が止まらなかった。


“嬉しい”なんて感情は私には存在しないと思っていた。

でも――違った。

この人たちは、こんな私を丸ごと愛してくれた。


年を重ねるごとに、「この人たちに恩を返したい」と思うようになった。



歌手を夢見たきっかけは、3年前のこと。

母の言葉がきっかけだった。

生活に慣れてきて私とお父さんお母さんは気の置けない仲になった。

母に誘われ一緒にお菓子を作っていると、ラジオから懐かしい曲が流れてきた。


「深い海を超えて あなたに会いに行く――♪」

無意識に口ずさむと――


母が作業の手を止め、驚いたように私を見つめた。

そして、満面の笑顔を浮かべて言った。


「小百合ちゃん、とても歌が上手ね!」


その瞬間、頭を撫でてくれる母の手の温もりに胸がいっぱいになった。

あまりに嬉しくて、その日から私は毎日両親の前で歌うようになった。


歌うたび、二人が楽しそうに聴いてくれる。

その笑顔を見るたび、歌うことがたまらなく嬉しくなった。

やがて、それはいつしか夢となった。


けれど現実は甘くない。

夢を叶えるためにバンドを結成し、私達は雨の日も嵐の日も、路上で歌い続けた。

最初は観客は両親しかいなかった。

でも少しずつ、立ち止まって聴いてくれる人が増えた。

そして応援してくれる人が増えて、自分たちだけのライブを開催できるようになった。

そして念願の賞をもらった。

その時両親は涙を流して喜んでくれたっけ、


その瞬間、私は心から思えた。

(生まれてきて、生きてて、本当によかった)


そして、私が歌に救われたように、私の歌で誰かが幸せになってくれたら……。

それが私の願いになった。


だが――。


「え、?今なんて、、」


「喉に腫瘍がありますね……」


診察室で遠慮がちに告げられた言葉。

癌。

その言葉が現実感を持たないまま胸に突き刺さる。


「酷な話だけどね、もう話すことができないと考えた方がいいでしょう。……でも、今見つかっただけでもよかった。少しでも遅かったら、喉だけで済んだかどうか……」

そう医師は告げた。


視界が揺れる。

声が遠い。


(……癌? 声が……なくなる? じゃあ……歌えないってこと?)


声は私にとって命と同じ。

それを奪われるなんて――死を宣告されたも同然だった。


病院をどうやって出て、今この場所にいるのか思い出せない。

気づけば私は帰路についていて、雨が降ってきて。

滴る水が冷たいと思った。


「あー、、あ、あー、、別に声出んじゃん、、ねぇ、やだよ、、」



(両親に、なんて言えばいいの……あんなに応援してくれたのに……私のことのように喜んでくれたのに)


恩を返したいと願ったのに、また迷惑ばかりかけてしまうのか。


(私が何をしたっていうの……幸せを望んだから? 身分不相応な夢を持ったから? やっと居場所ができたのに……!)


「悔しいなぁ……」


胸の奥が潰れるように痛くて、視界が暗転していく。

かつて味わった絶望や孤独とは違う。

光を知ってしまったからか闇はさらに深くなる。


「こんな現実……もう、耐えられない」

呟いた声さえ、すぐに雨音にかき消される。

なら、いっそ――

そう思った瞬間――。

雷鳴が轟き、目の前が白に染まった。


「小百合っ!!」

そう呼ぶ誰かの声を最後に私の記憶は途切れた。

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